炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【オリジナル】GERBERA STRAIGHT!<後編>

 軽くなった体を思うままに走らせ、高瀬に肉薄する。
 当然のように俺のほうに突っ込む高瀬と激突する瞬間、銀色の軌跡が閃き、<菊一文字宗則>と<虎鉄>の刀身が強烈にぶつかり合った。

「くっ…」
「…へっ」
 右腕全体に来る衝撃をなんとか耐えながら、反動で後ろに飛びのく。

「…いけそうか、お菊?」
『ガーベラとお呼びなさいな! …ええ、特に問題はありませんわ』
 よし、上等。
「こっちもなかなかの手ごたえや。なぁ、虎鉄!」
『ふっふーん。今宵の虎鉄は血に飢えておるぞ……』
「……いや、今真昼間やで?」
『うっさい! 人がひたってんのに水差すなボケ!』

 むこうも漫才ができるあたり、相当余裕なんだろう。

 ……ヒトと刀の掛け合い漫才ほどシュールな画もないが。

「ほらよっ!」
「っと!」
 一足飛びに飛び込んできた高瀬の攻撃をぎりぎりで回避し、返す刃をお菊で受け止める。

「おりゃあっ!」
 反撃に転ずる俺とお菊の切っ先を、高瀬は余裕の笑みを浮かべて躱し、
「せいっ!」
 がら空きになった俺の横っ腹に蹴りを放つ。一瞬呼吸が止まり、俺の体はごろごろと地面を転がった。

「はぁッ…はぁッ……」

「オラ総太! まだ息あがるんにゃ早いで! もっと楽しませんかい!!」
 切り結ぶだけでも体力を消耗する俺とは対照的に、高瀬はますます元気になって斬りかかる。


(……おかしい)

 違和感を感じる。


 <ブレード・ワルツ>における戦いの要素のひとつは、刀剣そのものが持つ<膂力>である。

 本来は筋力のことを指す言葉だが、無論刀なんぞに筋肉などない。刀剣における<膂力>とは、その刀剣自体が持つレアリティのことだ。

 単純に言えば、古くから伝わり、また知名度が高ければ高いほど強い。
 もちろん、実際はもう少し複雑なのだが、その辺の説明はここでは省こう。

 で、俺の相棒である<菊一文字宗則>と、高瀬の持つ<虎鉄>だが、どちらも、新撰組という幕末の武装集団に籍を置いていた沖田総司近藤勇がそれぞれ愛用していたとされる銘刀である。

 つまり、年代的な意味でも知名度的な意味でも互角であり、それを踏まえれば膂力は拮抗しているはずなのだ。

 同じく戦いの要素である技量…つまり、剣を操る俺たちの戦闘センスだが、これは<ブレード・ワルツ>において一日の長がある高瀬のほうに軍配が上がる。

 だが、それを差し引いたとしても、ここまでの差にはならない…はずだ。

『まったく、何をしていますの総太! しゃんとなさいな!」
 お菊の罵倒がキンキンと頭を振るわせる。

「ま、しゃーないてお菊ちゃん」
 からからと笑いながら、高瀬が近づく。
「総太。どーせ頭でっかちなあんさんのこっちゃ。お菊ちゃんと虎鉄、<膂力>に差ァは無いと思ぉとるやろ?」
 ズボシやな、と白い歯を見せる。
「…ところがどっこいや。差は歴然としとる。何でかわかるか? わっからへんやろなぁ」
 と、急に真顔になった高瀬の口が、淡々と事実を告げた。

「―――そのお菊ちゃん、<贋作>やで」

「!?」
『!?』

 その言葉に、俺以上にお菊のほうが驚いていた。

「…なんや、お菊ちゃんも知らんかったんかいな」
『た…確かなの!?』
『ああ、確かだ。何度も切り結べば流石に気づく。かつて私の隣にいた<菊一文字宗則>は、あんたじゃない』

