温暖な気候。のどかに青空が広がる草原の惑星に、ガルムとメイリンの姿があった。
「わぁ」
転送ポッドから降り立つや否や駆け出し、空と大地を見渡して朗らかに笑って見せる。
「やれやれ……呑気なもんだぜ」
嘆息するガルム。この惑星はフロンティアライン……プラズマ怪獣の頻出エリアである……の中枢に位置するため、他の星より特に多くのプラズマ怪獣が確認されている。それを知っているハンターであれば無防備にうろちょろはしないのだが、ハンターならぬ少女にそれを知る由はない。
「おら。ボディーガード雇ってんなら離れてんじゃねえよメイリン嬢ちゃん」
ボヤくガルムに一瞬むくれるメイリンであったが、渋々ながらも「はぁい」と従う。どうやら事前にジェントに言い含められていたらしい。
「それで、プラズマ怪獣はどこにでてくるの? ここ?」
「こんなとこに出て来られてたまるか。一応予測地点よりは離れたとこに来てるさ」
そう言うガルムの周囲には、小さな球体型ロボットがふよふよと浮いていた。ジェントから借りた一時支給用のハンターボールを使い、周辺をスキャンする。ほどなくして自分たちのいる場所から数キロほど離れた場所で出現の兆候ありとの情報が発せられた。
「えーっ、そんなにとおいの?」
「あのなぁ。お前さんみてぇなひよっこ……ちびっこは、本当は惑星にも近づけやしないんだぞ?」
今この場所にいるだけでも破格であることを説明しつつ、じわりとした頭痛にさいなまれるガルムである。
あとでジェントに報酬のつり上げをねじ込むことを決心しながら、ガルムはメイリンを促しすぐそばの小高い丘へと向かうことにした。
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「ハンターボールに感あり。もうすぐだな」
「今回のターゲットはエレキングだっけか。前にもやった相手だし、まァ俺らなら楽勝だぜな」
「その油断と慢心が危難を招くのですよ。気を引き締めてかかってくださいね、マグナさん」
「……う、ウス……」
釘を刺されて口ごもるマグナ。言っていることは正しいし、その物腰もガルムより格段に柔らかい。が、ガルムとは別の意味で絡みづらいと感じる。
(やっぱ口うるさくてもおっさん相手の方が気は楽かな……)
我知らず胸の内で呟くが、そう思っても口に出すことは無いマグナであった。
「! 地面の隆起を確認、地下からくるぞ!」
「おう!」
バレルの声が張り、プラズマエネルギーの反応を示す大地へ、マグナがサーベルの切っ先を向けた。
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「映像でみたことはあるけど、ほんっとうにおおきいのね~!」
物怖じしない娘だ……とガルムが身じろぎしながら小さくため息をつく。自分の体格に合わせて造られているとはいえ、全身を覆うようなタイプの衣服を着込むのは滅多にないガルムにとって、今のスーツ姿はとてつもなく息苦しいものであった。
「こんかいのターゲット……エレキングって言いましたわね?」
「ああ。電撃で戦う怪獣だ」
電撃、という単語にピンとこなかったらしいメイリンに、「カミナリみたいなもんだ」と補足すると、彼女は顔を真っ赤にして「し、
知ってましたわ!?」 と狼狽えながら言った。
「かなりの数が確認されてるプラズマ怪獣でな。俺も仲間も何度も戦ったことがある。それほど難敵でもねえし、初心者向けにもおあつ
らえ向きのヤツだ」
「ふーん……」
少々言葉が難解になったためか、メイリンが生返事で応える。ふと、その彼女の視界が何かを捉えた。
「ねぇ、ガルム?」
「あん?」
「あれ……なにかしら?」
そう言って彼女が指差す先で、上空から巨大なシルエットが静かに、しかし猛烈な勢いでエレキングへと突っ込んでいった。
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「これは……!?」
その異変に真っ先に気づいたのは、後方援護に徹していたシーズであった。傍らに待機させておいたハンターボールからの、けたたましいアラートのお陰である。
『マグナさん、バレルさん! そこから離れて! 高エネルギー反応が近づいています!』
「なんだって!?」
通信機越しのシーズのマグナが返答した次の瞬間、彼を照らしていた陽光が遮られる。見上げたマグナが、その闖入者の姿をつぶさに見て、目を丸くした。
