炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼SS】流麗の楽師:前編【瑪瑙騎士篇】

「…おい、御堂光(みどう・ひかり)」

 背中越しにぶっきらぼうに呼ばれる。閑岱ではそうそう聞かない若い男性の声、そして、“彼”のことをフルネームで呼ぶ人物は限られる。

「……あによ、翼」
「ついてこい」
 山刀 翼(やまがたな・つばさ)……閑岱を守る白夜騎士・打無<ダン>は、それだけ言うとさっと踵を返し、光にあてがわれた工房を出る。
「…用件ぐらい言いなさいよね、まったく」
 溜息混じりに光は呟き、仕上がったばかりの武器を手に立ち上がった。



   牙狼・異聞譚/瑪瑙騎士篇~流麗の楽師~



「……レギュレイスの残党?」
「そうだ」
 先日、ここ閑岱を舞台にした大事件は、当時西の管轄で活動中だった光の耳にも届いていた。かつて奇巌岩に封じられていた最凶のホラーが蘇り、居合わせていた黄金騎士・牙狼銀牙騎士・絶狼と、翼の3人でそれを斃し、白夜の結界を破ったという……。

 もっとも、決定打を与えたのは黄金騎士だったと聞いている。それを翼に聞くと、面白く無さそうな顔をするので、光は、たまに翼をからかうネタとして使っていた。

『…しかし、そのレギュレイスの尖兵……“カラクリ”と言ったか……レギュレイスが滅んだことで、ともに消滅したのではなかったか?』
 首につけたチョーカー…光の相棒である、魔導具・セラが重々しい声で問いかける。
「俺もそう思っていた。…だが、1体だけ、レギュレイスの支配から離れた、はぐれホラーとも言うべき存在が残っていたんだ」
 カラクリとは直接戦ったことはないが、所謂メシアを祖とする系統のホラーとは勝手が違うらしく、翼たちも苦労したらしい。戦闘力自体はそれほど高くはないと聞いたが、それでも厄介なのだろう。光は、翼が自分を同道させたことに納得した。

「……ヤツは今、迷いの森を中心に動いているらしい。万一、閑岱に入られたら厄介だ。ここで斃すぞ」
「りょーかい」
 軽く応える光を、翼はギロりと睨みつけた。

 …まったく、生真面目なことで。
 光の呟きが口の中で転がった。


  *


 “迷いの森”という名称は、ただの通称でも、言い伝えによるものでもない。本当に“迷う”のだ。
 まずエリア内に侵入した途端、上下左右、全ての感覚が曖昧になる。光は入るのは2回目だが、入ってすぐのあの妙ちくりんな感覚は慣れないらしい。ふらつく頭をやれやれと押さえている。
 また、探知能力も極端に低下してしまうものだから、熟練の魔戒騎士や魔戒法師でも迂闊に入れば、最悪出てこられないこともあるという。翼が光に同道を頼んだ理由のひとつがこれに関することで、最低でも二人以上で同道しなければ復帰が難しいのだ。

「セラ、一応聞くけど…気配、感じられる?」
『…正直、お手上げだ。毎度の事ながら、耳に棒を突っ込まれてかき回されているみたいだ』
 セラが想像したくない表現で応える。
「そっちはどう?」
 腕につけた魔導具・ゴルバをかざす翼に声をかけるが、しばらくして首を横に振った。
「出てくるのを待つしかないか……」
 とはいえ、悠長に待っていては的にされるのは間違いない。敵がこの場所を根城にしているということは、魔戒騎士に探知できないようにすることと同時に、敵側にはこちら側を探知する術がある可能性が高い。不意を突かれて襲われたら、いかな魔戒騎士でもたまったものではないのだ。
「……早速、お役に立ちますかねぇ~」
 と言いながら、光が懐に忍ばせていた武器を取り出し、構える。
「…? 何だそれは? いつもの魔戒鎌(まかいれん)はどうした?」
 それを見かけた翼が訝しげに眉をひそめる。
「んー、いまお手入れ中。んで、テストも兼ねてコイツを持ってきたわけ」
 軽く手を振ると、するすると滑らかに広がる。扇のように見えるそれは、まさしく扇。言うなればソウルメタル製の鉄扇だ。
「お前…使ったこともないものを実戦に持ち込む奴があるかっ」
「あんたがいきなりついて来い、なんて言わなけりゃ魔戒鎌の手入れが終わって、それを持っていけたかもね~」
 光がそう言うと、翼がんぐ、と口を噤む。
『…お前さんの負けじゃな』
 ゴルバが溜息交じりに呟いた。

