炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

第1話/シーン2

 TEAM-F.O.R.C.E.用に設けられたテストフライトエリアは、太平洋上に数箇所存在する。
 メンバーの一人であるタキダ・シンジロウがテストフライトを行っていたのはその内のひとつのはずだった。

「…あれ?」
 が、現場に急行したコウイチの前に、シンジロウが乗っていた戦闘機の姿は見受けられなかった。
「まさかもう落ちたってことは…あ、なかったな」
 レーダーが機影を察知した。自らの進行方向からみて6時の方向。
 反転して目視確認する。グレー一色に塗られた戦闘機がよろよろと千鳥足を踏む酔っ払いのように不安定な飛び方をしている。

「くっ…ぬやろぉ…」
 操縦桿を両手でがっしりと握り締め、どうにか機体を制御させようとするシンジロウだが、一向に事態が改善される気配が無い。
『シンジロウさん!』
 機体を空中で静止させ、風にあおられる木の葉のような戦闘機に向けて声をかける。
「ちっ…コウイチか…!」
 一瞬バツの悪そうな顔をして、それでも何か癪なのか舌打ちをするシンジロウ。
『ったく、いつも言ってるじゃないですか。その機体は殆ど揚力働かないんですから、もうちょっと“GCS”を信用してくださいよ』
「るっせぇ!こちとら曲がりなりにも元イーグル・ドライバーだ!ンな得体の知れない工作に頼り切ってられっかよ!」
『得体の知れないとは何よ、しっつれーね! 私の作ったシステムを夏休みの宿題扱いしないでよっ!』
 通信機越しのシンジロウの声を聞いたイオリから怒りの声が飛んだ。

 GCSとは、「Gravity Control System(グラビティ・コントロール・システム)」の略称であり、読んで字の如く、重力を制御するという代物である。このシステムの存在により、VTOL機でも不可能な空中静止や静止状態での急発進が可能となっている。
 その理論自体は既にほぼ完成形にあったにもかかわらず、長らく実用化できなかったのだが、1年前、当時13歳の少女、アキヅキ・イオリの新解釈ロジックの構築により一気に実機のロールアウトに至るまで進歩したのだ。
 もっとも、現状での開発コストは相当高く、結局のところ、F.O.R.C.E.に配備されている機体にしか搭載されていないのが実状なのだが。

「とにかくっ、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう?まずは機体のバランスを戻すことを優先してください!」
『ちぃ…わぁったよチクショウめ!』
 悪態をつきつつ、シンジロウはコックピットのGCSのコントローラーを操作する。が、イラつきにまかせて指を動かしたため、必要以上に制御数値を設定してしまった。

「お…おおぉぉぉぉぉ!!?」
 案の定、重力のトラップに陥ったシンジロウ機は錐揉みするように高速回転をしたかと思うと、一時静止し、次の瞬間には遥か上空へと吹っ飛ばされた。
「…あーもー。“元”とはいえ、イーグル・ドライバーが聞いて呆れるぜ」
 あんまりな事態に溜息をつくコウイチ。そうこうしているうちにシンジロウ機は落下コースを取り始めた。このままでは大海原への激突は必至だ。
「イオリ、“あれ”使うぞ、いいな?」
『わかったわ。あんまり無茶しないのよ?』
「了解っ」
 イオリから“許可”を得ると、コウイチは自分の機体を急発進させた。コンピュータが弾き出した落下予測コースのラインに機体を進ませながら、コックピットの右脇に配置されている、少々大きめなレバーを手にする。
「VFS起動っ。 フィギュア・シルエット…フォームアップ!」
 レバーを力任せに引く。と、シルエットフォースがその姿を変えた。
 仰向けに寝転んでいた人形が立ち上がるかのように、機体が変形し、上半身を思わせるシルエットが浮かび上がる。
 機体後部のバーニアが下がり、さながら脚のようにその噴出孔を下に向けた。
「タイミングを合わせて…今だっ!」
 落ちてくるシンジロウの機体を、人の腕のように伸びたマニュピレーターが支え、自機に搭載されたGCSでキャッチ時の衝撃をギリギリまで押さえ込む。
「……っ!」
 息を呑むシンジロウ。直後に動きを止めた機体の様子に安堵の息を漏らし、同時に自分の不甲斐なさに軽く自己嫌悪に陥る。
「…助かったぜ、不本意ながらな」
『そう思うんなら、もちっとGCSに慣れてください』
 無愛想に礼を述べるシンジロウに、クールに突っ込みを返すコウイチ。
「にしても、今回の操縦ミスはただ事じゃないですけど…何か機体トラブルでもあったんですか?」
 そう問いかけるコウイチに、シンジロウは頭を振る。
『違ぇよ。飛行中に猛烈な突風に巻き込まれてな、完全に操縦桿を取られちまったンだ』
「突風で?GCS制御なら、暴風クラスでも持ちこたえるハズなのに?」
『俺を疑ってるのかおめーは』
「違いますよ…。イズミさん?」
 モニタ越しに睨みつけるシンジロウに弁解しつつ、イズミに気象情報の提示を促す。
『うん、確かにタキダさんのいたフライトエリアで突風が確認されて…って、何、これ?』
「どうかしたんですか?」
 声に驚愕の色が混じるイズミに、コウイチが問いかける。
『これ、突風なんて生易しいものじゃないわよ…とにかく一度戻って。ひょっとしたらひょっとするかも』
「ひょっとしたらってまさか…」
『異常現象の発生ってトコだろな』
 コウイチの疑念を、シンジロウが肯定する。
「わかりました。帰還します!」
 人型と化したシルエットフォースは、戦闘機を抱えたままオーシャンベースへと急いだ。




 -つづく-