身体を動かすのも、芸術を嗜むのにも最適な時節となりし今日この頃。
「うーむ……むむむ」
机を前に、腕組みをして唸る男がひとりいた。
その机の上には原稿用紙……しかしてその中身は未だ白一色。
よし、と意を決して書き始めるも、ものの数刻も経たないうちに筆は止まり、手は紙をくしゃりと握りつぶす。
「どうした、まだ煮詰まってンのか? ……流ノ介」
背後からの友の声に、流ノ介と呼ばれた男は渋い顔をして振り返った。
侍戦隊シンケンジャー
閑話-池波流ノ介-
「ああ。……どうにもいい出だしが浮かばなくてなあ……」
「英雄活劇だったっけ? 子どもにもわかりやすくヒーローショーっぽくしたいって言ってたよな」
友である新太郎の問いに頷きながら、流ノ介の心は過去へ跳ぶ。
志葉邸を去る前、仲間たちに約束した舞台。
彼らに魅せる自分の演じる舞台は、自分の手で作りたい。そう誓い、前回は自分の侍としての使命ゆえに果たせなかった企画を再び友と立ち上げた。
歌舞伎の脚本を書くのは初めてのことだったが、最初から最後まで自分の手で作る。そう新太郎にも宣言し、今もこうして机に向かっているのだが……
「モヂカラに文才をくれる力があればなあ……」
「は?」
「あ、いやこっちの話だ」
思わず呟いた言葉を新太郎に聞かれ、慌てて取り繕う。
「深く考えすぎなんじゃないか? どういう話なのかまだ教えてすらもらってないから俺からはなんともいえないけどな。ちゃんと話が頭の中にあるんだろう?」
それはそうだが……と言葉を濁す流ノ介。
「俺も脚本に関しては素人だからうまく言えないけどさ。その話ってのをもう一度思い返してみたらどうだ? 本当に伝えたいこと、舞台にしてみたいことってのがわかるんじゃないかな」
「思い……返す」
新太郎の言葉にはっとなる。あまりにも密度の濃い思いが頭をめぐっていた。伝えたいこと、書きたいこと……いや、書かなければいけない、というある種の脅迫概念めいたものが、筆を持つ手を押さえつけていたのかもしれない。
「……そうだ、私は……」
思い出す。あの日々の――始まりを。
父とともに連獅子を演じていたさなかに飛んできた矢文。使命を果たすとき来たれりと勇んで駆けたあの日。
集った仲間と、ときに反目し、ときに力を合わせ立ち向かった戦いの日々。
信じていたものがそうでなかったと知ったときの苦悩と、それでもなおそこにあった確かなモノ。
そして得た――かけがえのない“思い出”
「そうだ……ああ、そうだ!」
自分が形にしたいのは、それなんだ。
「いけそうか?」
「ああ! 感謝するぞ新太郎! 待っていろ、すぐに書き上げる!」
腕まくりをして机に向きなおす流ノ介に、「ああ、任せた」と微苦笑して、新太郎は踵を返した。
ふと、その足が止まる。
「あ、流ノ介」
「なんだ!?」
紙の上を走る筆の音に乗せながら、流ノ介の声が弾む。
「題名くらいは、そろそろ教えてくれよ」
「ああ教えてやろう! これはな……私の、いや私たちの――絆の物語なんだ」
そう、そのタイトルは――
-了-
さて、前回の千明篇からかーなーりー
思いついてから1ヶ月近く放置してようやく日の目を見ました、シンケン後日談シリーズ第2弾、流ノ介篇でございます。
流石に放送終了から2年もたつと記憶いろいろと曖昧になっちゃいまして、しかも1話しか登場してない流ノ介のダチの名前なんて誰が覚えてンだよーとセルフツッコミしながら公式HPを漁っておりました。
流ノ介が自分で書いた創作歌舞伎の脚本にいかなるタイトルをつけたのか。それは前作の千明篇同様、読者の皆様にゆだねる形で。はいそこ、投げっぱなしジャーマンとか言わない。
さて、今度はゴーカイっつかレジェンド大戦SSにも手を出さないと……貯めてるネタが腐っちまうぜ……