炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼SS】血錆の兇刃:シーン9【緑青騎士篇】

 ふわり、と不意に譲一郎の黒衣が風圧に揺らぐ。 

「……!」 

 咄嗟に、あかねが前傾姿勢になる。“無形の位”……構えなき構えをを得手とする彼女ではあったが、噴き上がる殺気が彼女に僅かながら恐れを抱かせ、それが身体を動かしてしまったのだ。 

 刹那、佇む譲一郎の姿が掻き消える。 
 次の瞬間、眼前に迫る男の能面のような表情。否、その目は戦場を求める狂奔の意を称え、赤黒く月明かりを反射していた。 

「っは!」 

 左足元から掬い上げるように斜めに振り上げられる刃。あかねは手にした双槍を繰り、兇刃が身体に接触する寸前でかち合わせる。火花とともに、刃の上を双槍の柄が滑り、あかねを真っ二つにせんと向かった一閃は彼女の髪をわずかに梳っただけに留まった。 

『あかね!』 
「大丈夫……今のがいい気付けになったわ」 

 ふぅ、と呼吸を整えるあかね。双槍の穂先を露出させ、改めて臨戦態勢を以って対峙する。 
 譲一郎は、先の一撃を加え損ねた時点で即座に跳び退いて間合いを戻していた。 

「ふん……後の先をとるか。巧いな」 

 赤い口腔が僅かに動き、譲一郎が感嘆を口にする。 

「魔戒騎士の大先輩にほめていただけるとは、光栄ってところかしら?」 

 軽口を叩くあかね。その中で彼女は五感をフルに躍動させて譲一郎を“視る”。 

 呼吸を可能な限り合わせる。彼を取り巻く大気の流れを、肌で感じ取る。そして、その“視線”を……合わせる。 

 自分と相手の気配を重ね合わせる。無形の位……即ち後の先の真髄は、どれほどまでに相手を“視て”、“識りうる”ことができるか、だ。 

 ……いける。 

 口の中で呟き、魔戒双槍を握りなおす。譲一郎は所在なしに立ち尽くしていたように見えたが、やがて再び口元に享楽の笑みを滲ませた。 

『……来る!』 
「うん!」 

 再び肉薄する譲一郎。解していた筋肉を再び緊張させ、あかねが迫る刃を迎え撃つ。 

「うおおおっ!」 

 振り上げられる刃。双槍をかざし備えるあかね。――しかし、刹那に大降りの魔戒剣の刀身があかねの視界から消える。 

「!?」 
『あかね、下!』 

 リルヴァの声が飛ぶ。視線を下げると、鳩尾を狙い、譲一郎の石礫のような握りこぶしが迫っていた。 

「っこの!」 

 右膝を上げ、急所を守る。拳が脛を強かに打ち、あかねの身体が弾き飛ばされた。 

「……なに、今の? 動きがまったく読みきれなかった」 

 脛に走る激痛。あかねの表情が驚愕に凍りつく。 
 律の言葉を思い出す。太刀筋も何もなく、たた荒ぶるままに力を振るう者。梧桐譲一郎。 

「踏んだ場数の数も段違いだものね……そうそう読ませちゃくれないか」 

 痛みに震える足を手のひらで叩いて叱咤する。 

「でも、まだまだ!」 

 キッ、と眼を見開いたあかね。その眼前に、再び譲一郎が迫る。 

「はっ!」 

 魔戒剣ではなく、足刀があかねの側頭部を狙う。ボクシングのパリィの要領でそれを弾き、追撃の刃を双槍でかわした。 

「むっ!」 
「はあっ!」 

 返す刃で譲一郎に向けた切っ先が走る。しかし、譲一郎は身体を後方へと捌き、薙いだひらめきは黒衣の端を僅かに掠めただけだった。 

「参ったわね……」 

 衝撃を殺しきれず、しびれる左手を庇いながら、あかねがひとりごちた。 


     -つづく- 




 ほんとはもーちょっと続けるつもりだったんですが、長くなりそうだったので一旦ぶつ切り。 
 魔戒騎士の戦闘描写はスピードが命ですが、なかなかうまくいかんですのぅ……

※初出:2012年2月18日・mixi日記