炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【オリジナル】すいーと とーすと【ぼくわた】


 ――日曜の午後。

 珍しく彼女の方から呼び出しがあった。

 <午後のお茶会、ご一緒しませんか?>ってまた年齢の割にずいぶんと可愛らしいお誘いメールだ。

 面と向かって言ったら殴られそうだけど、まあともかく。

 断る理由も理屈もないので、了解の返信をしておいた。


 <なんか持っていく?>
 <秘蔵っ子のコーヒー豆よろしく!>


 ……なぜ知ってる。
 いや持ってくけど。


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 果たして彼女の部屋に到着したぼくは呼び鈴を鳴らす。
 ……出ない。

「?」

 もう一度鳴らした次の瞬間、彼女の素っ頓狂な金切り声が鼓膜を振るわせた。

「ちょっ、ちょっと待ってぇっ!?」

 と同時にハデな物音が扉の向こうでかき混ぜられていくのが聞こえた。あと彼女のなんとも情けない雰囲気の嘆きも。

「開けるよ……?」

 在宅中は基本施錠しない扉を開けると、頭の一部を白く汚した涙目の彼女と目が合った。



     -すいーと とーすと-



「えーと……」

 お世辞にも広いとは言えないキッチンの惨状を見渡す。

「お茶会のメインにケーキ焼こうとしたと」
「うん……」

 生地を作った際の痕跡だろうか、タイルに白い物体がいくつか飛び散っているのが見受けられる。

「でも焦したと」
「う……ん」

 しょぼんとする彼女の傍らに鎮座するは、ブラックホールのごとく漆黒の様相を見せるスポンジだったであろうモノ。

「で、作り直そうとしてたらぼくが来て……?」
「いぐざくとりーです……」

 ちなみに、別に彼女料理下手というわけではない。
 時々ご相伴にあずかることもあるのだが、悪くない……というか、普通に美味しいし。

「ふむ……」

 ぐるりと見渡す。相当あわてたのだろう。散らばった材料の中に刻まれた板チョコが見えた。
 ああ、そういえば今日はそうだっけか。

「……よし、じゃあやろうか」
「ふぇ?」
「小麦粉は……もう使い切ってるか。ホットケーキミックスある?」
「あ、うん……あるけど」

 勝手知ったる友人のキッチン……ってね。
 戸棚からミックス粉を取り出し、冷蔵庫の牛乳と合わせる。

「あ、今のうちにコーヒーお願い」
「う、うん」

 持参してきたコーヒー豆の香りが、キッチンを占領していた焦げ臭さを一掃していく。とっておきを持ってきたかいがあった。

 刻んだチョコを溶かし、ミックス粉の生地と混ぜる。投入先はいつぞや彼女が面白がって購入した妙に大きなペアのマグカップだ。

「……おぉ」

 電子レンジにマグカップを入れ、加熱することしばし。

 香ばしさに満ちたキッチンの空気に、新たに甘さが加わった頃、ふんわりと膨らんだココア色のカップケーキが食卓に登場した。

 ・
 ・
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 ちょっと大きめのマグカップケーキの傍らに、一回り小さなマグカップを置いてコーヒーを注ぐ。
「はい、お待たせ」
「ありがと……。ごめん、逆になっちゃったね」
「なんのなんの」

 バレンタインは女性が男性に贈るだけじゃないわけだしね。

「一緒に楽しめれば、どちらからなんて大した差じゃないよ」
「……ちょっとかっこつけすぎ」
「……自覚はしてる」

 ケーキが詰まったマグカップを手にして、乾杯、と鳴らしてから出来立てのチョコケーキを頬張る。
 うん、ざっくりやったにしては上出来かな。

「ふふっ」

 さっきまで涙目だった彼女が顔をほころばせていた。
 それを見て、自分も頬が緩むのを自覚する。

「ははっ」

 楽しいね。と彼女が言う。
 そうだね。とぼくが返す。

 何の変哲もない、2月14日の午後が、ゆるゆると過ぎていった。




「はい、あ~ん」
「……ん」

 ちょっとだけ……いやかなり恥ずかしい思いをしたのは、ここだけの話にしておいてほしい。



   -fin-



 久々に「ぼくわた」シリーズで。
 今年はなるべくイベントごと関係でSS書きなぐっていくのも面白いかもねー。

 同じシチュエーションで百合っぷるでも考えてましたが、NLとどっちがいい? ってTwitterアンケとったら圧倒的にNLに持ってかれました。ちょっと残念?w

 さて今回のタイトルである「すいーと とーすと」
 とーすと即ち「toast」とは「乾杯」という意味合いで使ってますが、もちろんですがパン的な意味合いでの「トースト」という意味のあるこの単語、その語源はラテン語の「焼く・焦す」だったりするのでこっそりダブルミーニング混ざってたりする。


 ま、たまたまだけどね!(