月すらも霞む曇り夜空の中。
果たして大河とザルバは、例の廃ビルの前にやって来ていた。
『間違いないぜ。邪悪な気配を感じる』
「うむ……」
ザルバのいう魔獣の気配とは別に、人の気配を感じ、大河は怪訝に眉をひそめる。
ホラーが<餌>に捕まえているのだろうか。ならば早く救出しなければ。
「行くぞ」
足早に、なれど足音ひとつたてることなく、大河は廃ビルに滑り込む大河。
既にホラーのテリトリーなのだろう、足を踏み入れた途端に悪寒が背中を舐める。
内装も機器もなく、ただ取り壊されるのを待つだけの状態の中を、文字通り虱潰しに探る。
1階……いない。
2階……いない。
『大河。……当たりみたいだぜ』
3階にたどり着いたところで、ザルバが口を開く。コートから魔戒剣をすっと抜き、暗闇にまぎれながらゆっくりと近づき――
「……動くな」
「っ!」
縮こまっていた男の首根っこを捕まえる。もがく男だったが、魔戒剣の切っ先が頬に触れると、糸の切れた人形のようにおとなしくなった。
『間違いない。こいつからホラーの気配を感じるぜ。とっとと――』
「そこで何をしている……?」
ホラーの封印を、と告げようとしたザルバの口は、新たな闖入者の出現で閉ざされた。
「お前は……冴島大河」
見覚えのある白いコートに反応したのは白いスーツに白いソフトハットをあしらった男……
「鳴海荘吉? 探偵がなぜこんなところにいる」
「それはこちらの科白だ。俺は仕事で、その男……今お前が捕まえているそいつの保護で来た」
荘吉の調べで、この男はかつてこの廃ビルを拠点としていた会社に勤めていたことがわかっている。
「お前が何故このビルの取り壊しを邪魔しているかも、大体推測ができている。さぁ、こっちに来るんだ……」
近づこうとする荘吉を、大河は魔戒剣の切っ先を突きつけて止める。
「無駄だ。今のこいつにはどんな言葉も届きはしない。こいつは既に……“人間”ではない」
証拠を見せてやろう。
そう言って、大河は懐からライターを取り出し、おもむろに火をつけた。
「?」
ゆらりとゆらめく緑色の炎を荘吉は胡散臭そうに見つめる。大河の手に握られたライターが、男の顔に近づけられ、炎がその瞳を照らす。
「……うん?」
『おい大河……こいつはホラーじゃないぞ?』
魔獣に取り付かれたものは、この緑色の炎……魔導火……を瞳にかざされると反応するのだが、この男にはそれが見られない。
「ふん……手品は不発か? いいから早くそいつを……」
「どいつもこいつも、邪魔しやがってぇっ!!!」
再び近づこうとした荘吉の足を、今度は男の金切り声が止めた。その迫力に、大河が思わず首根の拘束を緩めてしまう。
「ふーっ、ふーっ……」
正気を失ったように激しく息を吐き出すと、握っていた手を開く。
「っ……それを捨てろ!」
声を荒げる荘吉。大河の目に、男が手にしていたものが映る。……ガイアメモリだ。
『大河! アレだ! アレからホラーの気配を感じるぞ』
確認を取るより早く、大河が床を蹴る。その手がガイアメモリを掴む前に、男が起動スイッチを入れ、首筋の生体コネクタに挿入した。
-HORROR-
ガイアウィスパーの唸りと共に、男の姿が変貌する。風を引き裂くような吼え声を発すると、周囲にさまざまな怪物のヴィジョンが浮かび、大河に向けて襲い掛かった。
「っ!」
とっさに魔戒剣を構え、備える。猛烈な圧力が大河の屈強な身体を押し退け、大河は攻勢に転じられぬまま着地した。
『なんだありゃあ? ホラー……だよな?』
「いいや……アレは<ドーパント>だ」
ザルバの言葉を、それが指輪が発したものとは気づかず荘吉が否定する。
「まったく……毎度毎度人の拘りを踏みにじってくれる……」
静かな怒りが、荘吉の周りに漂う空気に流れを与え、風を呼ぶ。帽子を脱いだ彼の手の中には、男が手にしていたものとよく似た小箱が握られていた。
「お前、それは……」
「――変身」
-SKULL-
大河の目の前で、荘吉が――変わる。
漆黒の身体に、映えるは銀色に燻された髑髏の仮面。
「……ひとつ。このビルに隠された一筋の涙を知らなかった」
足音が、ゆっくりとホラー・ドーパントへと近づく。
「ふたつ。それゆえに苦悩する男を救えなかった」
手にしていたハットを、髑髏の頭に被せる。
「みっつ。……街を泣かせてしまうのを、止められなかった……」
俺は自分の罪を数えたぜ……。
髑髏の仮面の、黒くぽっかりと開いた眼が、眼前の怪人を睨みつける。
「さぁ、お前の罪を数えろ……!」
-つづく-
スカルを出すに当たって、一番やりたかったのがラストの決め台詞。
彼の罪を捻出するのがかなり難産でしたが(滝汗
「メッセージforスカル」のあのシーンはトリハダですよね。
あれの100分の1でも再現できていれば、御の字でゴザイマスが。
さて、次回あたりで大河さんにも活躍の場を与えたいところですが……どうなりますやら。