――真なる烈火炎装
魔戒法師の祖、<炎人>の末裔とも言われる、紅蓮騎士の系譜に伝わる最大奥義である。
鎧に魔導火を纏わせる通常の烈火炎装とは大きく異なり、ソウルメタルを文字通り燃やし、炎の鎧を以って戦う。
今世において、この技を扱えるのは、当代の紅蓮騎士・紅我……焔群 斬のみである。
「はあっ!」
魔導馬・火影がいななき、蹄を鳴らす。巨大化した斧を軽々と振り回し、その背から跳び上がると、咎牙が突き出した拳を足がかりにさらに跳躍し、一息に振り下ろした。
防御に掲げた腕の装甲を焼き斬り、着地と同時に再び振るう。今度は足の装甲を砕き、膝をつかせた。
「凄いな。こいつが噂の……」
「ああ。ヤツの虎の子だ。俺も見るのは久しぶりだぜ……」
感嘆の声を上げる透に、紅牙が心なしか誇らしげに頷く。
次々と魔導甲蟲の装甲を撃破していく斬の、紅我の背中を目にし、紅牙は初めて共闘したあの日のことを思い出していた。
『いいわ。この調子ならいける!』
ヴィスタの声に、斬は頷くことなく斧を握りなおす。追撃を仕掛けようと地面を蹴った瞬間、視界がぼやけ、何かに足を取られたかのように躓いた。
『ちょっ、どうしたの斬!?』
「ぐっ……ううう……」
炎の鎧の向こう側で、斬が苦悶の表情を浮かべる。それを好機と察した咎牙が反撃に転じようと拳をたたき付ける。
「させないっ!」
刹那、斬を庇うようにあかねが飛び出し、頭ひとつ分はあろうかという拳を両手で受け止めた。
「野郎ッ!」
そのままあかねを押しつぶそうと圧力をかける腕を、律の金剛棍の一撃が揺るがし、彼女を解放した。
『斬、しっかりして!』
ヴィスタの呼びかけに、うめき声をあげながら、斧を杖代わりにしてよろよろと立ち上がる。
「……マズいわね。斬も私たちと同じで、何度も鎧の着脱を繰り返してる。心身ともに疲労はピークだった筈。そこへきてあんな大技……そりゃ体力ももたないわ」
事実、真なる烈火炎装は、その状態を維持すべく体力と精神力を急激に消耗する。いかな紅蓮騎士の系譜が魔導火の扱いに長けているとはいえ、全身を覆う量を一時に制御することは難いのだ。
「俺なら……大丈夫だ……ここで、引くわけにはいかないしな……!」
口を開く斬であったが、その口調は弱弱しく、説得力に駆ける。
「だが……」
「斬の言うとおりね。今となっては、あの咎牙に有効打を与えられるのは斬だけ。私たちがカバーしても……」
しかし、これ以上戦闘を長引かせるのも危険だ。斬自身の鎧のタイムリミットも近づいてきている。
「……そうだ!」
声をあげたのは律。手にした金剛棍に意識を集め、全身の烈火炎装をそちらへと集中させていく。
『何をする気? 武器に烈火炎装を集中させても、あいつには……』
「攻撃に使うんじゃない。この力を、焔群に渡すのさ!」
その言葉に、紅牙たちがはっとなる。
「今俺たちが纏っている烈火炎装は、あいつの魔導火からもらったものだ。そいつに、俺たち自身の力を託して……いけえっ!」
棍を振るい、紺色の炎を投げ渡す。炎の鎧に着弾したそれは、かっと燃え上がり、紅我の右足を彩った。
『! これは……!』
ヴィスタが、斬にもたらされた力に驚く。
「力が……入ってきた……!」
ぐっと踏み出す右足。しっかりと大地を踏みしめ、斬が大きく頷く。
「……やってみるもんだな」
『……あきれた、根拠なしだったの?』
呆れるカルマに「うるせぇ」と返し、律が紅牙たちを促す。
「よし……!」
各々の武器に、魔導火を集めていく。
「斬……受け取れッ!!!」
振りかざした刃から炎が舞い、紅我の鎧をさらに熱く燃やす。
様々な色の魔導火が、炎の鎧を飾り、やがてそれは燐光の如く輝きを放った。
「……ああ、貰った。みんなの力、みんなの想い……これで、ヤツを……」
倒す!!!
斬の叫びとともに、炎の鎧の燐光がいっそう輝きを増す。その光はだんだん膨らみ……
「こいつぁ……」
「マジかよ……!?」
次の瞬間、巨大化した咎牙にも負けない巨躯を持った炎の鎧が、黒い鎧を睨みつけていた。
「……っは!」
斧が炎に飲み込まれ、文字通り紅蓮の斧と化す。腹から限界まで息を搾り出し、柄を握る手に力を込めた。
咎牙が、拳の一撃を見舞う。大振りの攻撃を紅我は真正面から手のひらで受け止め、弾いた。
「はあっ!」
返す刃で咎牙の腹を横一文字に薙ぐ。鎧が裂け、その傷口に炎が踊った。
激痛が咎牙に痛みの咆哮をさせる。
「緑青騎士・咎牙……いや、梧桐譲一郎!」
戦いに生き、騎士の一分を喪いし貴様の因果……
「俺が……俺たちが……!」
――断 ち 斬 る !
縦一文字に振りぬく紅蓮の剛刃が一瞬、槍の穂先に、無骨な棍に、艶やかな鉄扇に、涼やかな刀身に見えたのは、その場にいた紅牙たちの気のせいだったのだろうか。
必殺の一撃を受けた黒い鎧が霧散し、その中から咎牙の本来の鎧が現れる。
しかしそれもつかの間。錆びた銅のごときくすんだ緑色の鎧は、灼熱の魔導火によって静かに燃え尽きていく。
最後に残った一片……魔導具・ナラカが何かを伝えようとカタカタと歯を鳴らし……
それを伝えることが出来ぬまま、一握の灰と化した。
戦場には、咎牙が投げ捨てた緑青剣が、彼の墓標のように粛々と地面に突き立っているだけであった。
-つづく-
決着。
その今際の際に、譲一郎は何を思ったのか。ナラカは何を伝えようとしていたのか。
……それを知る者は誰もいませんが。
あるいは、全ての魔戒騎士が抱えうる闇を抱え込んだ彼の、慟哭であったのかも知れません。
さて、足掛け2年以上に及んだ「血錆の兇刃」も、いよいよエピローグを残すのみ。
咎牙との戦いの果て。彼らの胸中や如何に。