炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【牙狼SS】血錆の兇刃:シーン16【緑青騎士篇】

 ――真なる烈火炎装 

 魔戒法師の祖、<炎人>の末裔とも言われる、紅蓮騎士の系譜に伝わる最大奥義である。 
 鎧に魔導火を纏わせる通常の烈火炎装とは大きく異なり、ソウルメタルを文字通り燃やし、炎の鎧を以って戦う。 

 今世において、この技を扱えるのは、当代の紅蓮騎士・紅我……焔群 斬のみである。 


「はあっ!」 

 魔導馬・火影がいななき、蹄を鳴らす。巨大化した斧を軽々と振り回し、その背から跳び上がると、咎牙が突き出した拳を足がかりにさらに跳躍し、一息に振り下ろした。 

 防御に掲げた腕の装甲を焼き斬り、着地と同時に再び振るう。今度は足の装甲を砕き、膝をつかせた。 

「凄いな。こいつが噂の……」 
「ああ。ヤツの虎の子だ。俺も見るのは久しぶりだぜ……」 

 感嘆の声を上げる透に、紅牙が心なしか誇らしげに頷く。 

 次々と魔導甲蟲の装甲を撃破していく斬の、紅我の背中を目にし、紅牙は初めて共闘したあの日のことを思い出していた。 

『いいわ。この調子ならいける!』 

 ヴィスタの声に、斬は頷くことなく斧を握りなおす。追撃を仕掛けようと地面を蹴った瞬間、視界がぼやけ、何かに足を取られたかのように躓いた。 

『ちょっ、どうしたの斬!?』 
「ぐっ……ううう……」 

 炎の鎧の向こう側で、斬が苦悶の表情を浮かべる。それを好機と察した咎牙が反撃に転じようと拳をたたき付ける。 

「させないっ!」 

 刹那、斬を庇うようにあかねが飛び出し、頭ひとつ分はあろうかという拳を両手で受け止めた。 

「野郎ッ!」 

 そのままあかねを押しつぶそうと圧力をかける腕を、律の金剛棍の一撃が揺るがし、彼女を解放した。 

『斬、しっかりして!』 

 ヴィスタの呼びかけに、うめき声をあげながら、斧を杖代わりにしてよろよろと立ち上がる。 

「……マズいわね。斬も私たちと同じで、何度も鎧の着脱を繰り返してる。心身ともに疲労はピークだった筈。そこへきてあんな大技……そりゃ体力ももたないわ」 

 事実、真なる烈火炎装は、その状態を維持すべく体力と精神力を急激に消耗する。いかな紅蓮騎士の系譜が魔導火の扱いに長けているとはいえ、全身を覆う量を一時に制御することは難いのだ。 

「俺なら……大丈夫だ……ここで、引くわけにはいかないしな……!」 

 口を開く斬であったが、その口調は弱弱しく、説得力に駆ける。 

「だが……」 
「斬の言うとおりね。今となっては、あの咎牙に有効打を与えられるのは斬だけ。私たちがカバーしても……」 

 しかし、これ以上戦闘を長引かせるのも危険だ。斬自身の鎧のタイムリミットも近づいてきている。 

「……そうだ!」 

 声をあげたのは律。手にした金剛棍に意識を集め、全身の烈火炎装をそちらへと集中させていく。 

『何をする気? 武器に烈火炎装を集中させても、あいつには……』 
「攻撃に使うんじゃない。この力を、焔群に渡すのさ!」 

 その言葉に、紅牙たちがはっとなる。 

「今俺たちが纏っている烈火炎装は、あいつの魔導火からもらったものだ。そいつに、俺たち自身の力を託して……いけえっ!」 

 棍を振るい、紺色の炎を投げ渡す。炎の鎧に着弾したそれは、かっと燃え上がり、紅我の右足を彩った。 

『! これは……!』 

 ヴィスタが、斬にもたらされた力に驚く。 

「力が……入ってきた……!」 

 ぐっと踏み出す右足。しっかりと大地を踏みしめ、斬が大きく頷く。 

「……やってみるもんだな」 
『……あきれた、根拠なしだったの?』 

 呆れるカルマに「うるせぇ」と返し、律が紅牙たちを促す。 

「よし……!」 

 各々の武器に、魔導火を集めていく。 

「斬……受け取れッ!!!」 

 振りかざした刃から炎が舞い、紅我の鎧をさらに熱く燃やす。 
 様々な色の魔導火が、炎の鎧を飾り、やがてそれは燐光の如く輝きを放った。 

「……ああ、貰った。みんなの力、みんなの想い……これで、ヤツを……」 

 倒す!!! 

 斬の叫びとともに、炎の鎧の燐光がいっそう輝きを増す。その光はだんだん膨らみ…… 

「こいつぁ……」 
「マジかよ……!?」 

 次の瞬間、巨大化した咎牙にも負けない巨躯を持った炎の鎧が、黒い鎧を睨みつけていた。 

「……っは!」 

 斧が炎に飲み込まれ、文字通り紅蓮の斧と化す。腹から限界まで息を搾り出し、柄を握る手に力を込めた。 

 咎牙が、拳の一撃を見舞う。大振りの攻撃を紅我は真正面から手のひらで受け止め、弾いた。

「はあっ!」 

 返す刃で咎牙の腹を横一文字に薙ぐ。鎧が裂け、その傷口に炎が踊った。 
 激痛が咎牙に痛みの咆哮をさせる。 

「緑青騎士・咎牙……いや、梧桐譲一郎!」 

 戦いに生き、騎士の一分を喪いし貴様の因果…… 

「俺が……俺たちが……!」 


  ――断 ち 斬 る ! 


 縦一文字に振りぬく紅蓮の剛刃が一瞬、槍の穂先に、無骨な棍に、艶やかな鉄扇に、涼やかな刀身に見えたのは、その場にいた紅牙たちの気のせいだったのだろうか。 

 必殺の一撃を受けた黒い鎧が霧散し、その中から咎牙の本来の鎧が現れる。 

 しかしそれもつかの間。錆びた銅のごときくすんだ緑色の鎧は、灼熱の魔導火によって静かに燃え尽きていく。 

 最後に残った一片……魔導具・ナラカが何かを伝えようとカタカタと歯を鳴らし…… 
 それを伝えることが出来ぬまま、一握の灰と化した。 

 戦場には、咎牙が投げ捨てた緑青剣が、彼の墓標のように粛々と地面に突き立っているだけであった。 



    -つづく- 



 

 決着。 
 その今際の際に、譲一郎は何を思ったのか。ナラカは何を伝えようとしていたのか。 

 ……それを知る者は誰もいませんが。 


 あるいは、全ての魔戒騎士が抱えうる闇を抱え込んだ彼の、慟哭であったのかも知れません。



 さて、足掛け2年以上に及んだ「血錆の兇刃」も、いよいよエピローグを残すのみ。 

 咎牙との戦いの果て。彼らの胸中や如何に。

※初出:2012年3月1日・mixi日記