炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼SS】-贋者-・中編


「―――で、ございますか……」 

 翌日。 
 自分よりも早く起きて朝食の準備をしていた……寝たのは自分よりずっと後にもかかわらず、だ……ゴンザに、昨夜の出来事を改めて伝える。 

「あれは間違いなく鋼牙ですよ。でも私の声聞こえてなかったのかさっさと消えちゃって……」 

 寂しさ半分、憮然半分の呟きが語尾を濁す。聞き手に徹していたゴンザは、コーヒーの用意を整えてから、ゆっくりと口を開いた。 

「しかし鋼牙様であれば、近くに来たのならこちらに一時でも寄ると思うのですが……」 
「そうなのよねぇ……」 

 昨夜も聞いてみたが、鋼牙が自宅である冴島邸に戻ってはいなかったという。 

使徒ホラー追撃の途中であれば、その暇もなかった、とも取れるのですが」 

 と、一度口を噤むゴンザ。ややあって「これは私の勘……のようなものでございますが」と前置きし、 

「それは鋼牙様ではなかったのではないかと」と言った。 

「そんな! 間違いないですよ! あんな真っ白いコート、他に誰が着るって言うんですか? ……あれ、そういえばなんであんな目立つカッコしてたのに、私見失っちゃったんだろう?」 
「魔戒騎士のお召しになられるコートなどには、微弱ですが人払いの法術が仕込まれております。一般人がその姿を目撃しても、多少のことではその存在を認知できないようになっているのですよ」 

 じゃあ、その術が効いてたっていうなら、やっぱり鋼牙じゃないの? と、もっともな疑問をぶつけるカオル。 

「ですから、別の魔戒騎士の方の可能性もある、ということです。白いコートはなにも黄金騎士の専売特許ではありませんから」 

 ゴンザが苦笑交じりに答えた。 


   * 


「ゴンザさんはああ言ってたけど……」 

 夕刻になり、カオルは再び街へと赴いていた。 
 件の背中を捜すためだ。 

「とはいえ、手がかりなしに探すには、この街は広いわねぇ……」 

 ため息混じりに呟き、喫茶店のボックス席に突っ伏す。 

「でも、まだまだ! 相手は魔戒騎士だもの。夜になってからが本番だよね。うん!」 

 気合を入れなおし、まずは腹ごしらえと店員を呼ぼうと声をかける。 

「すみませーん!」 
モンブラン追加で5つお願いしまー……ん?」 

 背中合わせの席からの声と重なり、思わず振り向く。と、見知った顔と目が合う。 

「零くん!?」 

 カオルと鋼牙の共通の友人にして、魔戒騎士――銀牙騎士・絶狼<ゼロ>こと鈴邑 零であった。 


    * 

「ふーん、鋼牙を見かけた、ねぇ……」 
「うん、零くんは何か知らない?」 

 カオルの問いかけに、零はモンブランを頬張ったまま首を横に振った。 

「知らないなァ。もしこのあたりで使徒ホラーってのが出てるんなら、こっちにも応援の指令とか出るだろうし……シルヴァ?」 
『そんな類の気配は感じていないわね』 

 グローブに縫い付けられた零の相棒・魔導具シルヴァの答えに、「ね?」と言って再びモンブランを口に運んでいく。 

「やっぱり見間違いなのかなぁ……」 
「じゃないかな? っと、それより」 

 ごちそうさま、といつの間にか5つのモンブランをぺろっと平らげた零が、カオルの分の伝票も掠め取って席を立った。 

「早くこの街から離れたほうがいいぜ。使徒ホラーはともかく、普通のホラーはいるみたいだ」 
『ここに来る少し前に、指令書が届いたのよ』 

 少しずつ気配が強まってきているわ、とシルヴァの声が告げる。それに「はいはいっと」と軽口で応える零。 

「ま、そーいうわけだから。鋼牙がホントに来てるかどーかはともかく、はやくおうちに帰っておねんねしてなってコト」 

 そういい残して、手早く支払いをして去っていく零を、カオルは呆然と見送っていた。 


   * 


「そうは言っても……っ」 

 やがて陽の落ちた街を、カオルはつかつかと歩いていく。 

「いまさら引っ込み、つかないってば!」 

 零の忠告を無視してでも逢いたい人がいる。一心の想いが、迫る恐怖心を跳ね除け、足を速める。 

「で、確か昨日はこのあたりで……」 

 腰を抜かした街灯の場所までたどり着き、きょろきょろと辺りを見回す。果たして、遠くに白い影を見つけた。 

「いた!」 

 昨夜と違い、軽やかな足取りで駆ける。相手が魔戒騎士だろうと、歩いている相手に走って追いつけない道理はない。 

「鋼牙っ!」 

 その肩を掴み、ぐいと寄せる。思いのほかあっさりと振り向かせられたので、カオルは内心引っかかりを覚える。 

「……はい?」 
「……え?」 

 振り返った“鋼牙”は、どう見ても似ても似つかぬ……いや、ちょっとだけ似ていたのだが…… 

「……誰?」 

 明らかに別人であった。 


   * 


「はぁ……じゃあ、その時に見た白いコートの人にあこがれて……?」 
「そ、そうなんです……」 

 土田、と名乗ったその男は、大柄な身体を縮こませながら頷いた。 

 年のころは鋼牙より少し上あたりだろうか、その彼の言うところによれば、子供の頃にバケモノに襲われたことがあり、その時に白いコートを着た男に救われたのだそうだ。 
 彼の年齢を考えれば、さすがに出会ったのは鋼牙本人ではないだろう。父親だろうか? 

