人の気配のない……事前に人払いの方術でも仕掛けていたのか……公園に、金属音と打撃音がこだまする。
既に打ち合いは両手の指を使い切ってなお足りないほどの数に及び、周囲の地面や植木には、弾かれ受け流された衝撃の余波による傷跡がいたるところに刻み込まれていた。
「はぁ……っ」
もう何度目になるだろうか、間合いを取り直したあかねが大きく息を吐く。
全身の痛覚は数秒前に痛みを脳に伝えることを放棄した。かろうじて手のひらに残る双槍の感覚を確かめるように握り、少し霞む視界で相手を睨みつける。
対する緑青騎士……梧桐譲一郎は、呼吸ひとつ乱すことなく、充血した隻眼をぎらつかせながらあかねを見ていた。
「打ち合うたびに、体力吸い取られてくみたいね……戦いにくいっ」
吐き出す息に血のにおいを混じらせながら、あかねが呟く。同じだけの時間戦っていながら、譲一郎に疲労の色はほぼ皆無と言えた。
「どうした、もう終わりか……」
「冗談……っ」
譲一郎の問いかけに、ぐっと歯噛みをして応える。しかし、蓄積されたダメージが、あかねの動きを鈍らせていた。次に仕掛けられれば、防ぐことも受け流すことも難いであろう。
(あと使えるとしたら、“あれ”だけど……)
あかねが、意識を頭の上のリルヴァに向ける。彼女の、文字通りの<必殺技>を一瞬脳裏に思い浮かべ、しかしぶるぶると首を横に振る。
(駄目。あれは……<魔導砲火>は人に向けて使う代物じゃない!)
たとえ対峙している相手が、人を超えた位置に居る者であっても、人であることに変わりはないのだ。
(それに、もし撃ったとしても……)
魔導砲火は、その驚異的な威力がゆえに、様々な制約を術者に科す。万一仕留め切れなかった場合、圧倒的な不利に陥るのは必至である。
(……ポリシーに拘るのも、考え物かしらね)
口元に、自嘲じみた笑みが浮かぶ。
番犬所からは仲間との共闘を示唆されながら、それでも独りでこの場に来てしまったこと。
そして、逆転の一手になりうるかもしれない秘技を、相手が“人である”がゆえに使わないこと。
己が矜持が生んだ現在の状況に、あかねは小さくため息をつく。
「……でも!」
そこで敗北を認めはしない。
これもまた、己が矜持。
騎士として生きると決めた、彼女の原点だ。
「……詰まらん。女騎士と闘うのは初めてだったから期待していたんだが……」
不意に、譲一郎の声のトーンが落ちる。瞳に宿る狂気は、先ほどまでの享楽ではなく、純然たる<殺意>。
「そろそろ、死ね」
魔戒剣が風切り音とともに舞い、譲一郎が迫る。
「私は……碧玉騎士・麗牙……神薙あかね!」
女騎士などと呼ぶな、と言わんばかりにあかねが吼える。額から流れ、視界を削る流血を拭い、双槍を構えて迎え撃つ――
「……っ!」
刹那、あかねの右膝に突き刺すような痛みと重み。バランスを崩した彼女が膝に視たものは、小さく細いソウルメタルの<針>であった。
『……悪く思わんでもらおう、碧玉騎士殿。これ以上この男を遊ばせるわけにもいかんのでね』
いつの間にか譲一郎がつけていた眼帯がほどけ、右目があった場所に埋め込まれた魔導具が口を利いた。
「ナラカめ……余計なことを」
譲一郎が<ナラカ>と呼ぶ魔導具の“口”の中に、針の先端がちらりと見えた。「まあいい」と譲一郎が呟き、魔戒剣を振りかざす。
万事休す――あかねの背筋が急激に冷えを感じた。彼女の眼前で、通常の倍はあるだろうかという巨大な刀身が振り下ろされ……
「……む!?」
しかしその斬撃は寸でで阻まれた。
『あかね、しっかりなさい!』
耳朶を打つ相棒の声にあかねが我に返る。瞳に映るのは、地面に突き立てられたソウルメタル製の<棍>と、それに侵攻をとめられた譲一郎の魔戒剣。
「……ふーっ、間一髪」
あかねの背後で、紺色のコートの青年が、ため息混じりに呟いた。
-つづく-
実を言うとこの部分までがシーン9の予定でした。
どうしてこうなった。
独断専行をした人物がピンチに陥る……というのは、戦隊モノとかでもよくあるエピソードなんですが、今回はそれを自キャラではなく、かぼさん創造のキャラクターでやることに。
以前提供いただいた情報から組み立てたネタではあるんですが、これを本当にやっていいのか、随分悩みました。執筆が止まってた理由の半分くらいはそれです。
誰だって自分のキャラが可愛いしカッコいいし、可能であればピンチなんて書きたくないものでしょう(まあ書かなけりゃ書かないでストーリーつまんなくなっちゃいますが)。
自キャラでやるのもちょっとなーと思う部分を、こともあろうに人様のキャラクターでやってしまうというのは、ひょっとしなくても猛烈な暴挙なんじゃなかろうか。
と、書き上げた今でも思っています。
考えすぎかもしれませんが。
更に言えば、次のシーンであかねを、ウチのキャラがかるく諭す場面があったりで、正直かぼさんに怒られても仕方のない扱い方をしております。
先行して謝っておきます。申し訳ありません。
でも同時に、このネタがあってこそ、停滞気味であったストーリー展開に動きが出て、息を吹き返したのもまた事実ではあるんですよね。
そういった点では、かぼさんには感謝してもし足りないところであります。
改めて、ありがとうございました!
次回、七人の魔戒騎士、集結!(予定
※初出:2012年2月19日・mixi日記