炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

そのいち/しーん5

 少し寂れた商店街を、ひとり歩くすずりの姿があった。
「…はぁ」
 時折漏れる溜息は、限りなく寂しく、軽やかなはずの足取りは、限りなく重かった。
 勘違いで浮かれて、間違いを指摘されて。
 彼女の心は暗く沈む。

「…どこだ…?」
 雑踏を抜け、人通りがまばらになったあたりで、康助は走るスピードを緩める。
 首と視線を可能な限り駆使して、周囲を探って行く。
「あっ!」
 見つけた。
 交差点をとぼとぼ渡って行く少女は、確かにすずりだ。
 だが、さっきまでの元気さは何処へ行ったのか、しょんぼりとした目をしている。
「…おーい…っ」
 声をかけようとした康助の目が驚きに凍りついた。
 車道の向こう側から猛スピードの乗用車が迫っていたのだ。赤信号のはずなのに、その車はスピードを緩める気配がない。このままでは…
「!」
 考えるより先に、康助は走り出す。時間が極度に遅延したような感覚を覚え、周囲がスローモーションで動いているように、康助は思えた。
「…ぁぶねぇっ!!!」
 喉から声を搾り出す。その声に、すずりは振り返り…


   キキィィィィィィィィィッ!!!


 次の瞬間、強烈なブレーキング音が鼓膜をつんざいた。
「…バッキャロウッ、死にてえのかオルァ!!」
 若い男性の罵声が聞え、その後車は走り去っていく。
「…赤信号無視しといてよく言うよ……」
 溜息混じりに呟いて、康助は腕の中の少女に目をやった。
「よかった…大丈夫だっ…たぁ!?」
 目が点になる。必死で抱きとめたはずの腕の中には、人の大きさ程度の丸太が納まっていたのだ。
「…あの」
 背後で声がする。振り返った康助の目に、すずりの姿が飛び込んだ。
「…あ」
「ごめんなさい…その、とっさに…“変わり身の術”使って……」
 ぺこりと頭を下げるすずり。康助は全身の力が抜けるのを感じた。
「は、ははは…。良かったぁ……君が…無事で……」
 腕から離れた丸太がごろんと転がった。すずりは怪訝な顔をする。
「どうして…?」
「何が?」
 問いかけるすずりに、今度は康助が怪訝な顔を向けた。
「どうして…私なんかを…心配して…? 私、あなたに迷惑かけたのに…」
 うつむくすずり。康助は頭をぽりぽり掻いて、大げさに溜息をついた。
「あのさぁ。誰かを心配することに…理由なんて要ると思う?」
「…えっ?」
 よっこらせと立ち上がる。
「ましてや、“友達”なんだから尚更さ」
「友…達?」
 聞き返すすずりに、康助はにっこりと笑って頷いた。
「俺のことを想ってくれるのは嬉しい。まぁ、だけどさ。お互い、まだ知り合ったばっかりだし。まずは…友達からってことで。…ダメかな?」
 康助の申し出に、首をぶんぶんと横に振るすずり。
「そんなことないですっ! 私…私、嬉しいです!」
「そっか。それは良かった。…じゃ、改めて…」
 康助がすっと右手を出した。
「俺、伊賀野康助」
「あっ…わ、私、綾瀬すずりですっ」
 差し出された右手に自分の右手を重ね、しっかりと握手する。
「…これからヨロシクな、綾瀬」
「はいっ。…あ、あのぉ」
 すずりが恥ずかしそうに目を伏せた。
「ん?」
「できればその…“すず”って、呼んでくれませんか?」
 耳まで真っ赤になる。
「…ああ、いいよ。じゃ、俺のことも“康助”って呼んでくれていい」
「は…はひぃ…」
 あまりの嬉しさに言語中枢が混乱しつつも、すずりはしっかりと頷くのだった。



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 そのまま読みきりでも通用しそうな終わり方を目指してみた(何
 ま、続きますが。

 近日中(?)にしーん1~5をまとめて完全版「かのくの:そのいち」を自サイトに公開予定!
 そして次は登場人物紹介とかとか!

 みんなっ、それなりにお楽しみに!(何

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 次回「かのくの」そのに!
 「憂鬱なる幼なじみ」