「ねぇ…」
カタカタと不規則に鳴る乾いた音の間を縫うように、声が届く。
「……」
その声に応えず、僕はキーを這う指を止めた。
「…まぁだぁ~?」
僕の心情を知ってか知らずか、背後から間延びした声が催促する。
「……ってゆーか、あのなぁ」
溜息混じりに呟きながら、振り返る。
自室のベッドの上で、文(あや)が寝そべったまま僕を眺めていた。
きみがぼくのへやで
文との付き合いは、そろそろ2年くらいになろうとしている。
…あ、付き合いつっても、別に男と女と…ってヤツじゃない。
書いた小説をたまたまあやに読ませたときに、これでもかってくらいに感想を貰って、それ以来、最初の読者になってくれているのだ。
そんなある日。
『小説書いてるときのキミが見てみたい』
そう言い出したのが先週のこと。
まぁいつもの戯言だとスルーしていたら。
…ホントに来やがった。
ったく、何考えてるんだか。
「…あのね、そう簡単にホイホイ書けたら苦労しないの」
ましてや、僕はプロじゃない。せいぜい趣味でモノカキしている程度だ。
「んー、相談に乗ろうか? 今どのへん書いてるんだっけ?」
「んっとな…」
「あ、やっぱいいや。ネタバレしたくないし」
……おまえな。
「……ふぅん」
「…あんだよ?」
ふと、僕の隣でじっと見つめるあや。
…視線が気になる。
「んー。妄想してるときってそんな顔するんだね」
「違ぇ!」
せめて想像とか創造って言ってくれ。
*
―――ん?
急に、外野からの声がなくなった。
さっきまで10分おきぐらいに「まだー?」が聞えていたのだが。
「……あや?」
振り返ると、
「…すぅ、すぅ」
僕のベッドで寝息をたてていた。
「…ったく、なにやってんだか」
執筆中の僕が見たいんじゃなかったのか。
「やれやれ」
眠りこけてる少女に近づいて、傍らに丸まっていたタオルケットをかけてやる。
「…あにゅ」
なんとも幸せそうな寝顔が、柔らかくほころぶ。
見慣れた顔のはずなのに、それだけで…何故かドキドキしてしまう。
「……結構、可愛いよな」
思わずそんな言葉が口をついて出てしまい、はっとなる。
……起きて、ないよな?
「……」
無意識に、顔が近づく。
好きか嫌いかといわれれば、嫌いじゃない。…というか、結構好きなほうだ。
ありえないぐらいに、胸が高鳴る。締め付けられる。
「……あや」
顔が熱い。熱気で眼鏡が曇る。
拭くのすらもどかしく、机に放り出して、今度は裸眼で彼女を見つめる。
ちょっと輪郭がボヤける。もう少しだけ近づく。
…まだだ、もう少し…もう少し…
「…なにやってんの?」
! ! ! ?
「…んー?」
イタズラっぽい笑みを浮かべたあやが、眼前にいた。
「あ…いや…その……」
「まさか…キスしようとか?」
「ばっ…!」
全力で顔を背ける。真っ赤になった顔を見られて無いだろうか。
「…おりゃ」
顔を捕まえられて、向き合わさせられる。
「ちょ、おま…!?」
さっきよりも、顔が近づく。
「…ふぅん」
「な、なんだよ?」
声が上ずる。
「眼鏡してない方が…可愛いかも」
「なんだよそりゃ」
って言うか男に“可愛い”はないだろ。
「ねぇ」
「なんだよ」
「……キス、してみる?」
… は あ ?
「ほら、小説書くのに…参考になるかもじゃない?」
「いや、参考って…」
「ん……」
驚く僕を尻目に、目を閉じたあやの顔がゆっくりと近づく。
ほんのりピンク色の唇が、柔らかそうで…
…いや、いやいやいやいや。
いいのか? オイ、本当にいいのか?
キスってのはもっとこう…
なんというか、アレだ。
ともかく、こーゆーノリでするもんじゃねえだろ。
「お、おい…あや…?」
・
・
・
「……なんちって☆」
…………は?
「あは、本気にした?」
ちろりと舌を出して、あやがクスクスと笑う。
「お、お前なぁ…!」
憤ってみせるものの、腰が抜けてうまく動けない。
無理に力を入れた途端、腹から気の抜けた音が響いた。
…恥ずい。
「あー、もうそんな時間かぁ」
腕時計を見て、納得するように頷く。
「そんじゃ、さっきのお詫びってんじゃないけどさ、お昼用意するよ。台所借りるね?」
僕の返事を訊こうともせず、あやはとっとと台所へ向かっていった。
ぽつんと一人残された僕。よろよろと体を持ち上げて、ベッドに倒れこむ。
ふわりとあいつの残り香が鼻腔をくすぐり、顔が熱くなる。
「…………ったく、なに考えてんだあいつは」
すきっ腹をおさえながら、掠れた声で呟いた。
----------------------------------------------
久々にオリジナル掌編ですよっと。
某「一番最初の読者ちゃん」とのメールでのやりとりが執筆のきっかけ。
【なんか、一度見てみたいな。
小説を考えて文章にまとめてる姿。
そういうの見るだけでもおもしろそう】
【四苦八苦してる様を、基本はベッドで漫画とか読みながら、時々様子を見るの。楽しそう☆】
…まぁ、ホントに来るかどうかは知りませんが。
ともかく、そんなやりとりしててこーゆーネタ妄想してました。
ok、俺やべえorz
なんとゆーか、病んでるなァ…
http://webclap.simplecgi.com/clap.php?id=homurabe
↑web拍手なのです。感想とかいただけるとうれしいです。