「な……っ!?」
『止まるなッ、走れマグナ!!』
バレルの叱咤が跳び、我に返ったマグナが急いでその場を離脱する。影から飛び出した刹那、着地した“それ”はエレキングをやすやすと粉砕し、プラズマソウルの結晶体を一息に貪り喰っていった。
「……存在は知っていましたが、実際にお目にかかるのは初めてですね……」
シーズが驚きに少々の喜びを混ぜた口調で呟く。
「ファイブ……キング……!」
勢い余って地面に転がったマグナを助け起こしながら、バレルがその巨体を仰ぎ見た。
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「マジかよ……」
一方、招かれざる闖入者に気づいたもう一組……ガルムが渋面をさらに締め付ける。息苦しさを感じ少しだけ蝶ネクタイを緩め、傍らでオペラグラスを覗き込んでいた護衛対象を促した。
「あれなに!? なにあれ!?」
「話は後だ、いったん離れるぞ! あいつはやべえ……!」
言うが早いかその手をひっ掴んで駆け出す。躓きつんのめりそうになったメイリンをそのまま引っ張り上げ、肩に担いで走る足を速めた。
「ちょっ、ちょっとー! レディーはもうちょっとていちょーにあつかいなさいよーっ!」
「言ってる場合か! 大人しく護衛されてろ!」
「……最近存在が確認された、新種のプラズマ怪獣だ」
不意に聞こえた声に、それが先ほど自分が発した問いかけへの答えと気付くメイリン。
「最初に確認された時ゃ、5つの星を自在に行き交ってそこにいたプラズマ怪獣を片っ端から喰らっていったらしい」
そのいきさつと、5つある“顔”から、付けられた名が<ファイブキング>なのだという。
「5つのかお……ガッタイカイジュウ、というものですの?」
「だな。もっとも確認できるのはゴルザとレイキュバスくらいであとの“顔”についちゃさっぱりだがよ」
わかっているのは、とかく強力なプラズマ怪獣であること。
かつて対峙したプラズマキラーザウルスほど規格外ではないが、多くの腕利きハンターが返り討ちにあっていると聞き及んでいる。
「さすがに状況が悪すぎる。悪いが嬢ちゃん、物見遊山はここまでだ。とっとと帰って……!」
転送ポッドを呼び出そうとしたガルムの視界の端、戦場で一条の光芒が閃いた。
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ファイブキングと差向うマグナたち。と、シーズが放ったライフルの光弾が怪獣の左腕……奇怪な眼球へと吸い込まれた。
「これは……!」
過去に閲覧したデータを思い出したシーズが、チームメイト二人に指示を飛ばす。
「お二人とも、あの左腕が攻撃エネルギーを吸収しています! 過去にはヒッサツコマンドのエネルギーを吸収されそのまま反撃された例も報告されています! ご注意を!」
ガッツウォッチャーからの指示に二人が足を止める。やがて吸収するものが見当たらなくなったのかファイブキングが眼球の左腕をおさめた。
「今だ!」
言うが早いか飛び込むマグナ。プラズマソウルに穴を穿つ切っ先(ホール・メーカー)が、突き立てられ、一呼吸を置いて、冷凍怪獣の右腕に備わっていたプラズズマソウルが砕け散る。
次いでチャクラムを振るうバレルが、腰のサイクロンソーサーと同時にそれを放つ。竜巻と台風が絡み合い、空を裂く刃が、頭部のプラズマソウルを切り裂いた。
「っしゃあ! あと一つ……」
『いけない!』
残った胸部のプラズマソウルを狙おうとしたマグナを、シーズの張りつめた声が止める。不条理な巨大眼球を納めた左腕が、マグナを睨みつけていた。
『眼球より高エネルギー反応! まさか……プラズマソウルが砕けた際のエネルギーを吸収した!?』
シーズの仮説が固まるより早く、ゴーグルの視界が青白い閃光で埋め尽くされた。
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「んむ……」
我に返ったメイリンが開いたその眼前にあったのは、先刻自分がガルムに結んだ蝶ネクタイであった。自分が彼に抱きかかえられていることに気づくのに、そう時間はかからなかった。
「よう」
「あっ……」
メイリンの無事を確認し、ガルムの身体が離れる。
「なに驚いた顔してやがる……俺はお前さんのボディーガードだぜ? 護って当然だろうが」
