食料品の買出しの帰り。
ふと視界に飛び込んだペットショップに、見知った顔がいる。
「ねこー」
いい年した女性が、トランペットを欲しがる少年のように、ショウウィンドーにはりついて子猫たちをガン見していた。
……いや、猫たちドン引きしてるじゃないか。
「なにやってんの」
「あたっ」
後頭部を軽くチョップしただけだったのだが、たまたま顔を離したタイミングに命中したため、彼女のおでこがショウウィンドーに派手にぶつかった。
ねこ なで ごえで
「なにすんのよもー……って。あら?」
赤くなったおでこをさすりながら振り返った彼女と目が合う。仕事帰りらしく、ぱりっと着こなしてあるだろうスーツは、こころなしかくたびれているようだった。
「どうしたの? なんかヤなことでもあったりした?」
「……ちょっとね」
ふぅ、とため息をつく。ちょっとだけアルコールのにおい。
「珍しいね。酔うほど飲んでないってのも」
「酔う気分でもなかったの。むしろ癒されたいのー」
なるほど。それで猫か。
彼女は無類の猫好きで、部屋にも多数の猫グッズが転がっていたのを覚えている。
だが悲しいかな母親と妹が猫アレルギーで飼えないのだと嘆いていた。
「家族がアレルギー持ちだと折角一人暮らししてても猫飼えないんだよねぇ……」
ふむ。
「よし、じゃあ明日ぼくんちに来る?」
「え?」
*
「うわぁ……」
翌日。
ケージから出てきた猫に、彼女が目をキラキラとさせる。
「友達が旅行行くっていうから、その間だけ預あずかってくれって」
ちなみに沖縄に1週間ほど。新婚旅行だそうだ。
「ほーれほれー、ささみですぞー」
満面の笑みを浮かべながら、餌付けを開始する。ここまで喜んでくれるなら、あずかってよかったかな。
「あれ、でもきみんちマンションなのに猫……」
「あ、ウチペットOKだからさ」
猫の飼い主である友人も、同じマンションの隣人なのだ。
「えー、いいなぁ。ね、ね。きみも猫飼おうよ。わたし手伝うから!」
「いや、預かるのはともかく飼うのはちょっと……」
「なんでさー」
ぶーたれる彼女に、部屋のあちこちを指差してみる。ほどなく「あー……」とトーンダウン。
仕事でPCを使うことが多い僕の部屋は、いたるところにケーブルが張り巡らされているのだ。
「かじられちゃ拙いもんねぇ。猫が」
「僕の心配は!?」
・
・
・
にゃー、と一声鳴いた猫が、彼女の膝の上で丸くなる。餌付けに成功したのか、はたまたお腹が満たされて眠くなったのか。それを判断するのはちょっと難しいのだが。
「んーっ かあいいなあもー」
まぁ、彼女が御気に召しているのでどっちでもいいか。
「ふふっ、ごろごろー」
頭を背中を、彼女の手が柔らかく撫ぜていく。喉を鳴らして、猫はなすがままに毛並みを整えられていった。
……なんかうらやましい。どっちが、とは言わないが。
「ふむ」
ご満悦の表情で猫と戯れる彼女の傍らに、すとんと座る。
「……ん?」
「あ、僕はいいから。猫と遊んでて」
「んー」
一瞬僕を見て、すぐまた猫に集中する。やがて撫でられるのに飽きてきたのか、猫はむくりと起き上がって、彼女の手をなめたり自分から身体をこすり付けたりしていた。
「んふふー」
癒されてるんだろうな。表情がどんどん穏やかになっていくのがわかる。
そんな彼女の頭に、僕はおもむろに手をのせた。
ぽふん、と柔らかな髪が揺れる。
「っ!」
驚いた彼女が僕を見た。お構いなしに手を動かして、彼女の頭を撫でてみた。
「ん……なに?」
「いや、僕も癒されてみようかと」
くしゃくしゃ、と少し乱暴にした後、すっと梳るように撫でなおす。くすぐったそうに、彼女が首をすくめた。
「……癒えるの? わたしの頭撫でたくらいで」
「きみが猫を撫でて癒えるくらいには」
そっか、と納得して、猫を撫でるほうへ戻る。
テレビも切った。パソコンも今はつけてない。
エアコンが僅かに動いてる程度の、音の少ない、四角い世界に。
にゃーとなく猫と。
「んなー」と猫まねする彼女の声だけがする。
「ね、ね」
「ん?」
ふと、彼女の提案。
「あとで攻守、交代ね」
お安い御用だ。の返事の変わりに、にゃーと鳴いておいた。
-fin-
ゴーカイ後日談書く予定ではあったのですが、今日が「猫の日」ということで急遽オリジナルに変更。
突然↑の展開を電波受信しました。仕事中に(←だから仕事しろ
さて。
本作の作風に見覚えのある方もひょっとしたらいらっしゃるかもしれませんが
過去に書いた作品
と同一世界感、同一の登場人物です。
実はシリーズ化をもくろんでいたんですが、なかなか新ネタが浮かばずこまっておりましたw
まぁこれで3本目なんで、そろそろシリーズ化宣言してもいいかなーなんて。
ちなみにシリーズタイトルは
【「僕」と「わたし」のYou & I】
“彼女”側の視点のエピソードも実はネタがあったりするので、これも近いうちには。