大降りの魔戒剣が、ホラーの肉体をたやすく切り裂き、続けて振るう二の太刀で、魔獣は断末魔すら許されることなく地面に骸を叩きつけられる。
魔戒騎士…緑青騎士となり、<咎牙>の銘を襲名して数年。
男は、ただ無感動に剣を振るい、無表情に魔獣を屠り、無意識に嘆息した。
……詰まらん。
同僚や後輩の若い騎士連中、そしてかつての師は二言目には「我らは“守りし者”」と説く。
その言葉は、とうの昔に彼の心には届かなくなっていた。
その言葉は、とうの昔に彼の心には届かなくなっていた。
戦えど戦えど、誰かから喜ばれるでもなく、報われるでもない。
最初は、確かに最初は己が心にも“守りし者”としての気概はあった。
最初は、確かに最初は己が心にも“守りし者”としての気概はあった。
だが……いまやその思いは擦り切れ、ただ命じられるままに戦うだけの、傀儡として在るだけだった。
『今日はいつになく荒れているな?』
「…気のせいだ」
「…気のせいだ」
首にかけたペンダントの先で呟く相棒に憮然と返し、コートの下に魔戒剣をしまおうとする。
『…! 後ろだ、譲一郎!』
と、気配を感じ取ったナラカの声に、咄嗟に受身を取りながら地面を転がる。起き上がって“敵”を見ると、それは小山のような巨体を持った魔獣であった。
『気をつけろ…さっきまで戦っていたやつとは比べ物にならん……』
「フン、ちょうど退屈していたところだ。…暇つぶしくらいにはなるだろう」
「フン、ちょうど退屈していたところだ。…暇つぶしくらいにはなるだろう」
ギロリ、とホラーをにらみつけ、しまいかけた魔戒剣を振り回し、鎧をまとう。
「オラアッ!」
咆哮が闇を震わせ、錆びた銅色の鎧が宙を舞う。斬馬刀もかくやの大きな剣が、空気を裂き、唸りを上げた。
――― 一合、二合……魔獣の腕と剣がぶつかり合う。
序盤こそその巨体に気圧された譲一郎であったが、切り結ぶたびに動きに、力についてくる。
相手の力量を測る。
相手の力量を測る。
(…勝てる)
唇に僅かに笑みが浮かぶ。その慢心が―――、一瞬だけ、判断力を鈍らせた。
唐突に魔獣が口を開く。深遠の闇のようなその奥をにらみつけた瞬間……
「!!!?」
強烈な痛みと、闇が右眼を襲った。
魔獣の舌が、鋭い槍の如く、ソウルメタルの鎧ごと咎牙の頭を穿ち……目をえぐったのだ。
「が……ああああああああああっ」
激痛、鈍痛、疼痛。経験しうる全ての痛みを超える感覚が全身を痺れさせる。
痛い。
痛い痛い。
痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイ………
怖い。
怖い怖い。
怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイコワイコワイ………
久しく感じることのなかった、猛烈な痛みと……死の恐怖。
その両方が臨界点に達し、脳裏を一周した刹那―――譲一郎の意識が、暗転した。
・
・
・
・
・
『―――譲一郎! 時間がないぞ!!!』
相棒の声に、我に返った譲一郎が鎧を魔界へと還す。
見ると、己の目を抉り取った魔獣は、幾百幾千の肉片と化していた。
『……何があった…? 突然気でもふれたかのように暴れまわって……』
「俺が…やったのか?」
「俺が…やったのか?」
譲一郎の問いに、ナラカは何を今更、と訝しげに呟いた。
記憶は、なかった。
だが……
言い知れぬ高揚感が、胸を支配していた。
まるで、隙間のあったそこを埋め尽くし、なおかつあふれんばかりに。
「……はは」
知らず、嗤いだす。
簡単なことだったのだ。と気づく。
使命にも、儀にも戦えぬのならば。そんなもの捨て去ればいい。
はっきりと自覚した、<戦い>の愉しさ。
そうだ…そのために戦えばいいのだ。
極限状態で。
命をすり減らし。
己が力のみを頼りに。
強大な力を、さらに強大な力で……捩じ切る。
<緑青騎士・咎牙>が、系譜から外れたのは、それから数日もたたぬ後のことであった。
*
『―――目覚めたか、譲一郎』
「……」
相棒の問いには答えず、ゆっくりと立ち上がる。月に一度の“死”の時間を終えた譲一郎は、灰ビルの最上階から街を見下ろした。
「……」
相棒の問いには答えず、ゆっくりと立ち上がる。月に一度の“死”の時間を終えた譲一郎は、灰ビルの最上階から街を見下ろした。
『そうだ……貴様が“死んでいる”間に、この管轄内に新たな魔戒騎士が数人、入り込んだようだ』
「…ほう、何のためだ? 魔戒騎士が何人も出張る必要があるほどのホラーでも出るか?」
『…分かって聞いているだろう? ついに神官どもが重い腰を上げた……といったところだろうな』
「…ほう、何のためだ? 魔戒騎士が何人も出張る必要があるほどのホラーでも出るか?」
『…分かって聞いているだろう? ついに神官どもが重い腰を上げた……といったところだろうな』
ため息交じりのナラカの呟きに、譲一郎はフン、と鼻を鳴らした。
「誰が相手でもかまわん……俺の“愉しみ”を邪魔するのならば、騎士だろうが神官だろうが……完膚なきまでに叩き潰してやるまで」
ぐぐ、と握り締めた拳の中で、胡桃が粉々に砕ける。
「戦場<イクサバ>の火蓋は間もなく―――切って落とされる」
低く嗤う譲一郎の影が、魔獣のように醜く揺らめいた。
-つづく-
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過去エピなどを少々。
本作におけるラスボスキャラではありますが、仮にも主人公候補として創造したキャラでありますよって、ちょっと掘り下げてみようと思った次第。
本作におけるラスボスキャラではありますが、仮にも主人公候補として創造したキャラでありますよって、ちょっと掘り下げてみようと思った次第。
…とはいえ、彼の<狂気>の一端の、ほんの少しでも再現できたのか否か……こればっかりは演出以上に技量の問題かのぉ…(蝶トオイメ
さて、次回は主人公サイドに。
全員集合と相成るわけですが……多分に騒がしいことになりそうw
全員集合と相成るわけですが……多分に騒がしいことになりそうw