それから、数分。
両者の腕が手早く駒を動かす中、バルチャス打ちの男が怪訝な表情を見せる。
「……何のつもりだ?」
眼前に広がる盤の上…正確には零に設けられた陣地を睨み付け問いかける。零の手によって敷かれた陣は、攻撃の要たる“騎士”の駒以外をすべて後方に下げた、超攻撃的とも、超防御的とも取れるものであった。
「さぁ?」
零の真意が読めず、男が唸る。と、制限時間を過ぎてしまい、彼の白い駒が飛び、四散する。
「考え込むのは命取り…じゃなかったっけ?」
「ちっ」
「ちっ」
再び手番が回ってきた零が、“騎士”の駒を動かし、手近にあった白い“魔獣”の駒とあわせる。
「はっ!」
わずかな焦りを孕んだまま、男が念戦に入る。が、その決着はすぐについた。
「なに…?」
頬をかすめる木片に、男の表情が凍りつく。
「何を、した?」
「別に?」
零が男の手番を待つ。男は一瞬迷ったが、“騎士”の駒を零の“騎士”の駒に合わせた。
「俺の本分を、思い出しただけさ」
そう呟いて、零が駒に念をこめた。
・
・
・
・
・
「―――っ!」
それから、幾刻。
男の場にあった白い駒は、最後の一つとなっていた。
「まだ、やるかい?」
零の問いに、男は答えない。そのまま男の持ち時間が過ぎ―――
乾いた音を立てて、それが破裂した。
「俺の……負けだ」
がっくりとうなだれる男。
「…なぜだ。あんたと俺のバルチャスの腕は拮抗していたはずだ。それがなぜああも?」
疑問を口にする男に、零は自分の陣を指ししめしてみせる。
「?」
「言ったろ? 俺の本分……魔戒騎士の本分を思い出した、ってさ」
男が、改めて陣を見る。“騎士”の駒を筆頭に、ほかの駒が後方に下がっているだけ……
「いや、これは…“守って”いるのか?」
「ご明察」
「ご明察」
男は、ようやく得心に至ったようだった。
「俺達は魔戒騎士…“守りし者”だ。だから、“守る”ように陣を組めば…ってな」
『…ゼロ? あなた確信があってやったわけじゃないのね』
やれやれ、とシルヴァがため息をつく。
「結果的にうまくいったんだからいいじゃないか。…確かに、バルチャスの盤の前では魔戒騎士も魔戒法師もない。だけど、それはあくまで立場的なものであって、心根はやっぱり魔戒騎士で、魔戒法師なんだとおもうぜ」
『…ゼロ? あなた確信があってやったわけじゃないのね』
やれやれ、とシルヴァがため息をつく。
「結果的にうまくいったんだからいいじゃないか。…確かに、バルチャスの盤の前では魔戒騎士も魔戒法師もない。だけど、それはあくまで立場的なものであって、心根はやっぱり魔戒騎士で、魔戒法師なんだとおもうぜ」
ゆえに、この戦い方を試みた。
ゆえに、勝利した。
ゆえに、勝利した。
「まぁ、心の持ちようって奴かもしれないけど」
微苦笑する零。
微苦笑する零。
「……俺もまだまだってことか」
男が、小さく呟いた。そして、ふっと顔を上げて零を見る。
「いや、完敗だ。…さて、賭けた俺の寿命を持っていきな」
そういって魔戒筆を取り出す男を、零は手で制した。
「何?」
そういって魔戒筆を取り出す男を、零は手で制した。
「何?」
「俺は賭けるとは言ったけど、買ったときにお前の寿命をもらうとか、言った憶えはないぜ?」
立ち上がる零。
『ものは言いよう、かしら?』
くすくすと笑うシルヴァ。
「そのかわり、さ」
零が声をかける。そのまなざしは穏やかで、ついぞ魔戒騎士の笑った顔など見たことのない男を驚かせた。
くすくすと笑うシルヴァ。
「そのかわり、さ」
零が声をかける。そのまなざしは穏やかで、ついぞ魔戒騎士の笑った顔など見たことのない男を驚かせた。
「その20年、しっかり生きて、次の<陰我消滅の晩>にでも、遊びに来てくれよ」
20年に一度、ホラーがまったく現れない夜が存在する。魔戒騎士や魔戒法師にとって最良の、そして唯一の憩いの時なのだ。
「……ああ。そのときは、今回みたいな早指しじゃなく、じっくりとバルチャスに興じるとしよう」
にやりと笑って、男がそう答えた。
「それじゃ―――」
踵を返す零。
「また、な」
別れの挨拶ではない。
また会おう、という宣誓の言葉。
「ああ……」
それに応え、男が軽く手を上げ、踵を返す。
互いに反対方向に歩き出す、その背中は……
遠い未来の再戦に、思いを馳せているようであった。
-了-
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決着!
…ちなみに、劇中におけるバルチャスの駒の種類や戦術などはあくまで創作ですのであんまり気にしないでくだしあ。
「早差しバルチャス」自体はマイミク・かぼ氏の案なのですが、陰我消滅の晩以外でもバルチャスをしたい、と思う人々が、こーいうルールを作ったりもしたのかなー、とか思いながら書いていました。
さて、そろそろ久々に牙狼でバトルも書きたいなぁ……などとなどと。