既に幾合の攻防が繰り広げられたのか。11を最後に、誰もが数えることを放棄していた。
90秒前後を、狼を象った鎧が数体組み合い、切り結び、叩きつけ、かわす。
制限時間ギリギリで鎧を脱ぎ、紅牙たちは身体を休めていた仲間と交代し、肩で大きく息をした。
「はぁっ……はぁっ」
「ここまで鎧の着脱を繰り返したのは久しぶりだぜ……」
僚友の呟きに、ああと頷き、荒々しく剣を振るう咎牙を一瞥する。
「しかし、条件は俺たちより不利だっていうのに……どんだけタフなんだよあいつは」
魔戒騎士たちが纏う鎧には、時間制限こそあれど、装着回数に限度は存在しない。
しかし、ただでさえ強力な力を引き出す鎧を、短時間に何度も装着をすることは、心身の著しい消耗につながり、まず多用されることはない。
事実、戦いを続ける6人の疲労はピークに達しようとしていたのだが、大して咎牙……譲一郎にその兆候はなく、むしろ戦うたびに生命力があふれ出ているようにも思えた。
「あーいうのを、水を得た魚っつんだな」
『それもあろうが、伊達にお前さんらの大先輩はやっておらんということじゃろう。鍛え方が違うわい』
紅牙の相棒が、重々しく呟いた。
・
・
・
一進一退の鍔迫り合いが続く中、律がふと思い立った疑問をぶつけてみた。
「梧藤! なぜお前は鎧を返す? 俺たちを本気で倒すつもりなら……いや、そもそも戦うためだけの生き方をするなら、心滅するなり、その果てに暗黒騎士になることだってできただろう!?」
突然の問いかけに、ともに戦っていた斬とあかねが足を止める。譲一郎は一度鎧を返すと、僅かな沈黙の後、口を開いた。
「簡単なことだ。心滅にしろ、暗黒に堕ちるも、それは俺が俺でなくなるということ」
俺は俺のまま、我があるままに力を振るい、戦う。
そう言い放ち、譲一郎が再び鎧を纏い飛び掛った。
「“我戦う、故に我あり”ってところか」
「言いたいことはわからないでもない……でも」
斬とあかねが言葉を交わし、頷く。
「自分の意思で、戦いだけを望む……俺はそんな魔戒騎士を……いや、“人間”を認めない!」
律の声が、凛と響く。振り下ろされた咎牙の剣を金剛棍で受け止め、振りほどいた律が、咎牙の錆びた瞳をにらみつけた。
「お前は、ホラーとなんら変わらない!」
言い放つ一言が、譲一郎の動きを止めた。ギロリ、と鎧の瞳が充血するように紅く染まる。
「……俺が、ホラーだと? バケモノだと?」
律の言葉が琴線に触れたのか、声が掠れる。
「そう言った」
違うとは言わせない。と、律が頑なに突きつける。咎牙の肩が小刻みに震えるのがわかった。
「……俺は、人間だ!」
激昂のままに剣を振り下ろす。足元の地面が砕け、その裂け目からソウルメタルの装甲に身を包んだ巨大な虫が姿を現した。
「なっ、ありゃ<魔導甲蟲>か!?」
「何だそれは?」
聞きなれない単語が紅牙の口から漏れ、斬が尋ねる。
『魔導獣の一種じゃよ。魔導馬などと同じように騎士のパートナーとして生み出されたものじゃが、少々特殊での』
「かつて、魔戒騎士が長期にわたる遠征に臨むことが多かった頃、封印の像の変わりに武器の浄化をさせたのがアレさ」
相棒とともに解説する紅牙が「俺も見るのは初めてだがな」と呟く。
『番犬所という概念ができてから、使われることもなくなったからの。浄化こそ出来るが、短剣に封印することまでは出来んからな』
魔導甲蟲を呼びだした咎牙が、刃をその巨体へと向ける。
『譲一郎、何を考えている?』
右目のナラカがそれをとがめるが、聞く耳を持たず腕を高々と掲げていく。
『止せ! 今それをすれば……おい貴様ら、譲一郎を止めろ!』
