「おはようございます、プロデューサー」
聞きなれた声がしたので、僕は反射的に声を返す。
「ああ。おはよ…って、あれ?」
が、その声の持ち主がここにいることに違和感を覚えた僕は少々マヌケな顔を自覚しつつ振り向いた。
Chihaya's Birthday short story
アルタイルに願いを~the wish to Altair~
「千早…?」
僕が担当するアイドルの一人、『crescent』こと如月千早の姿がそこにあった。
「あれ?今日オフって言ったよね僕…」
「はい、聞きました」
「ん。じゃあ事務所に何か忘れ物でも取りに来たのかい?」
僕が首をかしげると、千早は首を横に振った。
「いえ…お休みを頂いてもとくにこれといってやることもなかったので、自主レッスンをと思いまして…」
スタジオの鍵をお借りしたいのですが、と彼女は申し出た。
どことなく表情に陰が見えた。
「こらこら、休息も仕事のうちだぞ?」
「ですが…」
ますます表情を曇らせる千早に、僕は溜息を一つついて立ち上がる。
「分かったよ。僕も付き合おう」
「え…」
僕の申し出が以外だったのか千早がきょとんとする。
初めて会った頃に比べると大分表情が変わるようになってきたような気がする。
それでも笑顔を見ることはまだそんなに多くはないけれど。
「仕事は?って言いたそうな顔だね。君がオフってことは、必然的に僕もオフになるのさ」
少々強引な言い訳に聞えるが、オフなのは事実だったりする。
「じゃ、行こうか。今日は…」
「ボイスレッスンをお願いしていいですか?」
「ん、わかった」
・
・
・
「…レッスン、有難う御座いました」
「ああ、お疲れ様」
レッスンスタジオの鍵を閉める。僕たち以外誰も居ない建物が静寂に包まれた。
腕時計を見ると午後7時。時間的には丁度いい…かな?
「う~ん…」
「どうかしました?」
ふと、考え込む僕を見た千早が怪訝な顔を見せる。
「あ、いや。…えぇと、これから千早はどうするんだい?」
「これから…ですか? 特に予定もないので帰宅するつもりですが…」
そっか、予定ないのか。
「予定がないのなら、僕にその予定をもらえないかな?」
「…と、言いますと?」
「君に見せたいものが、あるんだ」
ますます千早が首をかしげる。
どうやら気付いていないらしい。
「…だめ、かな?」
「い、いえ。ダメというわけでは…」
「じゃ、決まりだ。着いて来て!」
そう言って僕は千早を連れて夜の街に繰り出した。
・
・
・
「…臨海公園?」
車を降りた千早が呟いた。
「先に噴水で待ってて。僕は暖かい飲み物でも買ってくるから」
僕の言葉に、千早が小さく頷いた。
「お待たせ」
ほら、と千早に缶コーヒーを手渡す。
「コーヒーでよかったかな?」
選んでおいて何を言うか、だけど。
「あ、はい。有難う御座います」
千早の唇から漏れ出す言葉とともに、吐息が白く舞い上がる。
「それで、見せたいものって?」
上目遣いに問いかける千早に、僕は指を上に向けて答えとする。
「……空…?」
見上げる千早と一緒に、僕も夜空に視線を向けた。
「ぁ…星……」
綺麗…と、僕にだけ聞えるような声で呟く千早。
「冬って、一年のうちで一番星が綺麗に見える季節なんだよね」
澄んだ空気が、さえぎるもの全てを押しのけ、宇宙そのものを映し出すかのように。
「千早の声、みたいだな」
「…恥ずかしくないですか? そのセリフ」
「茶化さないの」
まぁ、恥ずかしいけど。
「あれ…見えるかい?」
西の空を指差す。地面スレスレに明るい星が見えた。
「鷲座のα星・アルタイル。七夕の彦星ってことで、夏の星って印象が強いんだけど。冬にも見えるんだよね」
軽く息を吸う。
「ちょうど16年前。あの星から放たれた光は、今日この日、初めて地上に降り注いだ」
2月25日。
「君が生まれた日の、光だよ」
「―――!」
千早がはっと息を呑んだ。
「…忘れてました。今の今まで」
そして溜息混じりに呟く。
「流石ですね。私の誕生日を覚えていてくれたなんて」
「伊達にプロデューサーを、してるわけじゃないからね」
ぽんっと、千早の頭に手を乗せる。彼女は何をするでもなく、立ち尽くす。
「…最高の…プレゼントを頂きました」
千早が目を伏せて言った。
「どういたしまして。…実はもうひとつ、プレゼントがあるんだけど…」
そこで言葉を区切って、僕は咳払いを一つする。冬の冷たい空気を体いっぱいに吸い込んで―――
―――見上げてごらん 夜の星を
―――小さな星の 小さな光りが
―――ささやかな幸せを うたってる
「……」
驚いた顔で千早が僕を見る。ちょっと照れて、僕は頭をかいた。
「歌姫に聞かせるには、ちょっとお粗末な歌声かな?」
「そっ、そんなことないですっ!!!」
珍しく大きな声の千早に、一瞬硬直する。
「…あ、ありがとう」
「い、いえ…こちらこそ…ありがとうございます…」
そうお礼を言った千早の笑顔は、心なしか桜色に染まっているように見えた。
「あの…プロデューサー?」
「うん?」
「今度は…一緒に歌っていいですか?」
「そうだな…うん、やろう」
冬の透き通った空気の中で
今にも振り落ちてきそうなまでに輝く星明りを照明代わりに
僕と千早の即席デュオが、噴水のステージに音のイルミネーションを輝かせた………
「ところでプロデューサー?」
「ん?」
「もし私が今日事務所に来なかったら、どうやって誘う気だったんですか?」
・・・
「……え?」
「…ふふっ♪」
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あとがきとか
序盤のプロットから多少変更があったりも、なんだかんだでこーいう展開に落ち着き。
最初はデートよろしく街中を連れまわす案もあったのですが、それはそれで別のSSネタに使おうと思ったので今回は封印。
千早がらみのSSではやたら主人公(=プロデューサー)が歌うという俺内ルールを適用。今後の千早SSでもやる。うん、ぜったい。
来月はやよいか…まだやよいTure見てないんだけどなァ…