炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼SS】紅蓮の剛刃:シーン9【紅蓮騎士篇】

シーン9~手掛り~


「知らぬな」
 北の番犬所。その中央の神殿に仁王立ちする神官は、斬の問いをあっさりと切り捨てた。
「…そうか」
『いや、ちょっと…あっさり納得してどーするのよ斬!?』
 ひとりヴィスタが大声を張り上げてツッコミを入れる。
『神官も神官よ。貴女、それでも管轄を統べる者のつもりなの?』
「…神官とて、全ての事象を知っているわけではない。知る必要のないことならば尚更だ」
 純白の軍服のような衣装を身にまとった女性…北の神官は、抑揚の少ない声でそう答える。
「そういうことだ、ヴィスタ。相手が知らないものを追求しても仕方がない」
『それはそうだけど…』
 言葉を濁すヴィスタ
「…しかし」
 と、神官が言葉を繋ぐ。
「お前の父…先代“紅牙”は、確かにそれが、この北の管轄にある…と言ったのだな?」
『…ええ、そうよ』
「…ならばあるのだろう」
 ヴィスタの返事に、神官はしれっと答えた。
『…なによそれ』
 人間としての肉体を持っていれば間違いなくズッコケていただろう、といったニュアンスでヴィスタが唸る。
「私は存在すら知らなかったが、先代“紅牙”は知っていた。ただそれだけのことだ」
「…とはいえ、北の管轄にある、という話だけで、それ以上のことは…」
 斬がそう言うと、神官はうむ、と小さく頷いた。
「ならば、北の管轄内での行動を許す。自らの足で手がかりを探せば良かろう。魔戒図書館にでも赴けば、幾ばくかの資料にいきあたるやも知れぬ」
「…感謝する、神官殿」
 斬は頭を下げた後、番犬所を後にした。


「…しかし、手がかりを探すのも一苦労だな、これは…」
 一口に北の管轄といっても、その範囲はかなり広い。魔戒図書館も、打ち捨てられかけた古いものを含めると相当な数に及ぶ。
「…ん? おい、そこの男」
 と、背後から呼び止められる。振り返ると、白いコートを纏った青年が立っていた。
「…魔戒、騎士?」
 日常から隔絶されたその雰囲気は、魔戒騎士独特のものだ。北の管轄の魔戒騎士だろうか。
「別の管轄の魔戒騎士か。何をやっている?」
 つかつかと歩み寄る青年。斬が事情を話すと、彼は堅くした表情を少しだけ緩めた。
「…なるほどな。なら、俺の家へ来てみるか?」
「あんたの?」
「魔戒図書館ほどではないが、資料はなかなか豊富だ。行く当てがないなら、案内するぞ」
 確かに、行き先はあまりに多すぎて途方に暮れていたところだ。この申し出は有難かった。
 肯定の意を示すと、青年騎士は斬を促し、歩き出した。
「…そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺は冴島鋼牙。…黄金騎士だ」

  * * *

「ああ、ありましたぞ鋼牙様、斬様」
 冴島邸の執事が分厚い本を小脇に抱えて駆けつける。
「本当ですか、ゴンザさんっ」
 閲覧用のデスクに本を広げる。見開きページに金属製の人形のイラストと、ミミズののたくったよな魔戒文字が踊る。
『…これが…』
「ソウルメタルで造られた人形…でございます」
 関節球を多用し、人間に近いフォルムをしたそれは、記述によれば等身大であり、空洞となっている胴体に“魂”を封じ込めることで稼動させるという代物らしかった。
『なるほど…俺たち魔導輪や魔導具みたいなモノだな』
 鋼牙のパートナーである魔導輪・ザルバが口を開いた。

 と、来客を示す呼び鈴が鳴り、ゴンザが書庫を出る。斬が代わって資料を読み進めていくうち、保管場所と思しき記述を見つけた。
「…“玄武の洞穴”?」
「それなら、この近くだ。確か水晶騎士…透がねぐらに使っていたはずだな」
『げ、あの偏屈フェミニストかよ…。まぁ、事情を説明すりゃあ手伝ってはくれそうだがな』
 手がかりに近づきつつある中、再び書庫の扉が開いた。
「斬様…」
「どうした、ゴンザ?」
 鋼牙の問いに、ゴンザは「これを…」と黒い封書を差し出す。
「“黒の指令書”!」
 絶句する鋼牙。通常の赤い封書の指令書とは異なり、黒の指令書は拒否の許されないものである。
「これは…俺宛てか」
 頷くゴンザから指令書を受け取る斬。なるほど指令書の封には南の番犬所を示す紋章が刻まれていた。
『こんなときに、あのエセメイドったら何考えてるのかしら…』
「こんなとき、だからかもな」
 斬はそう言って魔導火で指令書を灼く。真紅の炎で瞬時に燃える指令書から魔戒文字が飛び出し、浮かび上がる。
「“至急…戻れ…”」
『シンプルな内容だこと』
 ヴィスタが溜息混じりに呟く。斬は鋼牙に向き直り、頭を下げた。
「世話になった、冴島。この恩は、いずれ必ず」
「構わんさ。それより急ぎなんだろう? 早く戻った方がいい。人形の件はこっちで探っておく」
「重ね重ね、感謝する」
 再び深々と頭を下げ、斬は踵を返し冴島邸を後にした。



『随分親切だな、あいつには』
「…似ている気が、したからな」
『ほぅ…誰にだ?』
「……さあな」



  -つづく-


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 北の神官って、結局現時点で登場してないんですよね。
 なので勝手にでっち上げました。
 ちなみに、イメージモデルは伊藤かずえ女史。
 美希さんカッコヨス。