さて、それじゃあ今日から新しい階層に挑もうか。
「いいけど…上の階層に向かう昇降機はまだ使えないんじゃ?」
うん、だから先に、シャーク教団のところに寄っていこう。色々教えてくれるみたいだし。
「すみませーん、出かけるの少しお待ちくださいっ」
と、ピーネに呼び止められる。どうかした?
「なんだか変なお念話が来てるんです。管理人さんが取ったら、あなたをよんでって言うので…」
僕?外から僕宛にかけてくる人に心当たりはないけど…
ともかく大広間に戻ってフランから受話器を受け取る。…もしもし?
『ヒレっ!』
…ヒレ?
『救い手様!聞いておられまフカ!お助けくださいまフカ!?』
この声…シャーク教団の司祭?どうしたの?なんかそっちが騒がしいけど…
『おおっ、その声はまさしく救い手様!お、お聞きくださいませ!シャーク様がご乱心召されまして…っ!』
受話器の向こうで、教団員たちの阿鼻叫喚が聞こえる。どうやらシャーク様が彼らを襲っているようだ。
『どうか、お助けを…』
一際大きな水流の音がした刹那、念話が途切れてしまった。
「何があったの?」
フランに説明をしたものの、いまいち要領を得ない様子だ。まぁ、教団絡みの話はフランにはしたことないから無理もない。
「…助けて、あげてください」
いつの間にかやってきていたプロメスが僕の袖を引く。
「なんだか悪い予感がします。彼らは念話機を持ちません。しかし彼らの声は届いた…彼らの心の叫びが、念話機を鳴らしたのでしょう」
その想いを、無駄にしないでください。そう言ってプロメスは目を伏せた。
・
・
・
「一体何が起こってるんでしょう…?」
「いくら新しい神といっても、所詮はマンタール…つまりは魔物の一種に過ぎねえからなぁ…」
だが魔物の中でも高位の存在ではあるはずだ。それが自分を慕う教団員に牙を剥くのは…
「…ルナが絡んでる可能性も、あるかしらね?」
先日、無限坑道にあらわれたルルは、シャーク教団のアジトで待つと言っていた。関係がないとは思えない。
『お父様、ともかく急ぎましょう』
『彼らは時計塔の動力を復活させる手段を知っているのでしょう?教団がなくなったら、上の階層に行く手段を失ってしまいます』
わかってる。みんな、行くよ!
・
・
・
──グリモダール城・礼拝区画。
シャーク様の被り物をした教団員たちの姿はそこにはなく、ただ一枚の紙が落ちていた。
“裏切り者であるシャーク教団を断罪せよ!”
“また共犯者ルゥ・ルナークの処刑を時計塔にて執行する!”
これって…!
「っリーダー、上!」
マイコが指差した先、巨大な羽音ともに彼らの主神が降臨した。
“なお、シャーク教団の主神である魔物は、我らが下僕と化すこと”
最後にそう記された命令書を握りしめる。
みんな…倒すよ!
・
・
・
最後の一撃が、マンタールの巨体を打ち…やがて光となり消え去る。その神々しさは、まさしく神…といえた。
「…す、救い手さま…」
と、小さな声が漏れ聞こえた。司祭だ!ビアンカ、治療を!
「いえ、お構いなく。もうこの身はいずれ力尽きましょう…」
力なく首を振ると、今回の惨劇の顛末を語ってくれた。
「デモンが、シャーク様を暴れさせたのか…」
「左様…その上救い手様まで手をかけようとは…なんたる…フカ…く…!」
司祭の動きが鈍りつつある。まもなくその命は尽きるのだろう。
「救い手様…雷と魔石の力を得られたよう…ですな…」
うん、これでしょ?
「おお…鍵越しにも伝わる、魔力…確かに!では、城に動力をもたらす“ミスリル電光石”、今こそ作りましょうぞ…」
いや、無茶をしないで。作り方さえ教えてくれれば…
「残念ながら、作り方をお教えしているいとまはございません。我が命の源たる…最後の魔力のひとしずく…救い手様のために…!」
司祭は、自分の体に二つの鍵を突き立て…
「ああ、白く美しいシャーク…さま…いま…おそば…に…」
倒れ伏し、動かなくなった司祭の身体の中にあった魔石が、強い魔力を帯びたミスリル電光石となって…僕の手に収まった。
「…みな、やられてしまいましたね。ひどいものです…」
気づくと、プロメスが惨劇の跡地に佇んでいた。フランが連れてきたのだという。
「シャーク様は…どうなりましたか?」
その問いに、首を横に振って答えとすると、プロメスは静かに眼を閉じて…天に祈りを捧げた。
−つづく−
一連のシャーク教団がらみの物語は、ここでエンドマーク。
精霊神はいつの時代でも、嘆きで終わる物語を忘れないそうです。
魔城に生まれ、魔城に消えた小さな神を、光の精霊神は永劫、忘れない。