「――先輩、あの隅っこの病室、随分と前から人の気配がするんですけど、名札ないですよね? 誰が入ってるんです?」
「ああ……お前この春こっち来たんだったよな。そりゃ知らないか」
いやに響く足音とともに、小さく遠く声が聞こえる。
「もう20年くらいになるか……突然担ぎ込まれた身元不明の患者でな。脳神経がズタズタにやられちまってて、こっちの言葉はまるっきり通じないわ、時々うわごとのように“なんとか様ー!”なんて叫ぶわ……。まぁ今でこそだいぶ落ち着いちゃいるがな。当時いた俺の同僚の話じゃ、一生出られないだろ、って」
「へぇ……」
「あ、興味持つなよ。担当でもないのに関わるとロクな目に遭わん」
「わかってますよ先輩」
ノイズ混じりのラジオを聴いているかのように、不鮮明な言葉の羅列が踊る。
その“病室”で体を横たえる“男”の耳朶を打つ二人の言葉は、そうとしか届いていなかった。
「ぅ……ぁ……ィゲ……さ……」
毎日のように叫んでいた名前が、唇の端から漏れる。
いつしか声も枯れ果て、言葉は形を成さない。
自分自身さえ磨り減った果てに、彼は居た。
BEGINNING to REGEND WAR
Episode:???/その狂気と矜持
――ふと、目を覚ます。
自分の体が揺れているのを感じた。
否、自分ではない。自身が横たわるベッドが、病室が振動している。
天井ばかりを無感動に見ていた視線が、十数年ぶりに窓に寄る。サッシの隙間から赤い光と灰色の塊が浮かび上がる。
それが爆発による炎と煙であると気づくのに、数秒もかからなかった。
「……たたか、い」
渇ききった口腔から、初めて名前以外の言葉が紡がれる。
「……っ」
力をこめる。20年にわたり動かされなかった身体はすっかり衰えていたが、それでも尚、無理やりに力を加え、身体を起こす。
「うがあっ!?」
バランスを崩し、ベッドから転げ落ちた。痩せ細った身体に激痛が走る。壁に寄りかかり、痛みがにじむ足を叱咤し、よろよろと立ち上がった。
震える指先がサッシを開く。彼が“戦い”と称したとおり、その眼前では破壊が、そしてその破壊に抗うものたちの姿があった。
赤、青、黄……原色が目にまぶしい戦装束を身にまとった戦士たち。何人いるのか、衰えきった動体視力で捕らえきることはままならない。
ままならない、が……その中に、彼は“見知った”姿を目の当たりにした。
「スマッシュボンバーッ!」
銃器から鮮烈な光線を放つ5人の戦士。爆風に紛れ、大空を往く……
「ぉ……ぁぁ……!」
再起不能になった筈の脳裏から、喪われていた記憶が呼び覚まされる。
「ジェット……マン……!」
見開かれる目。口をついて出たその名……“宿敵”の名が、“彼”を奮い立たせる。
伸ばした手が、椅子を掴んでいた。枯れた声を絞り出した雄たけびとともに、それを窓ガラスに叩きつける。
「うぉぉぉぉっぉぉぉおおおおおおおあああああッ!!!」
飛び散るガラスの破片をものともせず、ゆがんだ窓枠を蹴って飛び出す。血走った目が最初に捉えたものは、ジェットマンの5人ではなく、灰色の雑兵の群れ。
「ゴ、ゴー……?」
いぶかしげに“彼”を見やる雑兵たちだったが、それを“ただの人間”と認識すると、いつものように殲滅すべく銃口を向ける。
「……雑魚共が……っ」
が、男の凍てついた眼光と声に凍りつく。
「貴様らなどに用はない……ジェットマンはどこだ!?」
嗄れ声が雑兵をにらみつける。その身体が脈打ち、一歩ずつ進むごとに、その身体に生気が戻っていく。
弱々しかった病人だったはずの“彼”の姿が、変わる。
「そこを退け! さもなくば平伏せ! 俺は……“帝王”だ!」
禍々しいオーラを纏い、帝王を名乗る男が吼える。
「ゴ、ゴー!」
「遅いわ!」
銃を構えた雑兵を、男は一息で接近し、すれ違いざまに切り捨てる。
一瞬で見せた圧倒的な力に、雑兵たちは泡を食い、取り囲む。
「群れた程度でこの帝王を屠れると思ったか、雑魚共め! ……おい、そこのお前」
男が、雑兵の一人を指差して問う。
「俺の名を言ってみろ」
唐突に名を問われ、もちろん知るはずもない雑兵は首を傾げることもなくトリガーを引く。
銃弾が男の身体を掠めたが、彼は意にも介さない。
「フン……知らんか。ならば名乗ろう」
俺は帝王……帝王トランザ!!!
男の……否、トランザの表情が狂気の笑みに彩られる。
「もう一度言おう……そこを退くか、平伏せ。貴様ら雑魚に構っているほど――」
紡ぎだした言葉が衝撃で遮られる。うしろからの雑兵の放った銃弾が、背中を抉ったのだ。
「……!」
銀髪が震え、瞳が怒りの色に染まる。
「ボルトランザ!」
咆哮とともに、手にした大剣を振るう。衝撃波が周辺の雑兵たちをまとめてなぎ倒した。
「俺を帝王と識って尚、歯向かおうというか。……いいだろう」
眼前に迫る雑兵の群れをにらみ付ける。左手をかざすと、そこから放たれる不可視の念動波が地面を吹き飛ばした。
それでも進軍をやめない雑兵が、銃弾の雨をトランザに浴びせていく。
「この帝王の……糧となるがいい!!!」
身体を傷つけていく銃弾をものともせず、雑兵たちのもとへと歩み寄るトランザ。その瞳に映るのは雑兵の群れではなく、はるかかなたで戦っているであろう“宿敵”の姿。
(この雑魚共を片付けたら、次は貴様らだ……首を洗って待っているがいい、ジェットマン……!)
狂気の笑みを浮かべた刹那、足元の地面が爆ぜる。
上空に現れた巨大戦艦が、トランザを主砲で狙ったのだ。
「ふははははははははははははっ!!!」
震える戦場に、帝王の高笑いがこだまする。
・
・
・
……その後、<帝王>を名乗る彼の男の消息を知るものは、誰一人としていない。
BEGINNING to REGEND WAR
Episode:TRAN-ZA/その狂気と矜持(あるいは、たった独りのレジェンド大戦)
Q.レジェンド大戦?
A.レジェンド大戦。
某マイミク氏のボイスよりヒントを得て執筆しました。
なんだかんだで生き延びてる敵キャラさんたちはレジェンド大戦を如何に乗り越えた(?)のか。
具体案をいただいたのでそのまんまトランザさんを起用。
今思うとボーゾックのみなさんやヤツデンワニとかもそういう立ち位置の奴らですよね。
機会がありましたらそのへんもやってみたいですねー。