炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼×クウガ】狼の牙と空なる我:シーン2

「う………ん…」
 浮き上がった意識が瞼を持ち上げる。まだぼやけた視界に、黒い何かが動いているのが見えた。
「あぁ、お目覚めになられましたか」
 壮年の男性の声だ。その声をきっかけに、“彼”の意識は少しずつハッキリしてきた。
「俺は……ここは、一体…?」
 ゆっくりと上体を起こす。ベッドに寝かされていたのが判る。ふと、額からぬれたタオルが落ちた。先ほどの老人がやってくれたのだろう。

「気がついたか」
 ふと戸が開き、鋼牙が顔を出した。
「あ、あんたが…」
 俺をここへ? と出かかった言葉は、鋼牙の無言の圧力で咽奥へと引っ込められた。
「単刀直入に訊く、何があった!?」
「…は、はぁ?」
「何があったかと訊いてる!」
 有無を言わせぬ勢いで突っかかる鋼牙。
『落ち着けよ鋼牙。物事は順序だてて訊くもんだろう?』
「む…」
 たしなめるザルバに、鋼牙は仏頂面で溜息をついた。
『わるかったな』
「あ、いや……っていうか、喋ってるの、その指輪か?」
『おう、俺はザルバってんだ。…ん? そんなに驚かないのな』
 常人が口をきく指輪など見れば驚くだろうと踏んでいたザルバが疑問符を浮かべる。
「あ、ま、まぁ…似たようなの知ってるから」
『ふぅん…ま、いいや。俺たちは、ショッピングモールの跡地でバケモノになってたお前さんを見つけて、一度戦ったんだが……憶えてるか?』
 ザルバの言葉に、彼は首を横に振る。
「あ、いや…」
 と、声が漏れる。
「何かあるのか? 少しでもいい。憶えてることを教えてくれ」
 先程よりは幾分トーンを抑えた鋼牙に、彼は頷きながら、とつとつと言葉を紡ぎだした。

  *


 俺は…

 仲間と旅をしていたんだけど、その仲間とはぐれてしまったんだ。

 近くにショッピングモールを見つけて、手掛りでもつかめないかと思って行ったら……

 突然、変な寒気がして、そしたらすぐに気が遠くなって……



「…それから後のことは、よく憶えていない」
『じゃあ、ここで目が覚めるまで、お前さんは気を失ってたってことか」
 頷く。
「あ、でも…」
「?」
「ぼやけた意識の向こうで、なにか…金色の狼みたいなのと…戦っていた…ような…」
 彼の言うのは、牙狼のことであろう。そう納得した鋼牙は、相棒に助言を求めた。
「どう思う、ザルバ?」
『うーん…。話を聞く限りじゃ、一度ホラーにはとり憑かれたっぽいが…それじゃなぜホラーは、俺たちが来た時にはいなくなってたんだろうな』
 ザルバのもっともな疑問に、鋼牙も腕組みして黙り込む。
「…あ、あの…俺に何があったんだ?」
 おずおずと問いかける。
『俺たちが最初にお前さんに出会ったとき、お前さんは黒い鎧に身を包んでいた』
「!?」
 彼の目が驚きに見開かれる。
「黒い…鎧?」
『ああ。何処もかしこも真っ黒のな』
「“眼”は!?」
 焦るように食いつく様に、鋼牙は訝しげに思いながら、視たままのことを彼に伝える。
「黒だ。眼もな」
「―――!!!」
 彼の表情から色が消える。
『お、おい、どうした?』
「そんな…俺が…“凄まじき戦士”に……?」
 身体を震わせ、おびえるように縮こまる。
「“凄まじき戦士”?」
 鋼牙が問う。
「“聖なる泉枯れ果てし時、凄まじき戦士雷の如く顕れ、太陽は闇に葬られん”…。俺が変身した、<クウガ>に関するある古文書の記述だ」

 聖なる泉とは戦士の戦士たる心。これが失われたとき、戦士は強大な力を得、世界の終末が訪れる―――

『なるほどな。魔戒騎士の心滅みたいなものか。…なるほどな、見当がついてきたぜ』
 ニヤリと笑うザルバ。
「本当か?」
『ああ。このホラーは人間を内側から喰うタイプなんだろう。一度とり憑いて、恐怖や怒り、憎しみなどのマイナスな感情を引きずり出し、心と身体がそれに染まった頃合を見計らって一気に喰らう。たしかそんなホラーもいたはずだ。
 こいつはそのホラーにとり憑かれ、マイナスの感情を引き出されたことであの姿になった。その影響でホラーはそいつの中に留まりきれずに逃げたのさ』
 ザルバの話は仮説ではあったが、信憑性は高かった。
「俺の中の…黒い感情が…アレを呼び覚ましたってのか……」
『ま、気にする事ァないさ。憎しみや怒りなんてな誰の心根にだって存在する。いちいち気にしてちゃ身がもたねえよ』
 軽い口調でフォローするザルバだったが、彼の表情は晴れそうにない。
「俺は……俺…は……」
「落ち着いてくださいませ。今はしばし、身体と心をお休め下さい」
 鋼牙の傍らに控えていた執事…ゴンザが彼の身体をゆっくりと横たえ、崩れた布団をかけなおす。
「ゴンザ、俺はしばらく書庫にいる。番犬所からの指令があればすぐに教えてくれ」
 了承の意を受け取り、鋼牙は部屋を後にした。


  -つづく-


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