炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【掌編】きみがぼくのへやで

「ねぇ…」

 カタカタと不規則に鳴る乾いた音の間を縫うように、声が届く。

「……」
 その声に応えず、僕はキーを這う指を止めた。

「…まぁだぁ~?」

 僕の心情を知ってか知らずか、背後から間延びした声が催促する。

「……ってゆーか、あのなぁ」
 溜息混じりに呟きながら、振り返る。
 自室のベッドの上で、文(あや)が寝そべったまま僕を眺めていた。



   きみがぼくのへやで



 文との付き合いは、そろそろ2年くらいになろうとしている。
 …あ、付き合いつっても、別に男と女と…ってヤツじゃない。

 書いた小説をたまたまあやに読ませたときに、これでもかってくらいに感想を貰って、それ以来、最初の読者になってくれているのだ。

 そんなある日。


 『小説書いてるときのキミが見てみたい』


 そう言い出したのが先週のこと。
 まぁいつもの戯言だとスルーしていたら。

 …ホントに来やがった。

 ったく、何考えてるんだか。

「…あのね、そう簡単にホイホイ書けたら苦労しないの」
 ましてや、僕はプロじゃない。せいぜい趣味でモノカキしている程度だ。
「んー、相談に乗ろうか? 今どのへん書いてるんだっけ?」
「んっとな…」
「あ、やっぱいいや。ネタバレしたくないし」

 ……おまえな。


「……ふぅん」
「…あんだよ?」
 ふと、僕の隣でじっと見つめるあや。
 …視線が気になる。
「んー。妄想してるときってそんな顔するんだね」
「違ぇ!」
 せめて想像とか創造って言ってくれ。

  *

 ―――ん?

 急に、外野からの声がなくなった。
 さっきまで10分おきぐらいに「まだー?」が聞えていたのだが。
「……あや?」
 振り返ると、

「…すぅ、すぅ」

 僕のベッドで寝息をたてていた。

「…ったく、なにやってんだか」
 執筆中の僕が見たいんじゃなかったのか。
「やれやれ」
 眠りこけてる少女に近づいて、傍らに丸まっていたタオルケットをかけてやる。

「…あにゅ」
 なんとも幸せそうな寝顔が、柔らかくほころぶ。
 見慣れた顔のはずなのに、それだけで…何故かドキドキしてしまう。

「……結構、可愛いよな」
 思わずそんな言葉が口をついて出てしまい、はっとなる。
 ……起きて、ないよな?

「……」
 無意識に、顔が近づく。
 好きか嫌いかといわれれば、嫌いじゃない。…というか、結構好きなほうだ。
 ありえないぐらいに、胸が高鳴る。締め付けられる。

「……あや」
 顔が熱い。熱気で眼鏡が曇る。
 拭くのすらもどかしく、机に放り出して、今度は裸眼で彼女を見つめる。

 ちょっと輪郭がボヤける。もう少しだけ近づく。
 …まだだ、もう少し…もう少し…


「…なにやってんの?」


   ! ! ! ?


「…んー?」
 イタズラっぽい笑みを浮かべたあやが、眼前にいた。
「あ…いや…その……」
「まさか…キスしようとか?」
「ばっ…!」
 全力で顔を背ける。真っ赤になった顔を見られて無いだろうか。
「…おりゃ」
 顔を捕まえられて、向き合わさせられる。
「ちょ、おま…!?」
 さっきよりも、顔が近づく。
「…ふぅん」
「な、なんだよ?」
 声が上ずる。
「眼鏡してない方が…可愛いかも」
「なんだよそりゃ」
 って言うか男に“可愛い”はないだろ。

「ねぇ」
「なんだよ」

「……キス、してみる?」

 … は あ ?

「ほら、小説書くのに…参考になるかもじゃない?」
「いや、参考って…」
「ん……」
 驚く僕を尻目に、目を閉じたあやの顔がゆっくりと近づく。
 ほんのりピンク色の唇が、柔らかそうで…

 …いや、いやいやいやいや。
 いいのか? オイ、本当にいいのか?
 キスってのはもっとこう…

 なんというか、アレだ。
 ともかく、こーゆーノリでするもんじゃねえだろ。

「お、おい…あや…?」

 ・
 ・
 ・

「……なんちって☆」

 …………は?

「あは、本気にした?」
 ちろりと舌を出して、あやがクスクスと笑う。

「お、お前なぁ…!」
 憤ってみせるものの、腰が抜けてうまく動けない。
 無理に力を入れた途端、腹から気の抜けた音が響いた。
 …恥ずい。

「あー、もうそんな時間かぁ」
 腕時計を見て、納得するように頷く。
「そんじゃ、さっきのお詫びってんじゃないけどさ、お昼用意するよ。台所借りるね?」
 僕の返事を訊こうともせず、あやはとっとと台所へ向かっていった。
 ぽつんと一人残された僕。よろよろと体を持ち上げて、ベッドに倒れこむ。
 ふわりとあいつの残り香が鼻腔をくすぐり、顔が熱くなる。



「…………ったく、なに考えてんだあいつは」

 すきっ腹をおさえながら、掠れた声で呟いた。



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 久々にオリジナル掌編ですよっと。

 某「一番最初の読者ちゃん」とのメールでのやりとりが執筆のきっかけ。

 【なんか、一度見てみたいな。
  小説を考えて文章にまとめてる姿。
  そういうの見るだけでもおもしろそう】

 【四苦八苦してる様を、基本はベッドで漫画とか読みながら、時々様子を見るの。楽しそう☆】

 …まぁ、ホントに来るかどうかは知りませんが。

 ともかく、そんなやりとりしててこーゆーネタ妄想してました。

 ok、俺やべえorz

 なんとゆーか、病んでるなァ…



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