炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼SS】血錆の兇刃:シーン11【緑青騎士篇】


「律さん……」 

 突然の闖入者に、驚きとともに一瞬の安堵が、あかねの緊張の糸を切る。力の抜けたその肩を、瑠璃色の袖がそっと抱いた。 

「大丈夫、あかねちゃん?」 
「光さんも……どうして……」 

 問いかけに、「そりゃこっちのセリフだわよ……」と光が返しながら、よっこらせと立ち上がらせた。 
 すばやく譲一郎の間合いから離れ、周囲の安全をひとまずは確認してから、光はあかねの背を街路樹の幹に預けさせた。 

「姿が見えないもんだから、てっきり用足しかと思って待っててもぜんぜん戻ってこないし、リルヴァの気配は追えないしで、律と二人して大慌てしたわよもう……」 

 待機している紅牙たちに連絡を取り、周辺を捜索していた矢先に、再びリルヴァの気配を察して、この場に現れたのだと、光が説明した。 

「あかねちゃんが……女である貴女が、どんな意思をもって騎士を志して……どんな矜持をもって今に至るかは、私は知らない」 

 でもね。とあかねが握っていた魔導筆を取り、彼女の傷をなぞるように振るう。 

「それが通じないことって、ままあるのよね。悲しいことに」 
「……」 

 言葉を返すでもなく、光の言葉をすっと吸い込んでいくあかね。 

「自分を曲げないって、すごいことだと思う。でも、それで自分の寿命を縮めてちゃ元も子もないじゃない?」 

 こくり、とあかねが頷く。 

「あの黄金騎士だって、手強い敵を相手にしたときは、他の騎士や法師の力添えを受けてきている。頼ることは、決して悪いことじゃあない」 

 頼んなさいな。仲間じゃないの。 

 そう言って立ち上がり、譲一郎を睨みつける光。その瑠璃色のコートの背中を見つめて、あかねは小さく「ありがとう」と呟いた。 


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「この棍……ああ、あのときの若造か」 
「しばらくぶりだな緑青騎士。東での借りは、ここで返させてもらう!」 

 一方、先んじて譲一郎と対峙していた律が、地面に突き立った魔戒棍を引き抜き、そのままの勢いで譲一郎を打つ。 

「ふん!」 

 剣と棍。密度の高いソウルメタルが、豪腕とともに打ち付けられ、轟音とともに強烈な火花を散らした。 

「ぐっ……! 前は一方的にやられちまったが、今回はそうはいかない!」 
『気持ちは解るけど焦らないの律!』 

 わかってる! と吼える律が棍を振り下ろす。飛退いた譲一郎の足元で、地面が爆ぜた。 

「律、伏せなさい!」 

 追撃を仕掛けようとした律の背後から光の声が飛ぶ。思わずつんのめった律の後頭部を掠めるように、何かが通り過ぎた。 

「むっ!?」 

 光が、自身の魔戒鎌を術をもって飛ばした。二挺の鎌を繋ぐ鎖が譲一郎の身体に巻きつき、戒める。 

「ソウルメタル製の鎖よ。そうそう切れるシロモノじゃないわ!」 
「よしっ、仕掛ける!」 

 動きを止めた譲一郎に、律が肉薄する。 

「っ! 待って律さん!」 
「えっ? ……うおっ!?」 

 あかねの声に意識を散らせた律の頬を、小さな風がかすめる。僅かな痛みとともに、赤い一文字の傷跡が生まれた。 

「あいつの魔導具、含み針を仕込んでるの!」 
「そーいうことはもうちょっと早めに言ってくれ!」 

 ナラカが矢継ぎ早に針を飛ばす。小さいながら、ソウルメタルの特性を利用し、一撃一撃が重い雨のように律を襲う。 

「くっ……のお!」 

 魔戒棍を振り回し針を弾く。弾幕を張っているうちに、譲一郎が魔戒剣を鎖につきたて、力任せに折り切った。 

「なっ?」 

 そうそう切れない、と豪語していた光の表情が驚愕に染まる。 

「なんつーでたらめな腕力してんのよ、あいつはっ」 

 光が切られた鎖に術を欠け、飛礫として攻撃に転ずる。しかし、鎖の弾幕は譲一郎の剣の一振るいにより、大半をなぎ払われてしまう。 

「法術使いか……面倒だな。先に潰すとしよう」 

 跳びあがった譲一郎が立ちはだかる律の肩を蹴り、その反動を利用して光に迫る。 

「あうっ!?」 

 振り下ろされた魔戒剣の一撃を咄嗟に開いた魔戒扇で逸らす。が、衝撃は殺しきれず、腕が悲鳴を上げた。 

「ナラカ」 
『うむ』 

 譲一郎が指示を飛ばし、ナラカが針の雨を、今度は光に浴びせる。 

「術は使わせん。このまま終わらせる」 
「そうは――」 
「――させねえよ!」 

 光と譲一郎の間に割ってはいる、二人の人影。槍と斧が、二条の銀色の軌跡とともに魔戒剣の一撃を捉えた。 

「紅牙、斬!」 
「悪ぃ、遅くなった!」 
「紅牙、一気に弾き飛ばす!」 

 斬の言葉に紅牙が頷き、同時に各々の武器を振りぬく。裂帛の気魄がふたつ、つばぜり合いをしていた相手の刃を通り抜け、譲一郎の身体を吹き飛ばした。 

「すごい……」 

 一連の流れを垣間見、あかねが感嘆の声を漏らす。 

「魔戒騎士は基本的に単独で戦うことが多いけど、その戦い方の根幹には、連携を想定した動きが組み込まれてるんだってさ」 

 そのあかねを譲一郎の視界から隠すように、いつの間にか透の姿がそこにあった。 

「……ひの、ふの」 

 弾き飛ばされた譲一郎が、ふと戦いの態勢を解き、人差し指が斬たちを指差していく。 

「六人か。番犬所め……いや元老院か? どちらにせよよほど俺が煩いとみえる」 

 くつくつと嗤う。充血した左目がゆらり、と騎士たちを嘗めるように瞥見した。 

「面白い……全力で来い」 

 開いた口腔の血のような赤が月下に浮かび上がる。振りかざした魔戒剣の切っ先が輪を描き―― 

 転瞬、禍々しい錆びた緑色を帯びた鎧が譲一郎の身体を彩った。 


    -つづく- 



 

 前回、「七人の魔戒騎士」って表現を後書きに記しましたが、主人公サイド6人だということを今思い出した(マテ 

 あ、譲一郎を数に入れるのか(ォィ 


 今回のラストでいよいよ咎牙が降臨。そして斬たちも限界バトル叩きつけます。


※初出:2012年2月20日mixi日記