炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼SS】紅蓮の剛刃:シーン8【紅蓮騎士篇】

シーン8~贄/Scapegoat~



 “―――依代を見つけるのはすぐじゃなくてもいいわ”

 “何事にも最適な時というものはあるの。その血清が、最も効力を発揮するのは新月の晩”

 “つまり、この娘を癒すためにはその時が一番適しているのよ”

 “そして、次の新月まで…あと3日”



「はあああっ!」
 頭の中に残るエウルディーテの声を振り払うかのように、斬は魔戒斧を振るう。
 自宅の地下でいつもの鍛錬をする斬だったが、その顔はいつも以上にこわばり、体の動きにもキレが少ない。
『斬、少し休んだら…?』
 ヴィスタが見かねて声をかけるが、斬は耳を貸さず、一心不乱に斧を振るう。
「…は!」
 と、汗にぬれた柄が滑り、手から斧が離れた。唸りを上げて跳ぶ斧は、すぐに壁に突き刺さり、地下室には静寂が訪れる。
『斬、大丈夫?』
「……ああ」
 生返事をかえし、斬は壁に刺さった斧を外す。と、突然体の力が抜けたように、斬は後ろに倒れこんだ。
『斬?』
 床に大の字になったまま、ぼんやりと虚空を見上げる斬。

「かなみを…救けたい。でもそのために…他の誰かを犠牲になんて出来ない」
 そしてそれは、かなみだって望んではいないはずだ。
「何が出来る…俺は…何をすればいい…」
『斬…』
 ヴィスタは、自分の無力さを呪った。
『ごめんね、斬…』
ヴィスタ?」
『私、あなたのパートナーなのに…何の力にもなれない。あなたが苦しんでいるのに…何も出来ない…』
「…ヴィスタが気にすることじゃないさ」
 目の前に魔導輪を導き、ヴィスタを見つめる斬。
『気にするわよ…。出来ることなら、あなたと代わってあげたいくらい…』
 そう言いかけて、ヴィスタの口が止まった。
「…どうした?」
『代わり…そうよ、思い出したわ!』
 声を大きくするヴィスタ。ソウルメタル製のボディが軋み、斬の指をくすぐった。
「何をだ?」
『エウルディーテの依り代よ。昔、刃(ジン)から聞いた事があるわ』
「父さんから?」
『ええ。…エウルディーテは、今までにも何人かの人間の体を依代に使っているけど、最初は違ったそうなの』
 体を起こし、じっと見つめる斬に、ヴィスタは言葉を続けた。
『一番最初の体は、ソウルメタルで作られたドール…つまり、人形よ』
「それが…」
『そう、エウルディーテの、かつての依代。そしてそれは…まだ保管されていた筈』
「本当か!?」
 ばっ、と立ち上がる斬。
『ええ。刃が言っていたことだから、確かな筈よ』
「そうか…」
 斬の表情に穏やかさが戻る。その“かつての依代”が見つかれば、誰も犠牲にすることなく、かなみを救うことが出来るのだ。
「どこに保管されているんだ、ヴィスタ?」
『北の管轄。さすがに、北のどこにあるかまでは、刃も知らなかったみたいだけれど…』
「行けば分かるさ、必ず」
 斬はコートを羽織り、地下室を飛び出す。

「行こう、北の管轄へ」


  -つづく-