2007年・5月
牙狼をこよなく愛する、わが戦友(とも)に捧ぐ。
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プロローグ~境界にて~
黒色と混沌が混じりあい、一寸先の視界すら確保できない深淵の闇―――
そのさなかを、駆け抜ける二つの“影”があった。
「今度こそ…逃がさない!」
その一方が、言葉を発した。僅かに漏れた月の明かりが、それの輪郭をうっすらと浮かび上がらせる。
年のころは19、20あたりだろうか。引き締まった顔つきの青年が闇を疾走(はし)るもう一つの“影”を追っていた。
無造作に伸びた髪の毛と、その身にまとうグレーのコートの裾が跳ねる。
既に1時間以上、彼は“影”を追っていた。しかし、疲労どころか、息の一つも上げていない。
「…!」
前方の“影”がそのスピードを緩めた。その隙を逃さないとばかりに、彼は“影”に飛びかかる。
「っは!」
手にした武器…戦斧を振りかざし、一気に叩きつける!
ガンッ…
が、“影”は寸でのところでかわし、再びスピードを上げる。斧は地面を砕くだけだった。
『斬(ザン)、2時方向!』
「分かってるッ!」
青年…斬と呼ばれた…の手元から別の、女性のような声がした。それに応えた斬は再び全力疾走に切り替える。
斬撃によるタイムロスで、さっきとは遥かに引き離されてしまう。斬がギリっ、と歯を食いしばらせた。
「逃がさんと…言っ、た!」
叫び声とともに、力任せに足を動かす。“影”との距離がぐん、と縮まる…
『斬!!!』
不意に“もう一つの声”が金切り声を上げる。反射的に足を止める斬。そして、それを尻目に“影”はその気配を完全に闇と同化させ、溶け込んでいった……
「ちぃ…西の管轄に逃げ込みやがったか」
『どうするの斬? このまま西の魔戒騎士に任せる?』
斬は溜息をひとつして右拳を口元に近づけた。その中指には人とも悪魔とも知れぬ造型の指輪が嵌められていた。
「そうはいくか。いままでずっと追ってきたんだ。誰にも手は出させねぇよ」
『勝手に別の管轄に入ったらペナルティよ。ソレを知らないあなたじゃないでしょう?』
指輪が口をきいた。斬は憮然とした表情で指輪をピンと弾く
『あ痛』
「…わかってるっつーの、ヴィスタ」
喋る指輪…ヴィスタにそう答えると、斬は歩を進める。
「西の番犬所に行くぞ。…今度こそケリをつけてやる」
雲の切れ間から顔を覗かせた月を眺めながら、そう呟いた。
往け疾風の如く 宿命の剣士よ 闇に紛れて…
何ゆえ戦うのか それは剣に聞け
正義だとか愛など 俺は追いかけない
闇に生まれ 闇に忍び 闇を斬り裂く
遥かないにしえから受け継いだ使命だから
往け! 疾風の如く 魔戒の剣士よ
月満つる夜に 金色になれ
雄々しき姿の 孤独な戦士よ
魂を込めた 怒りの刃叩きつけて
時代に輝け 牙狼!
牙狼-GARO-/異聞譚~紅蓮の剛刃~