炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

東方地霊殿・異聞/第2幕・第4場

『とっとっとっと!』 

 焦りを滲ませた魔理沙の声が、水晶越しに届く。それを聞き流しながら、パチュリーは書棚の壁の切り崩しに取り掛かっていた。 

魔理沙に言われたからって訳じゃあないけれど……あの妖怪のことが気になるのは確かだものね) 

 知らないことは知ろうとする。本の傍にあることを至上とするパチュリーにとって、それは呼吸と同義なのだ。 

「ええと……」 

 とはいえ、あの金髪の少女が如何なる妖怪であるのか、それを知るためには情報が足りない。ひとまずは彼女が発動させたスペルカードが数少ないヒントである。 

「“緑色の眼の怪物(グリーン・アイド・モンスター)”に……“花咲爺”……ねぇ?」 

 一見共通項のないキーワードであるが、ともかく調べてみないことには関連性の有無もわからない。

「これね。“花咲爺”というのは」 

 並んだ本の中から見つけたのは、いつ蔵書に入っていたのか、日本の童話集である。 

「……ふうん。心優しい老夫婦と性根の曲がった隣人夫婦が、不思議な力を持った犬をきっかけに、老夫婦は幸福を、隣人夫婦は不幸を得る……と」 

 良くある勧善懲悪ものね。とひとり頷き、再び蔵書漁りに戻る。と、別の書棚を捜索していた小悪魔がパチュリーの袖をくい、と引いた。 

「あら、見つけてくれたの?」 

 有難う。と労をねぎらうと、ぱたぱたと背中の羽をはためかせ喜びを示した。 
 再び捜索へと戻る小悪魔を見送り、彼女から渡された本に眼を通す。 

「これ……戯曲?」 

 <オセロー>なるタイトルの本に、首をかしげるパチュリーであったが、ひとまずページを捲ってみる。 
 と、そのうちの一説に目が留まった。 

「……なるほど。グリーン・アイ……嫉妬の可視化、と言ったところかしら?」 

 口に出た<嫉妬>なる単語に気がつく。 

「そういえば、あの昔話の発端も、老夫婦に対する隣人の“嫉妬”だったわね」 

 これはキーワードになるかもしれない。そう言えば、彼女の着ている衣装。あれも手がかりになるだろうか。どのようなものだったかを確かめるべく、改めて水晶に視線を向けると、緒戦が丁度終幕に差し掛かるところであった。 


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『くっ……いとも簡単に、さも楽しそうに避けるなんて……まったく妬ましい……』 
『いやぁ、面白かったぜ? 忘年会で披露するのかい?』 
『人のスペルカードを勝手に宴会芸扱いしないでもらえる!? 妬ましいわねっ!』 

 余裕綽々といった風の魔理沙に、パルスィは緑色の瞳を見開いて苛立つ。と、不意に我に返り、ひとつ深呼吸をした。 

『じゃあ、これならどうかしら?』 

 パルスィの声が重なって聞こえる。刹那、少女が“ふたり”になった。 

『選択肢を与えましょう。ひとつは慈悲深き報恩を、ひとつは苛烈なる報仇を。さぁ、貴女はどちらを選ぶ? 

 水橋パルスィが宣する……』 


 ――<舌切雀「謙虚なる富者への片恨」>!!! 


 ふたりのパルスィが、一斉に弾幕を放つ。片方は大玉を、もう片方は小玉を。なるほど、選択肢とはそういうことか。とパチュリーはひとり納得する。 

『今更分身なんてなぁ。フランドールのより少ないし』 

 軽口を叩く魔理沙が、ほうきを操り、照準を大玉を放つパルスィへと向けた。 

「え? ちょっと魔理沙……」 

 “舌切雀”なる童話をたまたま識っていたパチュリーが、その選択肢は間違いだと指摘する間もなく、魔理沙が全力で魔力弾を撃つ。着弾の瞬間、パルスィの姿が掻き消え、同時に大玉が大量に発生し魔理沙に襲い掛かってきた。 

『うわおっと!』 

 驚き半分、楽しさ半分の魔理沙の声が弾ける。再びパルスィが分身を伴い現れると、再び魔理沙は大玉を放つ側へと向かっていった。 

「ちょ、ちょっと魔理沙。貴女、“舌切雀”を知らないわけじゃあないでしょう?」 
『そりゃ知ってるさ。大きいほうが贋物、なんて妖精だって知ってるぜ』 

 だったら……と窘めるパチュリーに、魔理沙が軽くウインクしてみせてこう言った。 

『でもあえて大きいほうを選ぶのが私なのさ。小さい葛篭の小判も悪くはないが、大きい葛篭の妖怪変化のほうが面白そうだしな。そう思わないか、パチュリー?』 

 ……思わないわよ。 

 大きくため息をついて、パチュリーが呟いた。 



     -つづく- 





 劇中での魔理沙の持論は、彼女の筆による弾幕解説本「グリモワール・オブ・マリサ」の一文より拝借。 
 まぁ彼女らしいですw 

 小悪魔がパチュリーに届けたのは、シェイクスピアの四大悲劇のひとつ「オセロー」。ゲームの「オセロ」の語源はコレ。 
 敵味方がやたらめったら裏切りをしまくるんで、裏返して遊ぶゲームの名前にぴったりだ!(ぇ 

 一節の中にある「緑色の目の怪物」すなわち「グリーンアイドモンスター」が、英語圏で「嫉妬」を意味する慣用句の元となったのです。 


 ところで。嫁ことパルスィのスペルカード。イージー及びノーマルと、ハード以降のスペカの名前が異なるんですが(彼女に限りませんが 

 “花咲爺「華やかなる仁者への嫉妬」”が、ハードだと “花咲爺「シロの灰」”に。 
 今回登場の“舌切雀「謙虚なる富者への片恨」”が“舌切雀「大きな葛篭と小さな葛篭」”にそれぞれ名前が変わります。 

 ……なんでハードのほうがシンプルなネーミングなんだろうw 

 まぁ、プレイヤーの大半がノーマルで遊ぶことを考えれば……? 

 あるいは、ハード以降だとパルスィの中二病傾向が薄れてしまうのかも?(マテ