よっこらせと立ち上がるガルム。
「しかし、割と直撃コースだと思ったが……我ながらよく無事だったもんだ……うん?」
背後に気配を感じ、振り返ったガルムの眼前に、突き立てられた一本の長槍の姿があった。
「……てめえが護ってくれたってのか? サービス精神旺盛なこった」
何の因果か担い手となった七星剣が一振り、“妖刀フニブシ”が、その刀身を鈍く煌かせた。
ふと身に着けていたモーニングスーツがボロボロになっているのに気づく。掠めたビームの衝撃波が、繊維を解いたらしい。どうせならそこまでカバーしろよと心の中で毒づきながら、メイリンに向き直った。
「っと……悪かったな。せっかくの一張羅ダメにしちまってよ」
「いえ……そんな……」
そんなことはどうでもよかった。ただ目の前のこの男に護ってもらったことに、まずお礼を言いたかったのだが、言葉がうまく出て来ない。
「ったァく、大方ひよっこの野郎か……またプラズマ怪獣ヘタに怒らせる真似しやがったな……?」
マグナが聞いたら全力で否定しそうなつぶやきをこぼしつつ、耳元の通信機に指を添える。
「おうジェント。ここまでの様子、見てなかったとは言わせ……なら話は早ぇ、こっちにも武器を転送させろ!」
ジェント経由でカネゴンショップから預けていた自前のライフル……クロスランチャーを受け取る。動きを阻害するスーツの切れ端を振りほどいて、そのままその手が首の蝶ネクタイに伸び……しかしそれを外しはしないガルム。
「さぁて……こっちをコケにしたツケは払ってもらうぜ……ファイブキングさんよ!」
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ファイブキングを相手取っていたマグナたちに通信が飛び込んできたのは、眼球から放たれた極大光線をどうにかやり過ごした後であった。
「おっさん!? こっちの星に来てたのかよ……。いや、苦戦とかしてねーし! 楽勝だし!?」
「少し黙っていろマグナ……遠距離狙撃か……わかった。俺とマグナで攪乱する」
「しかし、大丈夫ですか? 方向はともかく、今のあなたの位置ではギリギリ射程外と見受けますが……」
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「……なぁに、何とかなるさ。ダテにこれで食ってるわけじゃねえ……っと」
シーズの問いに軽口で応えつつ、スコープ越しにファイブキングの抱える最後のプラズマソウルを睨みつける。
(とはいえ、確かにギリギリ……この惑星の自転・公転速度、流動する大気、地磁気、ありとあらゆるものが弾道を阻害しやがる)
いつもならばハンターボールが計算してくれる分野だが、生憎と専用にチューンアップしたハンターボールはマグナたちの傍で浮遊中である。一時配給用のレンタルボールではそこまでは望めないのだ。
「……っガルム! 後ろで……」
「うん?」
下がらせていたメイリンの声に振り向く。突き刺さったまま放置されていたフニブシがその刀身を光らせていた。
「こいつは……っ」
いつぞやジェントから受けた説明を思い出す。
“七星剣”が六の剣・妖刀フニブシ。刀というよりは戦斧と言うべきこの一振り、かつての担い手はガルム同様の銃兵だったという。
そのためか否かは不明だが、このフニブシには、所有者の銃器を強化する能力があるのだという。
「使えって言ってんのか、こいつは……」
武器は武器……道具に過ぎないと断ずることもできた。そもガルム自身、そう考えて生きてきたし、それはこれからも変わらない。
しかし、今の彼は知っている。長く苦楽を共にしてきたスティンガーサーベルとマグナのコンビネーションを。あのPキラーザウルスとの戦いの中でマグナが掴んだ、ナナマスの咆哮を。
そして、自分がつかんだ、フニブシの鼓動を。
「……ええいっ!」
思考を放棄する。今やるべきはオカルトへの懐疑ではない。この戦場を撃ち抜き、傍らの少女とともに帰ることだ。
引き抜いたフニブシを、その勢いに任せ、石突側を下にして地面に突き立て直す。斧頭にクロスランチャーの銃身を据え、睨みつけたスコープの先で、ターゲットが鮮明に捉えられた。
「ひよっこ、若造、退避しろッ!」
チームメイトに荒々しく指示を飛ばす。フニブシの周囲を漂うオーラが、クロスランチャーをひときわ輝かせた。
「喰らいやがれ……ッ」
――“ホークアイ……スラッシャ―――――”ッ!!!