ナラカが律たちに叫ぶ。その声にただならぬ状況を察し、咎牙に近づこうとした刹那、刃が一閃、魔導甲蟲をバラバラに切り裂く。
「何? わざわざ召喚した魔導獣を……っ!?」
疑問を浮かべた透の表情が凍りつく。切り裂かれた魔導甲蟲の欠片が咎牙の身体に鎧のように張り付いていった。
『魔導甲蟲は魔戒騎士のもう一つの鎧としても機能する。だが……』
ナラカの解説が、譲一郎の咆哮にかき消される。
「俺は……人間……ダ……」
ひとしきり吼えたのち、かすれた声で譲一郎が呟く。
「バケモノだと……そんなはずはない……俺は……オレハおれはOREハWAWAWA」
人間だ。
その一言を呟いた次の瞬間、甲蟲の鎧を纏った咎牙が猛烈な拳の一撃を律に見舞った。
「ぐあっ!?」
目視できないスピードで、巨大な拳が腹に直撃し、ソウルメタルの鎧を軋ませる。
「鬼塚!」
吹き飛ばされる律の身体を、斬が寸でで受けとめた。
「おいおい……なんか様子が変だぜ」
「まさか……あの魔導甲蟲の中……」
そのまさかだ。とナラカが呟く。
『この魔導甲蟲の中には、譲一郎が管轄を離れ今に至るまでに狩った、全てのホラーが取り込まれている……』
いわばあのソウルメタルの下は、ホラーの温床である。
それを纏った譲一郎の、咎牙の鎧が、紅く黒く染まる。
「……冗談だろう」
大気を振るわせる咆哮の中、斬が呆然と呟いた。
-つづく-
ラスボス降臨。
魔導甲蟲、劇中でデザインを示唆してはいませんが、カブトムシ型のゴウラムみたいなもんだとおもっていただければ。大きさもーちょいでかいですが。
甲蟲を鎧にして纏うのはガイバー・ギガンティックが元ネタですかねぇ。
一方、人にありながら人ならざる魂と化した譲一郎を糾弾する律のセリフの下敷きは「破壊魔定光」の<「流刑体定光」編>におけるサダミツのセリフから。ちょっと違う気もしますが、本質はアレをイメージしております。
流刑体定光みたいなド外道キャラってのも一度書いてみたいもんです。
90秒前後を、狼を象った鎧が数体組み合い、切り結び、叩きつけ、かわす。
制限時間ギリギリで鎧を脱ぎ、紅牙たちは身体を休めていた仲間と交代し、肩で大きく息をした。
「はぁっ……はぁっ」
「ここまで鎧の着脱を繰り返したのは久しぶりだぜ……」
僚友の呟きに、ああと頷き、荒々しく剣を振るう咎牙を一瞥する。
「しかし、条件は俺たちより不利だっていうのに……どんだけタフなんだよあいつは」
魔戒騎士たちが纏う鎧には、時間制限こそあれど、装着回数に限度は存在しない。
しかし、ただでさえ強力な力を引き出す鎧を、短時間に何度も装着をすることは、心身の著しい消耗につながり、まず多用されることはない。
事実、戦いを続ける6人の疲労はピークに達しようとしていたのだが、大して咎牙……譲一郎にその兆候はなく、むしろ戦うたびに生命力があふれ出ているようにも思えた。
「あーいうのを、水を得た魚っつんだな」
『それもあろうが、伊達にお前さんらの大先輩はやっておらんということじゃろう。鍛え方が違うわい』
紅牙の相棒が、重々しく呟いた。
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一進一退の鍔迫り合いが続く中、律がふと思い立った疑問をぶつけてみた。
「梧藤! なぜお前は鎧を返す? 俺たちを本気で倒すつもりなら……いや、そもそも戦うためだけの生き方をするなら、心滅するなり、その果てに暗黒騎士になることだってできただろう!?」
突然の問いかけに、ともに戦っていた斬とあかねが足を止める。譲一郎は一度鎧を返すと、僅かな沈黙の後、口を開いた。
「簡単なことだ。心滅にしろ、暗黒に堕ちるも、それは俺が俺でなくなるということ」
