「…ん?」
「どうかしました?」
「いや……お嬢さんが見当たらないんだが」
あたりを見回す郁人に、小姫が答える。
「順平氏のお部屋へ向かわれましたわ。パーティにどうしても参加して欲しいと」
「そうか」
生返事を放り出し、注がれたグレープフルーツジュースに口をつけた。
「……普通こういう席ではワインじゃありませんこと?」
「酒は苦手だ」
ガシャーーーーン!!!
「!?」
不意に、ガラスの砕ける音が平穏だった空気を破り裂いた。
「なんだと貴様、もう一度言ってみろ!」
「何度でも言いましょう。あなたのようなゴク潰しに、遺産などびた一文回ってきませんよ!」
黒服の男が二人、取っ組み合いのけんかを始めた。
「おい、よせよ。祝いの席で…」
来賓との会話に興じていた別の男が、割って入る。片方の男の腕を捕まえ、押さえつけた。
彼に促され、郁人ももう片方の男を押さえ込む。やがてお互いに大人しくなると、ぶちぶちと悪態をつきながら大広間を出て行った。
「何があったんですか」
と聞きつつ、内心見当をつける。
「順平氏の遺産相続のことですよ」
割って入った、順平氏の甥だと名乗る男が答えた。
「彼…順平氏の次男ですがね…の経営している会社が、財政難に陥っていまして。何度か順平氏にお金の無心をしていたのを憶えています」
「なるほど。おおかたそれをネタにからかわれて逆上したクチか」
経営には向きそうに無い人間だな、と郁人は小さく呟いた。
「まぁ、経営が苦しいのは相手方も一緒ですけどね」
あちらは義理の息子さんです、とたずねられてもいないのに喋る。
「お互いに遺産を当てにしているのでしょう。ことあるごとに順平氏に取り入ろうと必死でしたから」
「あなたはどうなんです?」
郁人が問うと、甥は笑って首を振った。
「幸いにも、こちらは平穏無事に動いていますから」
我関せず、と言ったところのようだ。
「ともかく、助かりました。無関係のあなたを手伝わせてしまって申し訳ないですが…」
「いや、かまわんさ」
一礼して、再び会話の輪へ戻っていく甥。
金持ちの人間にしては、物腰の穏やかなヤツだ…そう思いながら、郁人も小姫の傍へと戻った。
・
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喧嘩に端を発した騒動もいつしか収まり、ふたたび穏やかな時間が戻る。
「……遅いですわね」
「なにがだ?」
首をかしげる小姫に、郁人が尋ねる。
「梢ですわ。順平氏を呼びに言ったきり―――」
キャァァァァァァァァ!!!
再び空気が凍りついた。今度は、絹を裂くような女性の…少女の悲鳴で。
「これは…!」
「梢の声ですわ!」
悲鳴は上から聞こえた。彼女が順平氏を呼びに行ったのなら、彼の部屋にいるはずだ。
弾かれるように郁人が飛び出す。別のところにいた、順平氏の甥も駆けつけ、並ぶ。
はたして、部屋の扉は開け放たれていた。
「何があった!?」
床にぺたんと座り込み、肩を震わせる梢。
「あ…あ…」
焦点の定まらない目を潤ませ、少女の指が、ソファに座る祖父を指し示す。
「…瀧田…さん?」
その顔をの覗き込む。
「…!」
肘掛にもたれかかり、淡々と映画を眺めているように見えた老人の顔は、だらしなく崩れ、体温を失い……息絶えていた。
「な…なんてこと…!」
「お……おじぃ……ちゃ……おじ……」
遅れて駆けつけた小姫が絶句し、梢は嗚咽を漏らす。
洋画の厳かなBGMと、主演男優の朗々とした声だけが、スピーカー越しに響いていた。
-つづく-
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主人公が下戸だっていいじゃない、人間だもの(何
さておき、事件発生。
以降、推理編へと移行…予定。多分(ぇ
http://webclap.simplecgi.com/clap.php?id=homurabe
↑web拍手です。こっそり犯人を予想してみませんか? コメにていただければ、正解か否か発表しますw(ぉぃ