ゴーカイガレオンの厨房が、にわかに騒がしくなる。
幾度となくゴーカイジャーの、そしてマーベラスの前に立ちはだかった強敵、バスコ・タ・ジョロキアをついに撃破し、そして全てのスーパー戦隊の<大いなる力>をその手におさめた……今はその祝いの宴席の準備の只中であった。
「ドンさん、こっちのジャガイモ、全部皮むきできました~よっと!」
「了解っ。アイム、それ全部あっちのお湯沸いてる鍋に入れてって! 鎧、こっちの味どうかな?」
「ん……うん、あともーちょっと醤油いっときましょう!」
主な調理を担当するドンと鎧がテキパキと動き、その間をアイムがさりげなくフォローに回っていく。
隅っこではまるで真剣勝負に挑む剣豪のごとき眼差しをスポンジケーキに向け、ジョーがデコレーションに余念なく。
先の戦いで、誰も彼も大きく傷ついている筈なのに。
その表情はとても穏やかであった。
……さすがにボロボロの状態で食材買出しに出かけたら店員がそれこそ豪快に驚いていたのだが。
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「あれ、ねぇドンさん。こんなところにレシピ本なんて置いてましたっけ?」
「いや、僕は知らないけど……へぇ、随分書き込まれたもんだね。あ、コレいいかも。食材もまだ残りがあるし……よし、これも作っちゃおう!」
閑話・思い出のレシピ
「腹減った……」
「おーなーかーっ! へーっーたーっ!」
「あーはいはいっ。ちょっと待っててよもーっ」
ルカの声に後頭部を蹴っ飛ばされながら、ドンがどたどたと大皿を食卓に乗せていく。次いで鎧、アイム、そしてジョーが料理を運び、あっという間に食卓が鮮やかに染まる。
「おっ。来たな来たな……」
包帯だらけの船長が、立ち上る美味そうなにおいに目を輝かせる。早速と手近の肉を鷲づかみにし、がぶりと食いついた。
そこからは一気呵成。死闘を潜り抜け、その身体はボロボロの筈なのだが、それを思わせないパワフルさで次々と喰らいつく。ドンの「もーちょっと味わって食べてよマーベラス……」の声もどこ吹く風だ。
「ちょ、こらマーベラス! 私の分まで取んないでよっ!」
ともすれば仲間の分まで取ろうと腕が伸び、その都度しっぺ返しが跳んでいく。それでもしっかり掴んでいるあたり。流石は海賊の首魁と言ったところか。
「……んむ?」
と、その手が急に止まった。思い出したように口の中のものを咀嚼し……ややあってごくん、と飲み込んだ。
「……ん?」
キッ、と視線が鋭くなり、食卓を抉り取るように眺めるマーベラス。
「……ど、どしたんですかマーベラスさん?」
「嫌いなものでもあったりしましたか?」
鎧とアイムがおずおずとたずねるが、反応がない。やがてマーベラスの視線が食卓中央、ケーキの足元に置かれた一皿に止まる。
「!」
それを見た刹那、がばっと立ち上がったかと思うと、マーベラスの姿が厨房へと消えた。
*
「……コレ、使ったのか?」
しばらくして戻ってきたマーベラスがドンに突きつけたのは、調理中に鎧が見つけた古びたレシピ本であった。
「え? うん……それがどうか……」
ドンの返事を最後まで待たず、それを食卓に叩きつけると、マーベラスは低い声で呟いた。
「……こいつは、バスコが作ったレシピ本だ」
まさか残っていたとはな、とため息をつき……マーベラスが踵を返す。
「どこへ行くんだ?」
「……外の空気、吸ってくる」
マストへと続く通路の奥に引っ込んでいったマーベラスの背中を、5人の仲間たちは呆然と見送るしかなかった。
*
――かつて、このゴーカイガレオンにあって、食事番を担っていた男が居た。
ときにいがみ合い、笑い合い。その男は仲間であり、家族であり……
そしてある日を境に、“敵”となった。
「……バスコ」
オリオン輝く夜空のむこうに、白い息とともに呟きが浮かび、消える。
皿の中身は、彼のもっとも得意とする料理……ミートボール入りのナポリタンだった。
「ったく、完全に再現しやがって……ハカセのヤツ」
仲間をなじっても仕方のないことなど、マーベラスとて判っている。
しかし、理屈では推し量れないのもまた、事実だ。
“あの日”が来るまでの、自分の隣に居たバスコ。
真の姿を見せ、魂をすり潰す死闘を交わしたバスコ。
そのどちらも、よく知るバスコであるはずなのに……ふたつの面影は、けっして交わらず、ヘタクソな写真のようにピンボケする。
あの男の“人生”は、なんだったのであろうか。
<赤き海賊団>を裏切り、ザンギャックを利用し、そしてまた、従えていた相棒さえも手にかけ、利用し尽くし……
その目的は、マーベラスと同じ<宇宙最大のお宝>であるはずなのに。
どこであろうか。
(どこで……俺たちは違えた?)
ひとり風に問いかけ、苦笑する。その問いに応えられるものは、もうこの世には居ないのだ。
(ま、生きてたとしてもまともに応えちゃくれなかったろうがな)
“何かを得るためには、何かを捨てなきゃ――”
自分を撃ったバスコが口にし、幾度となく耳朶に飛び込んだ、あの男の持論。
得るために捨て、捨ててまた得て。
そんな生き方を、アカレッドや自分に会う前から、ずっとしていたのだろうか。
たぶんそれは、間違いじゃない。
宇宙に、それこそ星の数ほどある、いくつもの“答え”のひとつなのだろう。
「……ふぅ」
らしくない、と自嘲する。
考え込むのは、マーベラスの性にはやはり合わないのだ。
手にしたバスコのレシピ本に、ふと視線を落とす。やおら取り出したゴーカイガンの銃口をその表紙に向け……
「……バンッ」
しかしトリガーを引くことなく、懐に本を仕舞い込んだ。
「お前も、連れてってやるよ。……ちょっと癪だがな」
バスコが、捨てる人生を歩んだのならば。
自分は全て掴む道を往こう。
欲しいものはいつだってなんだって自力で手にする。
そう決めて、今まで生きてきたのだから。
「……さて、降りるか」
あいつら、まだ料理残してるだろうな……と呟きながら、マストを後にする。
長い長い旅の末に出会った、かけがえのない仲間たちのもとへと向かう。
金色に輝く月が、ガレオンの赤く雄々しい船体を照らしていた。
-fin-
今週のゴーカイを見て、急遽予定を変更して書き殴る。
正直何書いてるかわからなくなりかけましたが、どうにか形になりました。
下手に感想を言っても陳腐な言葉しか出そうにないので、この作品を代わりとさせていただきましょう。
さらばバスコ!