「……ふぅ」
ぱたり、とノートパソコンを閉じてため息。
「ちょーっと今日は長引いちゃったか」
いつものことなんだけど。まぁこのペースならなんとか締め切りには間に合いそうだ。
さて、コーヒーでも淹れようかと立ち上がりかけたところで、不意に呼び鈴が鳴った。
さて、コーヒーでも淹れようかと立ち上がりかけたところで、不意に呼び鈴が鳴った。
「ふむん?」
しかも連打で。時計を見ると深夜と言って差し支えない時間帯。こんな夜分にしかも無遠慮な呼び鈴を鳴らす人間を、僕は一人くらいしか知らないわけで。
「はいはいっと」
金属の扉がひずんだ音を立てて開く。と同時にぷん、とアルコールの匂い。
「とりぃぃぃぃぃっくぅ、おあとりいとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「のわっ!?」
「のわっ!?」
ずいぶんと“できあがった”彼女が飛び込んできた。
おかし か いたずら
「うりゃー! とりっくおあーとりーとぉー!」
「ああもう、近所迷惑だからちょっとボリューム落としてっ。つか、うわお酒くさっ!?」
「ああもう、近所迷惑だからちょっとボリューム落としてっ。つか、うわお酒くさっ!?」
この荒れ方はアレだな。上司に怒られて自棄酒パターンか。あんまりお酒強くないくせにまったくもう……。
「とりっくー」
「ええい収まれっ」
「むきゅっ」
「ええい収まれっ」
「むきゅっ」
半纏のポケットになぜか転がっていた飴玉を彼女の口に突っ込む。一瞬目を白黒させたあと、口の中でころころさせているうちに、借りてきた猫の如くおとなしくなっていく。
「……あみゃい」
「ん」
「ん」
すごいなアメちゃん。
「落ち着きましたか?」
「おちつきまひたー」
「おちつきまひたー」
ろれつは回っていないが、まあ善しとするか。
「んで、何?」
「ん?」
「いや、さっきの“とりっくおあ”なんちゃら」
「ん?」
「いや、さっきの“とりっくおあ”なんちゃら」
確かハロウィンの決まり文句だったかと思うが、日本じゃそんなに浸透してないし第一今日はまだそのハロウィンじゃ……
「ほい」
「……あれ?」
「……あれ?」
どや顔で彼女が突きつけたケータイのカレンダー表記はまさしくハロウィンだ。どうやらしばらく家にこもってた所為で日付感覚が狂ってたらしい。
「なるほど、それでその帽子もか。どこで買ってきたの……」
「ド●キー」
「ド●キー」
いわゆる“魔女のトンガリ帽子”を目深に被り、にへらっと笑う。なんでもアリだなドン●。
「んっ」
と、彼女が不意にてのひらを突き出す。
「なに?」
「とりっくおあとりーとっ」
「……はいはい」
「とりっくおあとりーとっ」
「……はいはい」
お菓子をあげないといたずらするらしい。どんないたずらか興味がわかなくも無いが。
「んー……きみにしこたまお酒呑まして酔いつぶれたところに額に“肉”って書く」
「地味にヤないたずらだな」
「地味にヤないたずらだな」
板チョコをぽりぽりかじりながらしれっと言う彼女に思わず眉をひそめる。
……しかし板チョコ丸かじりしてる彼女はなんとも言えず可愛いな。
「よしっ」
ぺろりと板チョコ一枚平らげた彼女が、ぼくに向き直る。
「今度はきみの番」
「は?」
「や、だから“とりっくおあとりーと”」
「は?」
「や、だから“とりっくおあとりーと”」
ああ、ぼくが言う側ってことね。
「じゃ、トリックオアトリート」
「だが断る」
「だが断る」
……おい。
「ほらほら、お菓子あげないんだからいたずらしないと」
「されたいのか」
「されたいのか」
時々彼女の行動パターンが分からない。
……だけどまあ、それがいいんだけどネ。
「んじゃ、ちょっとこっち寄りなさい」
「うーい」
「うーい」
警戒心なく(酔ってるからだろうけど)ホイホイ近づいてくる彼女の顔。そのほっぺたをぷに、とつまんでみる。
「うーにー」
「おお、やーらかい」
「おお、やーらかい」
両のほっぺをつままれてなすがままの彼女を見ていると、なんだか別の悪戯心まで沸いてくる。
「……むむ」
「……ん?」
「……ん?」
薄くひかれたピンクのルージュ。いつもは気にならないのに、今に限って妙に艶かしく見える。
ドキドキする。
ドキドキする。
こんなこと、今まで無かったわけじゃないのに。まるで初めてのような。
「………っ」
一瞬。
触れるだけ。
それだけで、もういっぱいいっぱい。
「……もう」
ペロ、と唇を舐めて。
彼女は少し頬を膨らませて。
彼女は少し頬を膨らませて。
「これじゃいたずらじゃなくてお菓子だよー?」
……誰が巧いこと言えと。
・
・
・
翌日、素面に戻った彼女が、ぼくがこっそりICレコーダーに仕込んでた一部始終を聞いて赤面しまくるのは、ただの蛇足なので割愛しておく。
前回書いた「ほしをみにいこう」の続編……というよりは、登場人物が同じな別エピ。
名前は設定してません。便宜上「ぼく」と「あたし」あるいは「彼」と「彼女」ってことでひとつ。
なんかどんどん「彼女」のほうがアホの子になってる感があるんですが、ホントは頭良いコなんです。仕事とかかなり出来る人なんですよ。「彼」の前だからあんななんです。きっと。いや多分。
今度は「彼女」視点からのネタを書きたいです。実はもうアテがあったりして。
それにしても「煩悩寺」の影響受けまくってるような……ちょっと自重せねば。