トリガーを引く。
銃口から解き放たれた一撃は、光の切っ先と化し……ファイブキングの胸を、プラズマソウルごと撃ち抜く……
否、撃ち“貫く”。
「……すご、い……」
呆然と呟くメイリンの視線の先で、突然の事態に断末魔さえ上げられない“五貌の王”が、静かに倒れ伏した。
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ほどなくステーションの転送ブースに、疲弊した顔のガルムと、対照的に楽しそうにはしゃぐメイリンが現われた。
「お疲れ様ですガルム……いや、本当に」
「まったくだぜ……ったく」
ほれ、と手にしていたフニブシをジェントに押し付け、一息つく。メイリンはといえば先ほどのガルムの一撃を目の当たりにした興奮が未だ冷めやらず、といった感じで目をキラキラさせてガルムにまとわりついていた。
「ねえねえガルム! こんどはいつハンティングがありますの!? もういちどつれていってくださいまし!」
「冗談じゃねえ……もうボディーガードはこりごりだ。何万ガネー詰まれても二度とやらねえぞ俺ァ」
吐き捨てるように言い放つガルムに、しゅんとなるメイリン。
「……ああもう、そんな目で俺を見るんじゃねえよ……。そんなにハンティング見たけりゃ、自分でハンターにでもなりゃいいじゃねえか」
おそらく何の気なしに言ったであろうガルムの発言に、メイリンはきょとんとなり、やがて得心したとばかりに手を叩く。
「ちょっとガルム、そんな簡単に……」
「それだわ!」
軽口をたしなめようとしたジェントを遮って、メイリンが声を上げた。
「きめましたわ……! わたくし、ハンターになります!」
飛び出した爆弾発言に、さしものジェントも色を失う。ハンターが増えるのは大歓迎とするジェントも、自分の遠戚……それでなくともVIPの孫娘がそんなことになろうものならいろいろ危険である。
「メ、メイリンさん……? 言っておきますがハンター業と言うのはそんな簡単なものではなくですねぇ……常に命の危険と隣り合わせの……」
「はっは! 面白え。……だが、そう簡単にハンターになれるもんじゃあねえぞ?」
「もちろんわかっていますわ? あなただっていっぱいがんばってきたからこそ、いまのあなたがあるのでしょう?」
「ああ……そうだな」
「やくそくいたしますわ、ガルム! わたくしはかならず、ハンターになりますわ。そうしたらガルム、あなたをわたくしのハンターチームのメンバーにむかえてさしあげます!」
「ほぉ……でかく出たもんだ。だが、俺の腕は高ぇぞ?」
「ええ、ぞんじておりますわ。だから――」
――これは、その……“ヨヤク”ですわ。
不意にガルムの頬に暖かな感触が触れる。それがメイリンの唇によるものと気づくのに、たっぷり10秒はかかった。
「……おいおい。良かったのか? ファーストキスの相手が俺でよ」
「あら、“ゆか”なんかよりカッコはつきますわ? あなたはとってもミリョクテキですもの♪」
「……はっは!」
メイリンのはにかんだ笑顔に、ガルムが笑い声をあげる。
(案外、本当にハンターになっちまうのかもな)
ふと根拠もなく、そう思った。
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――後日。
それはまた、別の話である。
-fin-
そんなわけで、どうにかエンドマークまでこぎつけました。「オッサンとようじょ」in大怪獣ラッシュ!
思わぬ長さになってしまいましたが、お楽しみいただけましたのならコレ幸い。
なんかガルムやジェントのキャラが崩壊してるような気がしますが、まあ普段大人しかほぼいない世界で、ちみっこ相手にすればこいつらもこうはなるかなーなどと自己弁護しつつ書いておりやす(
さて。
今回のターゲットが最終的にファイブキングになったのは、まぁ単純に現行弾でそーいうイベントやってるからってだけなんですがね。
あとしっかりガルムに見せ場作る上で、それなりに強敵出したかったってのもありますが。
フニブシ持ちだしても違和感ない程度には。
フニブシの特性については、Uゼロ編のガルムのカードテキストに記載されていたものからの流用。ゲームシステム上はまず間違いなく実装されないでしょうが。技名もホークアイショットにフニブシでの必殺技であるムーンドロップスラッシャーとの合成というまぁド安直なネタです。
さてさて、職場の方も若干色合いが変わって仕事の形態もじみーに変化しつつあったり。
執筆に時間がとりにくくなってますorz
休みの日にでもとも思わんでもないのですが、それはそれで中々に……とまぁ言い訳ばかりするのもアレですが。
思いついたネタはとりあえず形にしていきたいので、亀の歩みでもしっかりやっていきたいですね。趣味ですしw