「……っと、おいでなすったみたいよ?」
 遠く視界の果てに、魔獣らしき影を捉える。イカれた能面のような顔は、話に聞いたカラクリのそれと一致した。
『…来る!』
 セラの声が跳んだ、次の瞬間、カラクリが音もなく肉薄する。
「っは!」
 光の咽下に向けて伸びる白磁の切先を、広げた魔戒扇の面で防ぎ、いなす。
「っせ!」
 がら空きになったカラクリの横っ腹に、反対の手に持っていたもう一本の魔戒扇を振るい、切り裂く。赤黒いホラー特有の鮮血が走った。
「どけ、光!」
 翼が怒鳴る。光が飛び退くと同時に、魔戒槍の穂先が、カラクリを頭から両断した。
「…お見事」
 思わず拍手する光。白夜騎士の銘を受け継いだのは伊達ではないだ。

『…む? まだじゃ翼!』
 と、ゴルバのしゃがれ声が戦慄に震える。真っ二つになったカラクリの身体が、じわじわと溶けるように崩れたかと思った、次の瞬間。

「うそ!?」

 血溜まりから、2体のホラーが現れた。

「…そんなんアリぃ?」
『現実を直視しろ。あってしまった以上、アリだ』
 セラの生真面目で、それゆえに少々間の抜けた答えが返ってくる。
「ちょ~っと長引きそうねぇ…」
『と言いつつ、微妙に嬉しそうに聴こえるが?』
「あら、解るぅ?」
 妖艶な笑みを浮かべながら、光が魔戒扇を構え、舞う。
「…アンタ、運がいいわよ~。この私の新しい武器でやられる、栄えある第1号になるんだ・か・ら」
 魔戒扇を上に向けて投げ放つ。くるりと回るその軌跡が、召喚輪を生み出し、閃光とともに瑪瑙色の鎧を喚ぶのだ。

「翼はもう片方お願いね~」
「…言われるまでも無い」
 同じく白夜騎士の鎧を纏う翼が憮然と応え、白夜槍を構えた。

「そいじゃ、ま…………いきましょっか!!!」

 鎧の召喚に伴って形状の変化した魔戒扇…否、“瑪瑙扇”をかざし、瑪瑙騎士・揚刃<アゲハ>が大見得を切った。


  -つづく-


--------------------------------

 というわけで、金剛騎士篇に続き、瑪瑙騎士篇スタートです。

 …もうひととおり前編ぶっこんでから後編書こうかなとか今思った。

 時間軸的には、先日書いた「かなみの修行にっき」の前日談にあたります。サバックに出たはずの翼がいるのはそのためです。
 原作の時間軸に照らし合わせれば、「白夜の魔獣」~「妖赤の罠」の間。どちらかというと「白夜~」の直後あたりですね。

 実は当初、光視点で、一人称形式で書いてました。

 …が、第3者的な表現じゃないと表しきれない描写がいくつかあったので途中から方向転換。おかげでなんか文面がびみょーにヘンな気もしますが…

 まぁキニシナイ(しろよ

 劇中で光が使っている魔戒扇は、本来の揚刃の武器ではなく、彼がオリジナルで作った武器です。翼が指摘している通り、本当は鎌(サイズではなくシックルー)型の魔戒鎌なんですね。
 …いやだからなんだと言われましても。

 一応、彼の気分次第で使い分けるそうです(ぇ