 止めを刺すかのように、非常なまでに冷たく虎鉄が言い放った。

『……!』
「…お、お菊!」
 言葉を失うお菊。握った柄が、急速に冷えていくのがわかった。

『……わ、私は……ニセモノ……?』

 呆然と呟くお菊。刀身がかたかたと震える。自らの存在を真っ向から否定されたことで。自らの存在が揺らぐ恐怖で。

「お、おい! しっかりしろお菊! ガーベラ!!」

 いつも呼べと言っていた名で叫んでも、届かない。

「こら! 勝手にへこんでんじゃねえ! お前は…!」

 お菊に呼びかける中、不意に殺気を感じる。

「っやば!」
 横っ飛びに飛びのいた刹那、大きく振りかぶられた虎鉄の一太刀が地面を抉り取った。

「…っ!」
 切っ先を引っ掛けたのか、足首に鈍痛が走る。

「おいおい…逃げんなよ。もう相方はんは戦意喪失しとるやん?」

 再び笑顔に戻った高瀬がゆらゆらと歩み寄る。…いや、その笑顔は張り付いた紙のように見えて、その向こうからにじみ出る気配に、俺は知らず寒気を憶えた。

「もう大人しゅうして、お菊ちゃん俺らに斬らせんかい。そうせな勝ちにならへんからなぁ…」

 そう。
 <ブレード・ワルツ>では、どれだけパートナーの人間を攻撃しても有効打にはならない。身体能力が上がると同時に代謝能力も極限まで引き上げられ、多少の傷はおろか、骨折すら(時間こそかかるが)直してしまうからだ。

 ゆえに、剣を狙う。刀身を通せば、剣のみならずパートナーにもダメージを与えられるのだ。
 そして、刀身の完全な破壊が、<ブレード・ワルツ>における勝利。

 それは同時に…刀剣の“死”を意味する。

「あんさん、前に言うとったやん。こんな厄介ごとに巻き込まれてたまったもんじゃない、ってなぁ。…それから開放させたるちゅーんや ありがたァて思わな!」

「ぐっ!」
 再び鬼神のように振り回される虎鉄から、お菊をかばうように抱きかかえ転がるように逃げる。

『逃げるな! 贋作など…私の友を汚すなど、万死に値する! そいつは壊れて当たり前の刀だ!』
 悲痛な叫び声で、虎鉄が激昂した。

「違う!!」

 振り絞った大声で叫ぶ。

「…違う、違う違う違う、違うッ!!!」

 脳裏に、初めてお菊と出逢ったときのことを思い出す。


  ―――あなたが、私の新しいお相手?

  ―――私は<菊一文字宗則>。そうねぇ…

  ―――私のことは、ガーベラとでもお呼びなさい。


 刀から姿変えるなり、ものすげえ上から目線でへんな呼び方要求されて。

  ―――ちょっと! お茶がぬるいですわよ!

 あがりこんだ俺の部屋じゃ傍若無人に振舞うし。

  ―――きゃあああっ! なんて格好してますの! この痴れ者!!!

 勝手に人の裸見といて逆切れして手刀で俺を切り刻むし。


 そんな滅茶苦茶なヤツだけど…


  ―――よろしくね、パートナーさん?


 今となっちゃあ、俺の大事な相棒なんだ…!


