炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

そのいち/しーん1

 朝。

 校庭に涼やかな風が舞い、木漏れ日が教室を照らす。

「うぉい~っす」
 軽快なステップとともに教室に入る少年に、既に室内に居た面々が挨拶を返す。
「はよっ、辰平」
「おぅ、風間。今日も地味に可愛いな♪」
「地味は余計だっつーのっ」
 跳ねた後ろ髪を揺らしながら、ショートカットの少女が苦笑する。
「…で、だ」
 鞄を自分の机に放り投げながら、辰平と呼ばれた少年はその机の後ろの席をあごでしゃくる。
「朝っぱらからアイツはなに凹んでンだ?」


「……ぉ」
 折角の爽やかな朝をぶち壊しにしかねないほどのダークネスな雰囲気をかもし出す少年の姿がそこにあった。
「それがね、康助ってばさ…」
「…余計なコトゆーな、縁(ゆかり)」
 康助なる少年の唸るような抗議の声をさらりとスルーして、少女…縁…は辰平に彼に関する事の顛末を耳打ちして伝える。

「…ぶっ、だはははははははは!」
 途端に大笑いする辰平に、康助はますます凹み、机に突っ伏す。
「いやー、いやー。おめーがそそっかしいのは前から知ってたが、ここまでとはなァ」
 べしべしと康助の肩を叩く辰平。
「人の傷口に塩塗りこむのがそンなに楽しいか辰平…」
 地獄の底から響きそうな声で怨み節を奏でる康助に、辰平はまーまー、と両手を振る。
「で、その手紙を持ったまま逃げちゃったコってなどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも…」
 あれから少女を探したのだが、小柄な体格に似合わず(?)猛烈なスピードで路地裏に消え、完全に見失ってしまったのだ。
「…見覚えのない制服だったから、どこのガッコとかも分からないし」
 溜息まじりに呟いて、康助は頭をかく。
「あーあ、書き直す気力も起きないよ…」

「書き直すって何を?」
「そりゃそのラブレt…うおぁ!?」
 不意にかけられた声に何気なく返そうとした康助の声が裏返った。
「おはよう、伊賀野君」
 天使の笑みが、そこにあった。
「お、おはよう…杠葉(ゆずりは)さん」
 康助の顔が見る間に赤くなる。
「あぁ、そういえば伊賀野君。昨日、何か私に用事あった?」
 小首をかしげて問いかける少女に、康助は口をぱくぱくさせながら
「あ、うん、そう…あったン…だけどね。その、まぁ、なに。…解決したっつーか、なんつーか?」
 しどろもどろになりつつ、そう言葉を搾り出した。
「??」
 少女は合点のいかない、といった表情をしていたが、「ま、いいか」と小さく唱えて微笑んだ。
「それじゃ、また何かあったらそのときに」
「う、うん…」
 康助が硬い表情のまま頷くのを見届けてから、少女は踵を返して他のクラスメートと挨拶を交わした。


「…ヘタレ」
「うぅ…」
 縁の手厳しい突っ込みにぐうの音も出ない。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花…とはよく言ったもんだ」
 辰平が口笛を鳴らしながら呟く。


 ―――杠葉瑞樹(ゆずりは・みずき)。それが彼女の名前である。


 容姿端麗にして品行方正。旧家のお嬢様だとかなんとか言われたり言われなかったりな超絶美少女。
 とはいえ、彼女自身がそのことを鼻にかけるわけでもなし、そういった人当たりのよさから異性同性問わず人気高し。
 そして彼…伊賀野康助の片想いの相手である。
「正直、高値の花ってヤツだしな。この際だ、諦めちまったらどーよ?」
 肩を叩く辰平に、康助は渋い顔を向ける。
「ヤだよ。…正直、俺は彼女以外考えられないし」
 あんまりな晩熟(おくて)っぷりに自己嫌悪に陥りながら、康助が答えた。


「…だとさ、風間」
「そこでなんであたしに振るのよ」
「さてね?」


「はいはい、おしゃべりはそこまでよ。ホームルームするから、とっとと席に着いた着いた!」
 ジャージ姿の担任教師が手を叩いて急かした。

  -つづく-