「律さん……」
突然の闖入者に、驚きとともに一瞬の安堵が、あかねの緊張の糸を切る。力の抜けたその肩を、瑠璃色の袖がそっと抱いた。
「大丈夫、あかねちゃん?」
「光さんも……どうして……」
問いかけに、「そりゃこっちのセリフだわよ……」と光が返しながら、よっこらせと立ち上がらせた。
すばやく譲一郎の間合いから離れ、周囲の安全をひとまずは確認してから、光はあかねの背を街路樹の幹に預けさせた。
「姿が見えないもんだから、てっきり用足しかと思って待っててもぜんぜん戻ってこないし、リルヴァの気配は追えないしで、律と二人して大慌てしたわよもう……」
待機している紅牙たちに連絡を取り、周辺を捜索していた矢先に、再びリルヴァの気配を察して、この場に現れたのだと、光が説明した。
「あかねちゃんが……女である貴女が、どんな意思をもって騎士を志して……どんな矜持をもって今に至るかは、私は知らない」
でもね。とあかねが握っていた魔導筆を取り、彼女の傷をなぞるように振るう。
「それが通じないことって、ままあるのよね。悲しいことに」
「……」
言葉を返すでもなく、光の言葉をすっと吸い込んでいくあかね。
「自分を曲げないって、すごいことだと思う。でも、それで自分の寿命を縮めてちゃ元も子もないじゃない?」
こくり、とあかねが頷く。
「あの黄金騎士だって、手強い敵を相手にしたときは、他の騎士や法師の力添えを受けてきている。頼ることは、決して悪いことじゃあない」
頼んなさいな。仲間じゃないの。
そう言って立ち上がり、譲一郎を睨みつける光。その瑠璃色のコートの背中を見つめて、あかねは小さく「ありがとう」と呟いた。
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「この棍……ああ、あのときの若造か」
「しばらくぶりだな緑青騎士。東での借りは、ここで返させてもらう!」
一方、先んじて譲一郎と対峙していた律が、地面に突き立った魔戒棍を引き抜き、そのままの勢いで譲一郎を打つ。
「ふん!」
剣と棍。密度の高いソウルメタルが、豪腕とともに打ち付けられ、轟音とともに強烈な火花を散らした。
「ぐっ……! 前は一方的にやられちまったが、今回はそうはいかない!」
『気持ちは解るけど焦らないの律!』
わかってる! と吼える律が棍を振り下ろす。飛退いた譲一郎の足元で、地面が爆ぜた。
「律、伏せなさい!」
追撃を仕掛けようとした律の背後から光の声が飛ぶ。思わずつんのめった律の後頭部を掠めるように、何かが通り過ぎた。
「むっ!?」
光が、自身の魔戒鎌を術をもって飛ばした。二挺の鎌を繋ぐ鎖が譲一郎の身体に巻きつき、戒める。
「ソウルメタル製の鎖よ。そうそう切れるシロモノじゃないわ!」
「よしっ、仕掛ける!」
動きを止めた譲一郎に、律が肉薄する。
「っ! 待って律さん!」
「えっ? ……うおっ!?」
あかねの声に意識を散らせた律の頬を、小さな風がかすめる。僅かな痛みとともに、赤い一文字の傷跡が生まれた。
「あいつの魔導具、含み針を仕込んでるの!」
「そーいうことはもうちょっと早めに言ってくれ!」
ナラカが矢継ぎ早に針を飛ばす。小さいながら、ソウルメタルの特性を利用し、一撃一撃が重い雨のように律を襲う。
「くっ……のお!」
魔戒棍を振り回し針を弾く。弾幕を張っているうちに、譲一郎が魔戒剣を鎖につきたて、力任せに折り切った。
「なっ?」
そうそう切れない、と豪語していた光の表情が驚愕に染まる。
「なんつーでたらめな腕力してんのよ、あいつはっ」
「法術使いか……面倒だな。先に潰すとしよう」
跳びあがった譲一郎が立ちはだかる律の肩を蹴り、その反動を利用して光に迫る。
「あうっ!?」
振り下ろされた魔戒剣の一撃を咄嗟に開いた魔戒扇で逸らす。が、衝撃は殺しきれず、腕が悲鳴を上げた。
「ナラカ」
『うむ』
譲一郎が指示を飛ばし、ナラカが針の雨を、今度は光に浴びせる。
「術は使わせん。このまま終わらせる」
「そうは――」
「――させねえよ!」
光と譲一郎の間に割ってはいる、二人の人影。槍と斧が、二条の銀色の軌跡とともに魔戒剣の一撃を捉えた。
「紅牙、斬!」
「悪ぃ、遅くなった!」
「紅牙、一気に弾き飛ばす!」
斬の言葉に紅牙が頷き、同時に各々の武器を振りぬく。裂帛の気魄がふたつ、つばぜり合いをしていた相手の刃を通り抜け、譲一郎の身体を吹き飛ばした。
「すごい……」
一連の流れを垣間見、あかねが感嘆の声を漏らす。
「魔戒騎士は基本的に単独で戦うことが多いけど、その戦い方の根幹には、連携を想定した動きが組み込まれてるんだってさ」
そのあかねを譲一郎の視界から隠すように、いつの間にか透の姿がそこにあった。
「……ひの、ふの」
弾き飛ばされた譲一郎が、ふと戦いの態勢を解き、人差し指が斬たちを指差していく。
「六人か。番犬所め……いや元老院か? どちらにせよよほど俺が煩いとみえる」
くつくつと嗤う。充血した左目がゆらり、と騎士たちを嘗めるように瞥見した。
「面白い……全力で来い」
開いた口腔の血のような赤が月下に浮かび上がる。振りかざした魔戒剣の切っ先が輪を描き――
転瞬、禍々しい錆びた緑色を帯びた鎧が譲一郎の身体を彩った。
-つづく-
前回、「七人の魔戒騎士」って表現を後書きに記しましたが、主人公サイド6人だということを今思い出した(マテ
あ、譲一郎を数に入れるのか(ォィ
今回のラストでいよいよ咎牙が降臨。そして斬たちも限界バトル叩きつけます。