「すごい綺麗なところ…」
自然にあふれた大地を歩きながら、鞍馬祢音が嘆息した。澄んだ水面に浮かぶように点在する島々は、それぞれにきらびやかな花畑が絨毯のように色づいている。
「こんなところでデザグラやるとか…もうちょっと場所考えて欲しいわね…めっちゃ映えそうなのに!」
少々ズレたことをつぶやきながらあてもなく歩いていると、祢音の視界の端が妙に騒がしくなった。
「何かしら…?」
木の陰に隠れて様子を窺う。病院で見かけるような姿の男女が忙しく走り回り、タンカやストレッチャーで次々に傷だらけの人を運んでいる。
「なんであんなにたくさんケガ人が…?近くにはジャマトもいなかったけど…」
祢音は訝しげにも奇妙な違和感を感じ、彼らを追うべく足を速めた。
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「トリアージは早急に!優先度が高い順に城へ!より優先度が高い患者は…私が診ます!」
恰幅のよい女性看護師が走り抜けるスタッフに檄を飛ばす。
「ゴッカンから解き放たれた罪人が、わが国の国民を傷つけるなど…シュゴッタムからの防衛出動はまだなのかしら?要請は出ているはずなのに…」
看護師が呟く中、全身が鮮血に染まった重傷者が彼女の元に運び込まれた。
「なっ!これはひどい…早急に処置します!手伝っ…」
「邪魔よ」
指示を出そうとした看護師を制し、患者の前に立ったのは医療装備をまとった妙齢の女性であった。
「無茶です!この患者の容態ではひとりでの処置など…」
「私が…やると言ったの。下がりなさい、看護師風情が」
そう言い放った女医は看護師を突き飛ばし、患者に向き直ると、やおらメスを取り術式を開始するのだった。
*
「なんて手捌き…思い切りのよすぎる術式運び…やはりあの医者は…」
「知っているの、エレガンスさん?」
倒れた女性看護師を助け起こしたメイド長に、エレガンスと呼ばれた彼女が「ええ」と首肯する。
「彼女の名はエンプサ…元イシャバーナの医者よ」
「元?」
「ええ…彼女は罪を犯し…今はこの国にはいない人物のはずなの」
エレガンスによれば、彼女は高い技術力を持ってイシャバーナの医療に革命をもたらした人物なのだという。
「彼女の開発した術式は、彼女の名を冠しEm術式と称され、当時のイシャバーナの執筆技術の基礎になった。でも…」
その術式には、致命的な欠点があった。術後に患者の身体機能が著しく低下し、時には命の危険もあったという。技術革新によって原因が広く知られた今となっては、その術式はイシャバーナのみならずチキュー全土の医療機関でその使用が禁じられているのだ。
「しかし彼女はその禁止令も構わず執刀を続けた。ううん、それだけじゃなく。それによって発生した医療事故を彼女は自ら隠ぺいしたの。結果当時の王に断罪され、捕らえられてゴッカンへと収容された。あなたが知らないのも無理はないわクレオ。もう20年以上前の話ですもの」
「20年以上?エ、エレガンスさん、あの人いったい…今おいくつなんです?」
「そうなのよね…私の記憶が確かなら50を軽く超えているはずなのだけれど…あの若々しさ、どういうことなのかしら…?」
エレガンスがメイド長ことクレアとともに、訝しげにエンプサの背中を見た。
「フフフ…誇りなさい、あなたはこのエンプサの手に、メスによって生きながらえる…死の縁にありながら蘇ることはなによりも…尊い…!」
看護師による補助すら設けず、ひたすら己の手のみを駆使して重傷者の処置を続けていくエンプサ。ときに鮮血が飛び散り、白衣も顔も文字通りに血塗られていくが、彼女は気にも留めない。
「そして生を取り戻した暁には、我が名を大きな声で讃えなさい…!美と医療の国・イシャバーナ至高の医者にして真の女王…それはこのエンプサであると!」
酔いしれるようにメスを振るう。その動きには一切の迷いも感じ取ることはできない。しかし、当の患者の顔色がみるみる悪くなっていることに、エンプサは気づいていないのだ。
「さあ、これで完了よ!生きる喜びを…噛みしめなさい!」
最後の一手が患者に差し込まれようとしたその瞬間…
━━今すぐその術式の使用を中断なさいッ!
振り下ろされたメスを握った手が止められ、鋭い平手打ちがエンプサの頬を張る。
「…ヒメノ様!」
きらびやかなドレスを翻し…イシャバーナ女王、ヒメノ・ランが怒りを帯びた強烈な眼光をエンプサへと向けていた。
-つづく-
というわけで、キングオ✕ギーツ続いての舞台は美と医療の国イシャバーナ。叡智編に続いて「絢爛編」となります。もうお気づきでしょうが、サブタイは原則として王たちの異名が由来です。これシュゴッタムでやったら「邪悪編」にならん?
一方、相対するライダーは祢音こと仮面ライダーナーゴ(この時点でほぼ出番なしですが)。そしてオリジナルライダー担当がエンプサなる女性。
こちらモチーフはキングオージャー側に沿って「雌蟷螂」の意味を持つギリシア神話の夢魔から採用しております。別に容姿はカマキリじゃないようですが(爆