炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

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 ―――推理小説なんて書いてたのは昔の話さ。
 ―――今は、しがないライトノベル作家ってヤツだな。

 ―――まぁ、折角来たんだ。こいつをくれてやるから、とっとと帰ンな。



「…む~っ」
 不機嫌に口をヘの字に曲げる小姫の手には、郁人から渡された文庫本。彼の代表作らしい。
 手持ち無沙汰にページをぱらぱらとめくると、ところどころに表紙を飾っている少女達の絵が踊る。
 内容は、中華街の骨董品屋に住む少年と、彼を取り巻く少女達とのスラップスティックコメディだ。
 小姫の期待する事件や推理は、カケラも見当たらない。

「…ん~っ」
 イライラしながらも、つい視線は文字を追ってしまう。
 悔しいが、読んでいる人間を引き込む文章力は侮れない。

「…あれ?それって…」
 と、聴きなれた声が小姫を現実に引き戻した。視線を上げると、クラスメイトの姿があった。
「あ、ごめん。邪魔しちゃった?」
「いえ、お気になさらないで」
 ぱたんと本を閉じ、笑顔を見せる。

 彼女の名前は瀧田梢(たきだ・こずえ)。小姫の一番の友人である。

 いわゆる「お嬢様学校」に通う小姫たち生徒の中で、唯一フランクな口調で語りかける彼女を疎ましく思う人間も少なくは無いが、小姫はそんな飾り気の無い梢の事が好きだった。

「ねね、それって『チャイナタウンにようこそ!』だよね?」
「え? ええ…そうですわ」
 そう言うと梢の綺麗な瞳が輪をかけてキラキラと輝いた。
「あたし、それすっごい好きなの。小姫ちゃんもファンになってくれたの? だったら嬉しいな~」
「その…そう言うわけじゃないんですの。これの作者から『読め』って勧められまして…」

「ええっ、作者ってあの“七尾郁人”? 小姫ちゃん知り合いなの!?」

 急に目の色を変えて小姫に迫る梢。
「ま、まぁ…知り合いといえば…そうなのでしょうか?」
 あれを知り合いとしていいのかどうかははなはだ疑問ではあるが。
「じゃ、じゃあさ…お願いが…あるんだけども…ごにょごにょ」
 と、梢が目を伏せてもじもじと指をいじりだした。
「その…来週、あたしの誕生パーティあるでしょ?」
「ええ。私にも招待状届いておりましたわ」
 他にも社交界の常連が何人も顔を出す予定のはずだ。
「それでね…そのね…?」
 いつもの彼女とは思えないくらいの歯切れの悪さに小姫が首をかしげる
「その…七尾先生にもっ、来て欲しいの!」
「…は?」
 思わず目が点になる。
「知り合い、なんでしょ? だったらさ、小姫ちゃんから招待状、送ってくれないかなぁ…」

 なんとまぁ物好きな…

 と言いかけたのを喉元で引っ込める。どうやらこの友人は本気も本気のようだ。
「うーん…」
 期待のまなざしを向けられる。曇りの無い笑顔がまぶしすぎる。
「…仕方ありませんわね」
「えっ?」
「他ならぬ親友のお願いですもの。応えなければ女が廃るというものですわ」
 こういうのを、なんと言っただろう? そう、ノーブリス・オブルージュ、だったか。
 小姫の頭に、ふとそんな言葉がよぎった。

 …何か違う気がするが。

「ほんと!? ありがとう~。大好きだよ小姫ちゃ~ん」
「きゃっ! こ、こら! 抱きつかないで下さいまし!」
 それじゃ、と小姫から離れた梢がレターサイズの封筒にさらさらと文字を書く。
「コレ、七尾先生に届けてね。ぜぇ~ったい、だよ?」
 招待状を手渡され、小姫は軽く頭痛のするこめかみを抑えながら、小さく頷いた。


  -つづく-

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キャラクターファイルは今回はお休み。
ホントは加々美(小姫の執事)をやるつもりだったんだけど、本編に全然絡んでこなかったので(汗


http://webclap.simplecgi.com/clap.php?id=homurabe
 ↑web拍手です リクエストがあれば梢のキャラクター設定も公開するかも?