炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【オリジナル】YAKUZA SECONDE(前編)

 ―――眠らない街。あるいは、不夜城

 さまざまな呼び名を持つその街は、ギラギラとネオンを輝かせ、数多くのヒトを飲み込み、また同時に吐き出していた。


 それは、今日も変わらずだ。

 飲食店、風俗店……大小さまざまな店が立ち並び、男も女も、今日という日を、時に全力に、時に無気力にすごしていた。

 そんな街中を、肩で風を切り、歩く男、一人。

 客寄せの青年や、同伴出勤中のホステスが声をかけ、それに小さくうなづくことで応える。
 その容貌は若いながら、彼はこの町の顔役のようであった。

「……よう、2代目」

 低く下卑た声に、二代目と呼ばれた大柄な男は、やれやれとため息をつきながら振り向く。あきらかに「そっちの方々」だと分かる柄の悪い男達が殺気のこもった目で彼をにらみつけていた。



   -YAKUZA SECONDE-



「命(タマ)ァ……獲ったらぁぁぁぁぁっ!!!」

 ドスの聞いた雄叫びとともに、手にした匕首を突き出す。狙うはただひとつ、“二代目”の心の臓。


  ドンッ……


 衝撃が走る。

「ヘヘ……な、にぃっ!!?」

 匕首を突き出した男の目が驚愕に凍りつく。“二代目”はその刃を、巨きな手で押さえ……握り締めて止めていた。

 しかも、一滴の血すら流すことなく。

「押しが足りないぜ、チンピラさんよ」

 刃を握り締めたまま、男から匕首を奪い、拳の一撃を見舞う。なすすべも吹っ飛ぶ男を、取り巻きの男達が体を張って受け止めた。

「野郎ッ、よくもアニキを!!」

 懐から拳銃を取り出し、数人が発砲する。が、次の瞬間、銃弾が到達した場所に“二代目”の姿は無かった。

「なっ…」

 言葉を失うのは、驚きにだけではない。すばやく背後に回った“二代目”が、発砲した男連中を一瞬で蹴散らしたのだ。

「つ、強ぇ……」

 先ほど殴られたリーダー格らしい男が、切れた口から流れる血をふき取りながらよろよろと立ち上がる。

「………」

 “二代目”は男には目もくれず、視線を空に…いや、ビルのネオンサインに向けている。

「余裕綽々のつもりかよ、ボンボンがよ!」

 上着のポケットからメリケンサックを取り出し、固く拳を作る。

「うおらあっ!!!」

 “二代目”は避けない。硬い金属を握りこんだ拳の一撃が、その頬を捉え、鈍い音が響く。

「……て、めえ…?」

 何故避けない、と問おうとした刹那、“二代目”の目が男へと向く。

「!」
「……悪いことは言わねえ。手下ァ連れてここから消えろ」

 そう言い放つと、頬を打ったままの男の拳を払い、ばっと走り去った。

「あ、てめえこのヤロ! 勝ち逃げしてんじゃねえぞガキがッ!」

 男は激昂するが、その怒声は裏路地を挟むようにそびえるビルの壁に反響するだけであった。


   *


「糞ッ……あのクソガキ…見つけ出してボコボコにしてやらぁ…」
「アニキ…いいかげんにしときましょーぜ……。いまどき<正拳会>にケンカ売ってる組、ウチくらいなもんですよ?」

 空手の道場のようなネーミングは、先の“二代目”が頭を張る、要するに暴力団だ。

「るせえ! こーなったらもう面子の問題なんだよッ!」

 殊、極道の世界では、面子はもっとも重要視されるファクターだ。なみの男にはない気概を燃やしながら、男はギッと進言した手下をにらみつけた。

「ひえっ…で、でもアニキ……ん?」

 気圧されながらも言葉を続けようとした手下が、ふと口をつむぐ。

「あんだよ……お?」

 言いかけてやめた手下を咎めようと口を開いた男もまた、<異変>に気づく。

「なんだこりゃ……? 急にネオンが消えやがった……」

 幼き頃よりこの町で過ごしてきた男にとって、今まで見たこともない街の姿。

 半永久的にこうこうと輝いていたネオンはぱったりと消え。表通りには人の波はおろか、猫の子一匹見当たらない。

 ぞくり。

 数多くの修羅場を経験してきたはずの男の背中に、冷たいものが走る。

「……見つけたぞ、<悪>め!」

 と、そんな空気にはそぐわないような、能天気な声が響く。

「誰だァッ!」

 声を張り上げる男。と、その眼前に、真っ白な装甲服をまとった人影が現れた。

「なんだてめえ……? フザケタカッコしやがってよ~?」

 ドスを聞かせながら手下の男が近寄る。と、白い人影の仮面の奥で、目がすぅっと細くなるのが見えた。

「バカ、離れろ!」
「へ?」
「……<悪>は……滅べッ!!!」

 右腕から空気の抜けるような音が響き、真っ白な蒸気が迸る。刹那、手下の体から厭な音が響き、その体が宙を舞った。

「な……!!!」
「はははははははははっ!!! 弱いッ! <悪>は弱いッ! なぜなら…私が…<正義>が…強者だからだッ!!!」

「っザケやがって……!」

 手下をやられた怒りが、視界を赤く染める。

「何が正義だ…ぶっちめちまえおめえらぁっ!!!」

 男の号令で、後ろに控えていた男達がいっせいに拳銃を抜き、全弾を躊躇無く撃ち放つ。腐った警察上層部から横流しを受けたとっておきを雨霰と浴びるも、甲冑男は微動だにしない。

「どうだぁ!!!」

 勝ち誇ったように叫ぶ男。だが、甲冑男は何事も無かったかのように高らかに笑う。

「ハーハッハッハッハァ!!! 効かん効かん! 効かんぞ! <悪>のちゃちな攻撃など、私には一切効かーーーーん!!!」

 ひとしきり笑った後、仮面越しの目をギラリと光らせる。

「さて…では次は私のターンといこうか……<悪>のザコ如き、指先一つでダウンさせてみせよう!」
「くそ…やれるもんならやってみさらせぇぇぇぇっ!!!」