芸術と医療の国イシャバーナ。その中央に位置するフラピュタル城の最奥…玉座の間に、エンプサはいた。
「ふふふ…悪くない眺めねぇ」
柔らかなクッションに腰掛け、エンプサが淹れたての紅茶を口に含む。
「…なかなか壮観ですな、女王様」
と、ぬるりと歪んだ空間の隙間から人影が顔をのぞかせた。ゲームマスター・シバタである。
「何か用かしら?ゲームマスター」
「いえ、首尾はいかほどか…と思いましてねぇ?多額の課金をいただいているのは結構なのですが…」
ちらりとガラス棚を一瞥する。そこにはデザイアグランプリで用いるレイズバックルが多数、整然と並べられていた。これはすべてエンプサが課金によって買い集めた結果だ。
「ふふっ、いいでしょう?わたしこういうの集めるの好きなのよねぇ」
「ああ、コレクター気質というやつですか」
「あまりそういう言われ方をするのは好まないけれどね…ほら、見てみなさいコレ!昔、稼ぎの半分以上をつぎ込んで買いそろえた、トウフの刀工により鍛えられた手術道具一式よ!ゴッカンにブチこまれたときに取り上げられてしまっていたけれど…嗚呼…っ、ようやく会えたわ!」
そのメスの切っ先を愛でるように撫でたり口づけをするさまは見ていてぞっとしない…とシバタは目を逸らす。
「まぁ、楽しみ方はプレイヤー様それぞれですのであまり口をはさむつもりもございませんが…一応これ、国同士を戦わせてチキュー統一を図るのが目的ですので…兵力も用意しておきませんと…先ほどもンコソパの王様が脱落したばかりですし」
「…そうなの?」
スパイダーフォンに情報を転送していますよ?というシバタの指摘に、エンプサはごそごそとポケットを漁り…「あらホント」と呟いた。
「ええ。どうやら我が覇道ゲームのプレイヤーとは異なる仮面ライダーが暗躍している様子…ゆめゆめ警戒を怠らぬことですな、【ブレズギーツ】様」
プレイヤーネームで呼びかけるシバタに、エンプサは目を三角にしてにらみつける。
「その名で呼ぶのはやめてもらえる?わたしが纏うのは高級にして豪奢な黄金色。決して真鍮色なんて下賤なものではなくてよ?」
「人が一生懸命考えたプレイヤーネーム、勝手に変えて欲しくないんですがねぇ…まぁ好きに名乗っていただいて結構ですが」
そんなことより!とエンプサがやおら立ち上がった。「どうせゲーム上の登録名は変わりませんし…」とこっそり呟いたのがバレたかと慌てふためくシバタにタブレットを突きつける。
「さっきの戦いであの仮面ライダーが使っていたバックルは何?コレに載っていないんだけど!?」
それはシバタが独自に編集したデザイアカタログだ。プレイヤー向けに手駒として使役できる兵士ジャマトや、自身の戦力として扱えるバックルについて画像や動画付きで記されており、運営サイドが取り扱っている全てが網羅されているのだ。
「ああ…アレ、ですか。確か、オーナーがお持ちの資料にありましたな…その名を【ファンタジーバックル】でしたか」
「ファンタジー…なんて幻想的な響き。かなり強い装備でもあったわねぇ」
すっ…とエンプサがシバタにしなだれかかるようにすり寄り、胸元を指でなぞりながら上目遣いに顔を見上げる。
「ねぇゲームマスター…アレ、売ってくださらない?あんまりに強くて非売品扱いだっていうなら…有り金全部はたいたって構わないわ?」
「…そう言っていただけるのは有難いお申し出なのですがね。あれは非売品とかそれ以前のシロモノでして」
鞍馬祢音こと仮面ライダーナーゴが所持しているファンタジーバックルは、かの世界の神たる存在である浮世英寿の"創世の力"によって生み出されたイレギュラーなものである。当然ながらデザイアグランプリ運営サイドで再現できるものではないのだ。
「ふぅん、そうなの」
ならばねだる必要もない、と突き飛ばすようにシバタから離れ、玉座に座りなおす。
「…すごーく、欲しいわねぇ…レア中のレアアイテム…!」
ぞくぞくとした疼きを背に感じながら、エンプサが紅いルージュをひいた唇を歪ませるのだった。
-つづく-
王様プレイヤーサイドの回。ゴルドギーツ…もといブレズギーツことドクター・エンプサの人となり(?)の解説回でもありますね。
ゴルドギーツという名称があくまで彼女の自称、というのは、相手プレイヤーを全員ギーツにしようと決めた段階から設定がありました。真鍮って金の代用としても使われるんですよね。ちなみに「真鍮色」を意味するbrazenという単語には、スラング的に「恥知らず、図々しい」という意味も有しているらしく、意図せずエンプサのキャラクターの補強になったかなとも。