―――七尾郁人は焦燥していた。
モニターとにらめっこしていても一向に文章が浮かび上がらない。
どうやら274回目のスランプのようだ。
書くべきシーンはすでに頭に描いている。が、それを活字に変えることが、急に難しくなった。
時間がない。
今書いているライトノベル(と、最近はカテゴライズされるらしい)は、月刊の雑誌に掲載されるものだ。そして、その締め切りは明日に迫っていた。
いつもなら3日ぐらい前には書きあがり、推敲もやってのけている筈だったのだが。
今日はどうしても筆が乗らない。
こういうときはほぼ同時進行で執筆しているアニメ作品のノベライズを手がけて気分転換を図るのがセオリーなのだが、あいにく当分その仕事は入ってこない。
「…ちっ」
八方ふさがりな状況に、郁人は頭をガリガリとかく。
「どうしたもんか…」
ピンポーン
と、安っぽい呼び鈴の音が部屋に響いた。どうせセールスの類だろう、とたかを括った郁人は完全に無視して居留守を決め込む。
ピンポーン ピンポーン
「……」
ピンポーンピンポーンピンポーン ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン!
「ああっ、うるせぇ!」
連打されるチャイムに業を煮やし、郁人は加えていたシナモンスティックを空のグラスに放り込む。
「…ったく、なんて非常識なヤツだ…」
イラつきを抑えながら、玄関のドアを開く。
「誰!…だ?」
郁人の視界には誰も居なかった。
「…下、ですわよ」
「ん?」
少々トゲを含んだ少女の声がした。視線を下に移す。
「…七尾郁人、ですわね?」
制服姿の少女が立っていた。
「…誰だあんた?」
そんな郁人の問いをスルーして、少女はハードカバーの本をぐいっと突きつける。
郁人が昔書いた推理小説だ。かなりマイナーな作品で、知っている人間の方が少ないはずなのだが…
「コレの作者の、七尾郁人、ですわね?」
幾分語気を強めて、再び声が飛ぶ。意志の強そうな瞳が外の光を反射して煌いた。
「…そうだが、人にモノを問う前に自分から名乗るのが礼儀じゃないか?」
なんなんだ。
執筆に行き詰ってイラついてるときにこの闖入者は。
自分でも驚くぐらい冷たい声が出た。
「それもそうですわね」
郁人の口調に気圧されることなく、少女は一歩引くと、淑女のようにスカートの裾を軽く持ち上げて会釈した。
「私、雪白小姫と申します。以後お見知りおきを♪」
ガラス細工のベルが歌うような声だった。
「…で?」
「はい?」
「はい、じゃねえ」
何しに来たんだ、こいつは。
偏頭痛が起こりそうな頭を抱える。
「俺は今仕事中だ。用がないなら帰れ」
仕事中。
その一言が、小姫の興味を引いた。
「本当ですの? 見せていただきません?」
言うが早いか、小姫は小柄な体を活かし、郁人が僅かに開けていたドアの隙間から部屋に進入した。
「おわっ、ちょ、待てコラ!」
慌てて手を伸ばす郁人だったが、するりと逃げられ、指を黒髪が数本なでていった。
うわ、柔らけぇ…
思わずそんな感想を抱く。
「ってそうじゃねぇ! 勝手に入るな!」
仕事場に飛び込むと、小姫が呆然と立ち尽くしていた。
「…なんですの? これ…」
指差す方向には書きかけのライトノベルを表示しているパソコンのモニター。
「俺の仕事だが、何か?」
「推理はいつどこでやりますの?」
これみたいに、と再び郁人の眼前に本を突きつける。
「…推理小説はもうやめた。二度と書かん」
「え?」
・
・
・
「…ええ~~~~~っ!!?」
小姫の驚きの声が耳を劈いた。
-つづく-
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キャラクターファイル・Part2
七尾郁人/Ikuto Nanao
…自称「しがないライトノベル作家」。
とはいえ、その実そこそこの人気を持っているようで、小姫の周りにも彼のライトノベルのファンは多い。
以前、一冊だけ推理小説を世に出したことがあるが、現在は一切推理小説を書こうとしない。理由は不明。
ちなみに代表作は中華街を舞台にした不思議コメディ「チャイナタウンにようこそ!」
※名前の元ネタは「七人の小人」。原典どおり(?)小姫をサポートするポジションにいますが、実質上の探偵役を担うのはきっと彼だろうなァ、とか。
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