―――鬼塚酒造。
数多くの酒豪に好まれる地酒を創り続けて数十年の、老舗中の老舗である。
数多くの酒豪に好まれる地酒を創り続けて数十年の、老舗中の老舗である。
日本酒をはじめ、焼酎や果実酒など、地元で取れた材料をふんだんに使った酒が魅力であるが……
一般人には知られていない、隠しメニューともいえるべきものが存在していた。
牙狼・異聞譚/金剛騎士篇~酒呑の豪腕~
「む……」
“若旦那”と呼ばれた青年が僅かに顔をゆがめる。それに気付かない歳若き職人が枡に注いだ真っ赤な酒を持ってきた。
“若旦那”と呼ばれた青年が僅かに顔をゆがめる。それに気付かない歳若き職人が枡に注いだ真っ赤な酒を持ってきた。
赤酒とは、魔戒騎士・魔戒法師などに古くから伝わる特殊な酒である。内包する成分自体は普通の酒となんら変わりないが、騎士や法師の能力を活性化させる能力を有しているのだ。
…もっとも、そんなことは関係なく、赤酒を好む者も多い。他の酒にはない一癖ある味わいがなんともいえないのだそうだ。
ちなみに、一般に販売されていないのは言うまでも無い。
…もっとも、そんなことは関係なく、赤酒を好む者も多い。他の酒にはない一癖ある味わいがなんともいえないのだそうだ。
ちなみに、一般に販売されていないのは言うまでも無い。
「是非、味見のほうをお願いします!」
「あ、バカ…っ!」
枡を差し出す職人に、先輩らしき男が声をかける。
「…………む」
難色を示す青年であったが、やがて意を決したように頷き、枡を口へと運んだ
「あ、若旦那!」
男の制止もむなしく、一口の赤酒が青年の咽を通り抜ける。
「あ、バカ…っ!」
枡を差し出す職人に、先輩らしき男が声をかける。
「…………む」
難色を示す青年であったが、やがて意を決したように頷き、枡を口へと運んだ
「あ、若旦那!」
男の制止もむなしく、一口の赤酒が青年の咽を通り抜ける。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
「……ど、どうでしょうか?」
職人が声をかけた、次の瞬間。
職人が声をかけた、次の瞬間。
「………………う」
僅かなうめき声と同時に、青年がばたりと倒れこんだ。
「!?」
「あー、やっちまった!」
「あー、やっちまった!」
酒樽の様子を見ていた先輩職人が慌てて青年の下へ走る。
「このバカ! 若旦那は特別酒に弱いから味見を頼むなってアレほど言っただろうが!!!」
野太い男の声が、じくじくと痛み出す頭を響かせるのを聞きながら、青年は意識を手放した。
* * *
「…っは!」
急に浮上した意識が、青年を文字通り飛び起こさせる。
「……あら、気がついた? 律(りつ)」
「か、母さん…?」
くすくすと笑いながら、青年…律…にコップに入った水を手渡す。それを一気にあおると、重たい頭が幾分楽になるように感じられた。
『まったく。酒呑童子の末裔とも謳われた金剛騎士の跡継ぎが、こんなので本当に大丈夫なのかって思うわねェ』
「……耳元でボヤくなっての」
律の右耳で、シルバーのイヤアクセサリーが口を利いた。彼のパートナーである魔導具・カルマだ。
「ところで、あなたが倒れている間に、指令書が届いていたわよ」
一見すると姉かとも見まがうほどに若く美しい母親が、卓袱台を指差す。なるほど赤い封筒が無造作に置かれていた。
「……仕事か」
『あなたがブッ倒れてなければ、出なかったかもね』
反論できず、口を尖らせる律。確かに、いつもならゲートを潰し、ホラーの現出を未然に防ぐことが出来るからだ。それが今回は…今回に始まったことではないが…うっかり酒の味見をして倒れてしまったことで、ホラーの現出を許してしまったのだ。
「…出てきたなら、被害が出る前に潰すまでってヤツさ」
コートを纏い、鋼色の棍棒…魔戒棍を手に立ち上がる。
「あ、ほら、忘れ物よ律」
陶磁器の酒壺を投げ寄越す。慌てて受け止める律。
「母さん!」
「はいはい。それじゃ、行ってらっしゃいね~」
律の抗議の声をスルーし、火打石を鳴らす。その音に、律の顔が引き締まり、踵を返し玄関を飛び出した。
「か、母さん…?」
くすくすと笑いながら、青年…律…にコップに入った水を手渡す。それを一気にあおると、重たい頭が幾分楽になるように感じられた。
『まったく。酒呑童子の末裔とも謳われた金剛騎士の跡継ぎが、こんなので本当に大丈夫なのかって思うわねェ』
「……耳元でボヤくなっての」
律の右耳で、シルバーのイヤアクセサリーが口を利いた。彼のパートナーである魔導具・カルマだ。
「ところで、あなたが倒れている間に、指令書が届いていたわよ」
一見すると姉かとも見まがうほどに若く美しい母親が、卓袱台を指差す。なるほど赤い封筒が無造作に置かれていた。
「……仕事か」
『あなたがブッ倒れてなければ、出なかったかもね』
