炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼SS】血錆の兇刃:シーン8【緑青騎士篇】


 日没から、数時間が経過した。 
 間もなく大気に漂う陰我の密度は最高潮に達するだろう。 

 そんな闇夜の中を、魔戒騎士の正装たるコートが、三つ翻る。 

「今のところ、妙な気配はないみたいね」 
「……だな」 

 先んじた女性のような男の声に、静かに別の男の声が答え、その一歩後ろで女性が頷いた。 

 昼間に引き続き、ローラー作戦を以って目標をあぶりだす魔戒騎士たち。 
 日没直後には斬、紅牙、透が巡回し、現在は光、律、そしてあかねの3人が、神経を研ぎ澄まし、僅かな大気の乱れも捉えんと視線を尖らせていた。 

「……ところでさぁ、律?」 
「なんだ?」 

 ふと、緊張の糸をほぐし、光が声をかける。口調こそ穏やかに寛いでいるが、その実気配の察知は怠っていない。 

「ねーちゃんとは、最近どうなの?」 
「ぶっ!」 

 突然の核心に、律が盛大に噴出した。 

「ちょっ、やーねもう汚い……」 
「お、お前が突然ヘンなことを言い出すからだろう!」 

 顔を真っ赤にして口角泡を飛ばす律に、光は「まぁまぁ」といなす。 

「だってあんたぐらいなもんよ。ウチのねーちゃんが家族以外で気を許してるオトコなんてさ」 

 いったいどんな口説き文句使ったのよ? と“しな”を作って問い詰める光。 

「人聞きの悪いことを言うな。あの人がウチに入り浸るのは、単純にウチの酒が気に入ってくれてるからだろう。それ以上でも以下でもないさ」 
「あらそう? あんたのお母様から、こないだねーちゃんがあんたの膝枕で昼寝してたって聞いたわよ?」 
「母さん……余計なことを余計なヤツに……」 

 数ヶ月前のことを持ち出され、律が思わず夜空を仰ぎ見た。 

「あんただって満更でもないんでしょうに? 悪くない物件だと思うわよ~?」 
「……言葉の端々に押し付ける気満々なのが透けて見えるんだがな」 

 バレたか。と光が赤い舌をちろりとのぞかせた。 

「まったく……仕様もないことで駄弁ってる場合じゃないだろうに。なぁ神な……あれ?」 
「どしたの?」 
「……神薙がいない」 

 律の言葉に、光が視線を周囲に向ける。いつの間にかこの場に居るのは光と律だけになっていた。 

「あらホント。……まぁ、お花摘みにでも行ったんじゃない?」 
「花摘み? こんな時にか?」 

 言葉の意味を察せない律に、光がため息とともにこめかみを押さえる。 

「……こんな調子じゃ、ねーちゃんも苦労するわねぇ」 
「はぁ?」 

 ひとり疑問符を浮かべる律に、相棒であるカルマも「やれやれね」とため息をついた。 


 ・ 
 ・ 
 ・ 


「……ふぅ」 

 一方、当のあかねは、彼らの居た場所から1キロほど離れた公園で一息ついていた。 

『本当に良かったの?』 
「なにが……って、冗談よ」 

 相棒たる魔導具・リルヴァの問いに、とぼけようとして、ため息混じりにそれを正す。 

『ホラーを狩るのとは訳が違うわ。相手は魔戒騎士……それも、実力と経験に裏打ちされた、相当格上の、ね。それを一人で挑もうなんて、無茶にも程があるわよ』 
「そんなこと、言われなくてもわかってるわ」 

 苦言を呈するリルヴァに、低く、しかしはっきりとあかねが応える。 

『だったら……』 
「それでも、よ。どんな相手にせよ、多勢で無勢に挑むっていうのは、どうも好きになれないの。リルヴァだって知ってるでしょう?」 

 あかねの言葉に、リルヴァは一時口を噤んだ。 

『……やっぱりチームに透を組み込んでおくべきだったかしらね』 
「組み込まなくて正解だったわ」 

 正反対のやり取りが、あかねの頭の上を飛び交う。 

「あの人のポリシーなら、リルヴァの“力”があっても自力で私に追いつきそうだものね」 

 こつん、とあかねがリルヴァ……髪の毛に隠れたティアラをつついた。 

 リルヴァには他の魔導具にはない特性がある。 
 “彼女”自信の気配を遮断することで、他の魔導具からの探知を不可能にしてしまうのだ。 
 尤も、その間はホラーの探知も不可能になるのでめったに使う機会などないのだが…… 

『まさか味方を出し抜くために使うなんてねぇ』 
「人聞きの悪いこと言わないでよ……まぁ、事実だけど」 

 自分の呟きに苦笑するあかねが、次の瞬間表情を引き締めた。 

『どうしたの?』 
「……いた」 

 あかねの視線の先。擦り切れた黒衣の背中が、僅かな月明かりに浮かび上がる。 
 顔など見えずとも判る。近づくだけで人も魔も死に至らしめかねない殺気を帯びた背中だ。 

「……来たか。そろそろだとは思っていたがな」 

 黒衣が翻り、月光が顔を照らす。 

「あんたが緑青騎士……咎牙」 
「だったら?」 

 あかねが、袖に忍ばせた魔戒双槍を手元に寄せる。 

「あんたへの討伐任務が出ている。悪いけれど、戦闘狂の趣味の時間はおしまいよ」 

 あかねと咎牙……譲一郎の視線が、宙でぶつかり合い、見えない火花が散った。 

「その佇まい……それにコート……ほう。女だてらに魔戒騎士を名乗るか」 

 女の騎士は初めて見るな。と譲一郎が目を細める。 

「強くもないホラーを撫で斬りにして、少々飽いていたところだ。少しは……退屈しのぎになるか」

 充血した目が見開かれ、譲一郎の口角がじわり、と持ち上がった。 



    -つづく- 




 あかねのポリシーやリルヴァの特殊能力は、以前、創造主たるかぼさんより情報をいただいていたのですが、なかなか執筆にまで至らず今日までかかってしまいました。遅ればせながら、この場を借りて改めて御礼申し上げるとともに、お詫び申し上げます。 

 律と光の<姉>との関係は、以前閑話で光の姉を話題に出した頃から温めてたネタですw 
 律の片思いが実ることがないのはコーラを飲んだらゲップが出るくらい確実なので、その救済策といいましょうかw(ひでえ 

 とはいえ、本編・番外編含め、ねーちゃんが舞台に出る可能性は現時点でかなり低いので、律が幸せになる日が本当に来るのか怪しいもんですが(ぇ 

 さてさてさて。 
 次回はあかねVS譲一郎。剣を振るうホラーと称される緑青騎士に、彼女は如何に立ち向かうか、乞うご期待!?

※初出:2012年2月16日・mixi日記