炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【エグゼイドSS】追憶のWhite day【鏡飛彩】

 ――その日は、珍しく飛彩が有給を取っていた。


「いやー、すまんすまん。連絡が滞ってしまったな」

 わはは。と、とても反省しているようには思えない笑い声を上げるのは、飛彩の父親であり聖都大附属病院の病院長を務める鏡灰馬である。

「いや、それはまあ別にいいんですけど……」

 灰馬からの連絡が無かったがために、外科研修を結果的にすっぽかされた形となった永夢が渋い表情でCRのデスクチェアに腰を掛ける。

「それにしても、飛彩さんが自分から休みを取るって事もあるんですね」
「だよねえ……真面目が白衣着たようなドクターなのに」

 永夢の呟きに、CRに設置されたゲーム筐体から顔を出しながら首肯するのはポッピーピポパポだ。

「ふうむ……確かに……うん?」

 父親にとっても意外な出来事らしかったが、不意に目に留まったカレンダーが、灰馬にある日を思い出させた。

「そうか……今日は3月14日だったか……」
「え?」
「ホワイトデー……だよね?」

 あ、バレンタインのお返し! とねだるポッピーをかわしつつ、「ホワイトデーが、何か……?」と問いかける永夢。

「ああ、今日はあの子の……」

  ――小姫ちゃんの、命日なんだ。



   仮面ライダーエグゼイド/EXTRA_STAGE
   Episode:HERO/追憶のWhite day




 背広に袖を通した飛彩が雑踏を抜け往く。
 その右手には、ある洋菓子店のケーキ箱を。
 左手には、飾り気のない花束を持って。

 郊外の共同墓地にたどり着いた飛彩はゆっくりと、しかしよどみなくその奥へと足を進めていった。

 やがて真新しい墓の前に立つ。


  ――SAKI MOMOSE


 そう刻まれた墓石の没年は、5年前のものである。

「……そこに私は居ない、か」

 花束を無造作に供えた飛彩が一昔前の流行歌をふと思い出し、誰ともなしに呟く。

 バグスターウイルス感染症……通称ゲーム病に冒された彼女の身体は、0と1のチリとなり、跡形もなく消滅した。

 ……ゆえにその墓の中には文字通り誰もいない。

 それでも墓を態々立てたのは、遺族の意向であり、飛彩自身も望んだことではあった。
 しかしこの5年近く、飛彩がここを訪れることはなかった。

 自分にゲーム病の事を黙っていた彼女の真意を知り、彼女を死に追いやったバグスター・グラファイト切除たおし仇を討った事。そして――


  ――できることなら、もう一度会いたい。


 その想いが、漸く飛彩をこの場所に赴かせるに至ったのだ。

 たとえその墓の下に、彼自身が言うとおりに彼女が眠っていないとしても。

「……ああ、そうだ」

 しゃがんだ飛彩がおもむろにケーキ箱を開く。その中身はシュークリームやエクレアなど、洋菓子が所狭しと詰め込まれていた。

「いつかのバレンタインのお返しを、しようと思ってな」

 墓前にそう呟いて、一つずつ供えていく。

 小姫が消える、そのひと月前。
 飛彩は彼女からバレンタインのチョコレートを受け取っていた。

「これでもかってくらいに、甘いチョコレートケーキだったな」

 彼女の手作りであったケーキを、甘いものを好まなかった当時は唸りながら食べていたことを思い出して、飛彩が我知らず口角を持ちあげた。

 凶報は、ホワイトデーのお返しを用意しようとしていた矢先に降ってきた。

  ――世界で一番のドクターになって……。

 彼女はそう願い、世界から“消えた”。

 渡せなかったお返しは、しかし墓前に供えられることもなく、5年の月日だけが流れた。

「……悪い、遅くなったが」

 甘いものが大好きだった小姫のために、5年分のホワイトデーのお返しと想いを洋菓子たちに託し供えていく。

「沢芽市の<シャルモン>……と言ったか。いつだったか行っただろう? 2号店が聖都大附属の近くにオープンしてな……」

 数少ないデートの中で小姫が一番はしゃいでいた日の記憶が蘇る。甘いものを積極的に食べるようになった今では半ば常連と化していた。

「……む」

 最後に箱から取り出したシュークリームを供えかけて、その手が止まる。
 そういえば、あの日渡そうとしたお返しも、デートで行ったシャルモンで食べたのもシュークリームであったか。

 なぜだか無性に食べたくなって、供えようとする手が動かない。

 と、不意に風が吹き抜けた。
 誰かに呼ばれた気がして空を見る。

  ――しょうがないなあ……じゃ、半分こしよう?

 笑顔の小姫に、そう言われた気がした。

「……任せろ。俺に切れないものはない」

 シュークリームを箱の中に戻し、内ポケットからメス……もといナイフを取り出す。
 表面を銀色の光が走り、見事なまでに真っ二つになったシュークリーム。
 その半分は墓前に、もう半分は自分の口元へ。

 咀嚼していくたびに、カスタードとホイップの上品な甘さが飛彩の舌を通り過ぎていく。

「美味い、な……」

 墓石を撫でる。かつて小姫にそうしなかったことを悔いるように。あるいは只管に、彼女をいとしく思うがゆえに。

 暖かな春の風が、小姫の代わりに飛彩の頬をそっと撫でていった。



   -fin-


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 当方3大縁のないイベントのうちのひとつ、ホワイトデーでございます。
 後二つは言うまでもないでしょう?(

 さて、今回のSS。
 もともとはバレンタイン用として企画しておりました。ちょい多忙にて結局書けなかったのですが。
 まあ、供える相手が男である飛彩なので結果的にホワイトデーの方で良かったのはあるっちゃあるのですが。

 小姫の命日については、当方の完全な二次設定ですので悪しからず。本編で語られない限りは使えます(キリッ


 ところで。

 プロット段階では、墓参りからの帰り際にみずき&さつきのコンビが迎えに来て、彼女たちにもホワイトデーのお返しを渡す……というのを考えていました。

 実際に書いていると蛇足感ハンパなかったのでカットに……ごめんよお二人さん。


 エグゼイドの二次創作案は他にもたくさんあるので、どうにか放送終了までには形にさせておきたい……なあ……