炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【オリジナル】キミ ノ コエ

 雲ひとつない、快晴。

 今日も地球は日本晴れ、世はこともなし。

「待たせたな」

 俺の声が聞こえると、校門で所在無くたたずむ少女はぱっと明るい表情をみせ、とことこと近づいてくる。

「じゃ、いこうぜ?」
 こくこくとうなづく。すっと右腕を差し出すと、彼女は抱きしめるように引っつかみ、小さく微笑んだ。




   -キミ ノ コエ-





 ―――最初は、ただの興味。

 教室の隅でぽつんとすわり、ハードカバーの本を黙々と読んでいる、クラスメートでしかなかった彼女に、俺は何故だか興味を持った。

 最初にかけた言葉は……「なに、読んでるんだ?」

 突然声をかけられてびくっとなった彼女が、おずおずと自分の呼んでる本の表紙を指し示したのを、今でも憶えてる。

 それ以来、放課後の教室に残って読書を続ける彼女と、俺の、二人きりの読書会が始まって。

 少しずつ、彼女のことを知っていった。

 長い前髪に隠れて読み取りにくい表情は、実は意外と豊かだったりってこと。
 恋愛小説好きかと思ったら、SFや推理モノが好きだったりってこと。

 それから―――

 俺に惹かれてた、ってこと。


 それに気づかないまま、俺から告ッたら、彼女はめちゃくちゃ慌ててて……なぜか目の前でケータイ操作し始めて。


 【わたしも、すき】


 ってメールを送ってきた。


 それ以来、いわゆるひとつの彼氏彼女の関係になって。

 で、今日は初デートなのだ。


 ・
 ・
 ・


「それにしても……せっかくのデートなのに制服ってなどーよ?」

 見慣れた制服姿を一瞥する俺に、彼女が不安そうな面持ちをしてみせる。

「いや……悪いってわけじゃないんだけどさ」

 そう言うと、ほっとした表情になる。なんともわかりやすい。
 …と思うのだが、他のクラスメイト曰く、彼女の表情が読み取れるのは俺くらいらしい。そんなことはないと思うんだがなぁ。

「で、どこ行くんだ? 今日は好きなトコ教えてくれるんだろ?」

 こくり。

「じゃ、案内たのむぜ」

 こくこく。


 そう言えば、付き合ってから…というより、出会ってから一度も、彼女の“声”を聴いた記憶がない。

 基本的なコミュニケーションは、俺が彼女の表情を読み取ればだいたい正解だし、イエス・オア・ノーは、首の動作で判断できる。

 それでも、ある程度の言葉が必要なときはやはりあるもので、そういうときは……

 おっと、言ってるそばから。

【たのしみに してて】

「りょーかい」

 届いたメールに、言葉で返信をして、小柄な少女の頭を撫でた。



   *



「へぇ…こいつぁいいや」

 通ってる学校の裏山に展望公園があるってのは知ってたが、来るのは初めてだった。

 見慣れたはずの町並みが違って見える。なんとも新鮮だ。

「いつも来てるの?」

 ふるふる。否定を意味する首振り。
 カコカコ。ケータイを操作する音。

【なやみとか あるとき】
「さよか。まぁ…悩みとかぶっとびそうな…いい景色だもんな」

 こくん。肯定。

「まぁ……カレシとしては、悩みを打ち明けて欲しいなーとか思ったりもするけど」

 ぽっ。頬を赤らめる。

「ま、話せる範囲でいいけど。たとえ恋人でも言えないこととかあるだろし」
「……」

 押し黙る彼女。

「……えと、さ」

 口を開いた刹那。


「グオオオオオオオオオッ!!!」

 周囲の空気を震わさんばかりの雄叫びが轟いた。

「な、なんだぁ!?」

 辺りを見回しながら、とっさに彼女を後ろにかばう。掴まれる袖から、手の震えが感じ取れた。

 がさり、とそばの茂みから物音。しばしのち、ぬっとすがたを現すのは…トカゲともヒトともつかぬ―――異形。

「!!?」

 そういえば。

 今日が日曜日であることを思い出す。近頃世間を騒がす謎の集団<メッセンジャー・フロム・サンデイ>のニュースが脳裏をよぎった。こいつもその仲間だろうか。

 ぐっ。
 彼女の、袖を握る手の力が増す。

「心配するな……惚れた女の一人くらい。守れなくっちゃ男じゃないだろ?」
 キザったらしく言ってみたはいいが、あいにくと俺は<ヒーロー>じゃない。
 黒ずくめの<戦闘員>程度なら蹴散らせる自身はあるが、目の前にいるのは怪人…というよりは、もはや怪獣に近い。分はかなり悪く見えた。