反論できず、口を尖らせる律。確かに、いつもならゲートを潰し、ホラーの現出を未然に防ぐことが出来るからだ。それが今回は…今回に始まったことではないが…うっかり酒の味見をして倒れてしまったことで、ホラーの現出を許してしまったのだ。
「…出てきたなら、被害が出る前に潰すまでってヤツさ」
コートを纏い、鋼色の棍棒…魔戒棍を手に立ち上がる。
「あ、ほら、忘れ物よ律」
陶磁器の酒壺を投げ寄越す。慌てて受け止める律。
「母さん!」
「はいはい。それじゃ、行ってらっしゃいね~」
律の抗議の声をスルーし、火打石を鳴らす。その音に、律の顔が引き締まり、踵を返し玄関を飛び出した。
* * *
『…居たわよ、律!』
「ん!」
相棒の声に、走る両の足にさらに力を加える。地を蹴り、一瞬で魔獣に肉迫し……
「ん!」
相棒の声に、走る両の足にさらに力を加える。地を蹴り、一瞬で魔獣に肉迫し……
刹那、魔戒棍が唸りをあげて衝き出される。
「っ!早い!?」
寸での差で躱され、魔戒棍はむなしく大地を抉った。
「だが、まだっ!」
地面にめり込んだ魔戒棍を力任せに振りぬき、重い一撃をホラーの側頭部に喰らわせる。衝撃がホラーの頭を突きぬけ、その身体が吹っ飛ぶ。
『追撃を!』
「解ってる!」
戦場と化した雑木林は、迷路のように木々が行き交い、視界を奪う。地面に敷き詰められた落ち葉も舞い上がり、さながら一種の結界のようにも思えた。
「逃が…すかよぉっ!」
渾身の一撃を見舞うべく、魔戒棍を振り下ろす。しかしその攻撃は届かず、地面を叩き割る衝撃が、落ち葉をさらに舞い上がらせる。
「しまっ…」
目を見開く律の目の前で、ホラーが不敵に笑う。と、舞う落ち葉がホラーに集まり、その身を彩った。
『律、何時までも遊んでいる場合じゃないわ』
「…ったく、しょうがねえな…」
悪態をつきながら、律は魔戒棍を地面に突き立てる。
「あらよっ…と」
手に提げていた酒壺の封を抜く。中に入った赤酒が独特の芳香を漂わせる。
「…んっ」
それにおもむろに口をつけると、一気に咽に流し込む。
「ぐっ、ぐっ、ぐっ、んむっ………ぷはぁっ!」
唇の端から垂れるしずくを、舌で舐め取り、赤ら顔になった律がにんまりと笑う。
「オラ、行くぞクソ野郎!」
火がついたように吼え、突き立てていた魔戒棍を抜き、宙で召喚輪を描く。
「解ってる!」
戦場と化した雑木林は、迷路のように木々が行き交い、視界を奪う。地面に敷き詰められた落ち葉も舞い上がり、さながら一種の結界のようにも思えた。
「逃が…すかよぉっ!」
渾身の一撃を見舞うべく、魔戒棍を振り下ろす。しかしその攻撃は届かず、地面を叩き割る衝撃が、落ち葉をさらに舞い上がらせる。
「しまっ…」
目を見開く律の目の前で、ホラーが不敵に笑う。と、舞う落ち葉がホラーに集まり、その身を彩った。
『律、何時までも遊んでいる場合じゃないわ』
「…ったく、しょうがねえな…」
悪態をつきながら、律は魔戒棍を地面に突き立てる。
「あらよっ…と」
手に提げていた酒壺の封を抜く。中に入った赤酒が独特の芳香を漂わせる。
「…んっ」
それにおもむろに口をつけると、一気に咽に流し込む。
「ぐっ、ぐっ、ぐっ、んむっ………ぷはぁっ!」
唇の端から垂れるしずくを、舌で舐め取り、赤ら顔になった律がにんまりと笑う。
「オラ、行くぞクソ野郎!」
火がついたように吼え、突き立てていた魔戒棍を抜き、宙で召喚輪を描く。
次の瞬間、顕れるは―――鈍色の鎧に身を包んだ、騎士。
その銘、金剛騎士・殴牙<オウガ>
「いくぜいくぜいくぜぇ~~~~っ!!!」
棘の衝いた棍棒…金剛棍を振り上げ、オウガが雄叫びを上げた。
-つづく-
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こちらでは唐突に始まった感がありますが(汗
もともと、「紅蓮の剛刃」終了直後から、主人公を変えてシリーズ化する案はあったんですよ。
や、まあそれから1年以上も経ってるんですけどw
もともと、「紅蓮の剛刃」終了直後から、主人公を変えてシリーズ化する案はあったんですよ。
や、まあそれから1年以上も経ってるんですけどw
今まで書かなかった最大の理由は「長編にできない」だったんですね。
正直、オリジナル主人公を据えての長編は、ストーリー組むのが大変で(滝汗
なまじみんながみんな同じ魔戒騎士だから、基本的には敵がホラーか、あるいは闇黒魔戒騎士あたりにしかならないので、因縁を絡ませたとしてもワンパタになりかねない。
正直、オリジナル主人公を据えての長編は、ストーリー組むのが大変で(滝汗
なまじみんながみんな同じ魔戒騎士だから、基本的には敵がホラーか、あるいは闇黒魔戒騎士あたりにしかならないので、因縁を絡ませたとしてもワンパタになりかねない。
てなわけで、短編~掌編レベルのオムニバス形式を取ることにしますた。
さしあたっては、今回の金剛騎士篇に続き、水晶騎士篇、瑪瑙騎士篇を予定。