「本物とか贋物とか関係あるかぁ……」

『そう…た…?』

「俺にとっちゃ、こいつは最初っから最後まで<菊一文字>だ…! それ以上でもそれ以下でもねえッ!!!」

『総太…!』

「こら、お菊! いい加減目ぇ覚ませ! 真贋なんぞ関係ねぇ、“俺たち”の戦いを見せてやろうぜ!!!」

 いつしか、空気の流れが止まっていた。
 高瀬も虎鉄もぽかんとした表情で俺を見つめている。

『…………まったく』
「お菊…」
『私のことはガーベラとお呼びなさいと、いい加減何度言えばわかるんですの!』

 やれやれ、やっと調子戻ってきやがったなこのお嬢様は。

「うるせ。一度呼んでやったろうが」
『何度でも呼びなさい!』
「やだよ」
『呼びなさい! …何度でも。私の名を』

 その言葉の意味を、理解するのにたっぷり1分半を使った。


「……おう。行くぜ、<菊一文字宗則>!!!」
『ええ!』

 俺とお菊の声が凛と張りあがった刹那、刀身が眩く輝きだした。

「こ、こいつぁ……!?」
『<剣気>の光…? でも、この光の強さ…本物(オリジナル)と同じ…いや、それ以上!?』

 その輝きを見て、驚いた表情をみせる高瀬だったが、すぐに笑顔に変わる。今度は狂気を秘めたそれではない、心からの笑顔で。

「…へっへへ。こいつぁ面白くなりそうだぜ。…こっちも行くぜ、虎鉄!」
『おうさ!』
 高瀬に応えた虎鉄の刀身も、また輝きを放つ。

「おりゃあ!」
「はああああっ!」


 燐光…否、極光を纏った二振りの刀が、美しい軌跡を描き―――




 ・
 ・
 ・

「……終わっ……たぁ」

 体中から力が抜け、しりもちをついてから、大の字に寝転ぶ。

 後頭部に地面が当たるかと思いきや、ふわり、とやわらかく暖かい感触が包み込んだ。


「……まったく、最後まではらはらさせてくれましたわ」

 人の姿に戻ったお菊が、膝枕していた。

「そのセリフ、丸ごとのし付けて返してやる」

 

 ・
 ・
 ・

 あの光の只中での、最後の一撃が、勝敗を決した。

 俺たちの斬撃が、虎鉄の刀身を強かに打ちつけ、高瀬の手から離れ―――

「―――そこまで。俺らの負けや」

 気の抜けた高瀬の声で、輝きは文字通り霧散した。

 なんでも、<ブレード・ワルツ>のルールで、戦闘中どちらかの刀剣が手から離れたらその時点で無効試合となるらしい。

「って、それじゃお前ら負けじゃないと思うんだが」
「あの虎鉄をあそこまでふっ飛ばしたんや。俺らの負け以外にあれへんやん?」

 肩をすくめて笑ってみせる。

 その後、納得のいかないらしい虎鉄をなだめすかしつつ、高瀬はその場を去っていった。

 ・
 ・
 ・


「……どうだ、吹っ切れたか?」
「何がですの?」
「なにがじゃねえよ、お前が贋物だか本物だかって話」
 ああ、とうなづく。今の今まで思考に無かったらしい。

「やれやれ…ま、忘れてたってんなら、今のお前にとっちゃ些細なことってわけだな」
「そうね…あれだけ取り乱していたのが嘘みたい。…心が軽いわ」
 胸いっぱいに空気を吸い込んで、深呼吸するお菊。

「…総太」
「んー?」

「………ありがとう」

 ふわりと、微笑んだ。


 それは、こいつの初めて聞いた、心からの礼の言葉で…

 初めて見た、心からの笑顔だった。



「……おう」

 だから、俺も笑顔で応える。



「さ、帰りましょうか。…今日はお刺身でもいただきたい気分ですわね」
「ってちょっと待て!」

 うちの財政状況知っててのたまってるかこいつはっ。

「悪いが今日もカップラーメンだ」
「断固拒否します。せっかく勝ったのですから、こういうときは豪華にしないと」
「アホか。ありゃ勝ったんじゃねえ、向こうが勝手に負けっつっただけで、実質無効試合だっつーの!」

 ……結局いつものようなやり取りになる。

 さっきまでの雰囲気はどこへやらってヤツだ。



 …ま、それもいいさ。
 “俺たち”らしくて、な。


「で、では! 百歩譲ってカップラーメンは許します。代わりに玉露を―――」
「ンなぜいたく品買えるかーっ!」


 やいのやいのと言い争う俺たちのはるか頭上で、宵の明星が、静かに輝いていた。



   -fin-