 ギロリ。

 怪物の眼がこちらを見る。…やべ、目が合った。

 獣の如き咆哮をあげて、突撃してくる。

「くっ…」

 思ったよりすばやい動き。俺は彼女をかばうように抱きしめ、バケモノに背を向ける。


「―――ダメ!!!」


 その“声”が、彼女のものであると気づくのに、しばしの時間を要した。

 抱きかかえていたはずの彼女の体は腕の中には無く、彼女は俺と怪物の間に割って入り、その突撃を阻んでいた。

「―――っ!」

 透き通る声が、彼女の口から楽器のように奏でられる。
 その声はエネルギーの固まりになり、かめ○め波のように撃ち出すと、それをまともに受けた怪物は悲鳴すら上げず吹っ飛んだ。

「……だい、じょう……ぶ?」


 振り返る彼女は……まるで魔法少女のようないでたちで……


 俺は返事も忘れ、ただ見入っていた。


   *


「……びっくり、した、よね?」
「ま、ね」

 まさかこんな身近に…それも自分の彼女が<ヒーロー>だったとは。
 彼女は、自分自身の“声”を力に変える能力の持ち主で、普段から声を発しないのは、力を温存しておくためと、万一の力の暴走を防ぐためなのだそうだ。

 今は、力を使い果たしたのでしゃべっても問題ないらしい。

「あの……怖く、ない?」
「なんで?」
「なんで……って」

 考え込む彼女に、俺はふわっと笑って頭を撫でてみせる。

「<ヒーロー>だろうがなんだろうが、キミはキミでしょ?」

 俺が惚れた、俺の恋人に変わりはない。

 そう言うと、彼女は耳まで真っ赤になってうつむいた。

 やがて、カコカコとケータイを操作する音。

【ありがとう】

 ……しゃべらないのは力の制御以前に、恥ずかしがり屋だからかも知れない。

「ね、せっかく今しゃべれるんだから、ちゃんと、君自身の声で聞きたいんだけど?」
「…!」

 ふるふるふるふる。短めのツインテールが踊る。

「えー。いいじゃんか。俺、君の声…多分初めて聞くけど、すげーかわいい声だと思ってさ。もっと聞きたいんだ」

 ゆでダコだってここまで真っ赤にならないだろうくらいに真っ赤になる。

「んー! んー!」

 ぽかぽか、と照れ隠しに殴りかかるが、<ヒーロー>のそれじゃなく、女の子の可愛らしいぱんちだ。痛くもかゆくもない。

 ちょっとこそばゆいけど。

「もう、もう、もう……」

 カコカコカコ

【はずかしいこと いわないで】

「彼氏だもんさ。恥ずかしいコト言ってなんぼなのです」
「…うぅ」

 目を伏せる彼女が、ちょいちょい、と手招きする。

「ん?」

 それに従って顔を近づけると、不意に掌が俺の頬を包み込み―――

 唇を奪われる。

「ん!?」

 キスは一瞬で、次の瞬間、すぐに離されたかと思うと、ぎゅーっと抱きしめてくる。

「……あり、がと」

 耳元で、吐息と一緒に届くささやき声。

「……だい、すき」

 顔が熱くなるのがわかった。
 その想いに応えたくて、俺もぐっと抱きしめる。

「……俺も、好きだ」
「ん……ふふっ」

 柔らかな、可愛らしい笑い声。

 クラスメイトも知らない、彼女の声。

 多分、俺だけが知ってる。彼女の最大の魅力。


 ふたりだけの、秘密にしたいと思った。


「話、しよう。いろいろ」
「……うん」

 日が暮れるまで、俺たちは抱きしめあったままで。

 他愛のない会話を続けていた。




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 好きな人の秘密を、一つだけ知っている。

 結構ステキなことなんじゃないかな? などとムダにロマンチックなことをほざいてみる。


 一部単語が、以前執筆した「Messenger from Sunday」に登場したものになっていますが、同一世界という設定です。

 複数の<ヒーロー>が存在する世界。「H×L」の影響を受けまくっております。安直。

 完全なシリーズ化は今のところ未定ですが、とりあえずもうひとり<ヒーロー>が登場するストーリー案がありますので、それを書いてから考えてみようかなと思っています。