「その人、かっこよくて、強くて、ボクもそんな風になりたくって……」 

 これでも、結構鍛えてるんですよ。と自称する彼はこれまでもチンピラなどを叩きのめしてきたという。 

「……そう」 

 カオルが落胆のため息をつく。それを見た土田が申し訳なさそうに声をかける。 

「あの……すみません。なんかご期待に添えなかったみたいで」 
「え? あ、いや。あなたが悪いわけじゃなくって……」 

 自分で勝手に盛り上がって、勝手に凹んでいるだけだ。 
 そう納得はしているのだが、『絶対に鋼牙だ』と確信を持って近づいただけに、とんだ人違いをしてしまった自分が情けなく感じ……再びため息が零れ落ちた。 

「まぁ、とりあえず。自分の中では解決したんで……」 

 それじゃ。と帰路につこうとしたカオルの足が不意に止まる。 
 ぞわり、背中を厭な気配がなぞり、冷たい汗が流れる。 

「ええと……土田さん」 
「はい?」 

 きょとんとする顔の土田は、カオルの雰囲気の変化にも、変化した周囲の温度にも気づかない。 

「……何も聞かずに、私が合図したら走ってください」 
「何でですか?」 
「何も聞かずにって言いました!」 

 カオルの剣幕に、一回り近く大柄な土田がびくっと肩を震わせ慌てて頷く。 
 背中にビリビリ感じる害意は、幾度となく感じた魔獣の気配。零に、ホラーが出るからこの街を去れと言われていたことをすっかり忘れていたカオル。誰も頼れない。が、目の前にいる人を法っても置けない。 
 かつて自分が鋼牙に救われたように、かつて彼が魔戒騎士に救われたように。 
 力及ばずとも、何か出来るはずだ。 

「1、2の……」 

 大きく深呼吸。 

「3!!!」 

 ホラ走る! と土田の腰をひっぱたき促す。カオルとともに駆け出す土田だったが、足がもつれ、転んでしまう。 

「うわっ!?」 
「きゃっ!」 

 それに巻き込まれ、カオルも躓く。思わず振り返った視線の先に、醜悪な姿を晒す魔獣の姿があった。 

「っ……!!!」 

 土田が声にならない悲鳴を上げる。 
 拙い……! カオルが体勢を整えなおそうとするも、魔獣がこちらに迫ってくるほうが早い。 

 これまでか。 
 カオルが恐怖に負け目を閉じたそのとき、何かが空を裂く音が、かおるの前で走った。 

「……え?」 

 恐る恐る目を開くと、ツギハギだらけの黒いコートがホラーとの間に割って入っていた。 

「零くん……?」 
「ったく、帰れって言ったでしょ!」 

 双剣を振るい、ホラーを蹴散らす零。カオルと土田を庇うように経つと、カオルに声をかけた。 

「その鋼牙似のおっさん連れて、早く逃げて!」 
「似……いや似てないでしょどう見ても!」 
『その抗議は後で受け付けるから、早く逃げなさい!』 

 零とシルヴァに矢継ぎ早に促され、カオルは土田の腕を引っ張りあげる。 

「逃げますよ! ホラ! 腰抜かしてないで早く立って!」 

 足をガクガクさせながらも土田が立ち上がり、カオルに手を引かれてよたよたと走り去っていった。 

「……やれやれ、見た目だけは鋼牙なのに、中身があれじゃねえ……」 

 走り去る土田の後姿を視界の端に見届け、零がため息混じりに呟く。 

「ま、あっちはカオルちゃんに任せて。俺たちは俺たちの仕事をしましょうか……!」 

 零が双剣を構え、改めてホラーと対峙した。 


   -つづく- 




 このあたりまで、とは決めてたんですが、やっぱりちょっと長くなってるなぁ…… 

 予定通り後編では終わりそうですが、コレなら4シーン分割でも良かったかもしれない。 


 さておき。 
 本作ゲストのニセ鋼牙。 
 鋼牙役の小西氏に似ていると最近評判の芸人・AMAMIYA氏がモデルです。 
 でも名前が土田。 

 そのまんま雨宮って使いにくいじゃないですか、原作者的に考えて。 


 あ、あとコートなどに仕掛けられているという術云々に関しては創作ですのであしからず。