俺は俺のまま、我があるままに力を振るい、戦う。
そう言い放ち、譲一郎が再び鎧を纏い飛び掛った。
「“我戦う、故に我あり”ってところか」
「言いたいことはわからないでもない……でも」
斬とあかねが言葉を交わし、頷く。
「自分の意思で、戦いだけを望む……俺はそんな魔戒騎士を……いや、“人間”を認めない!」
律の声が、凛と響く。振り下ろされた咎牙の剣を金剛棍で受け止め、振りほどいた律が、咎牙の錆びた瞳をにらみつけた。
「お前は、ホラーとなんら変わらない!」
言い放つ一言が、譲一郎の動きを止めた。ギロリ、と鎧の瞳が充血するように紅く染まる。
「……俺が、ホラーだと? バケモノだと?」
律の言葉が琴線に触れたのか、声が掠れる。
「そう言った」
違うとは言わせない。と、律が頑なに突きつける。咎牙の肩が小刻みに震えるのがわかった。
「……俺は、人間だ!」
激昂のままに剣を振り下ろす。足元の地面が砕け、その裂け目からソウルメタルの装甲に身を包んだ巨大な虫が姿を現した。
「なっ、ありゃ<魔導甲蟲>か!?」
「何だそれは?」
聞きなれない単語が紅牙の口から漏れ、斬が尋ねる。
『魔導獣の一種じゃよ。魔導馬などと同じように騎士のパートナーとして生み出されたものじゃが、少々特殊での』
「かつて、魔戒騎士が長期にわたる遠征に臨むことが多かった頃、封印の像の変わりに武器の浄化をさせたのがアレさ」
相棒とともに解説する紅牙が「俺も見るのは初めてだがな」と呟く。
『番犬所という概念ができてから、使われることもなくなったからの。浄化こそ出来るが、短剣に封印することまでは出来んからな』
魔導甲蟲を呼びだした咎牙が、刃をその巨体へと向ける。
『譲一郎、何を考えている?』
右目のナラカがそれをとがめるが、聞く耳を持たず腕を高々と掲げていく。
『止せ! 今それをすれば……おい貴様ら、譲一郎を止めろ!』
ナラカが律たちに叫ぶ。その声にただならぬ状況を察し、咎牙に近づこうとした刹那、刃が一閃、魔導甲蟲をバラバラに切り裂く。
「何? わざわざ召喚した魔導獣を……っ!?」
疑問を浮かべた透の表情が凍りつく。切り裂かれた魔導甲蟲の欠片が咎牙の身体に鎧のように張り付いていった。
『魔導甲蟲は魔戒騎士のもう一つの鎧としても機能する。だが……』
ナラカの解説が、譲一郎の咆哮にかき消される。
「俺は……人間……ダ……」
ひとしきり吼えたのち、かすれた声で譲一郎が呟く。
「バケモノだと……そんなはずはない……俺は……オレハおれはOREハWAWAWA」
人間だ。
その一言を呟いた次の瞬間、甲蟲の鎧を纏った咎牙が猛烈な拳の一撃を律に見舞った。
「ぐあっ!?」
目視できないスピードで、巨大な拳が腹に直撃し、ソウルメタルの鎧を軋ませる。
「鬼塚!」
吹き飛ばされる律の身体を、斬が寸でで受けとめた。
「おいおい……なんか様子が変だぜ」
「まさか……あの魔導甲蟲の中……」
そのまさかだ。とナラカが呟く。
『この魔導甲蟲の中には、譲一郎が管轄を離れ今に至るまでに狩った、全てのホラーが取り込まれている……』
いわばあのソウルメタルの下は、ホラーの温床である。
それを纏った譲一郎の、咎牙の鎧が、紅く黒く染まる。
「……冗談だろう」
大気を振るわせる咆哮の中、斬が呆然と呟いた。
-つづく-
ラスボス降臨。
魔導甲蟲、劇中でデザインを示唆してはいませんが、カブトムシ型のゴウラムみたいなもんだとおもっていただければ。大きさもーちょいでかいですが。
甲蟲を鎧にして纏うのはガイバー・ギガンティックが元ネタですかねぇ。
一方、人にありながら人ならざる魂と化した譲一郎を糾弾する律のセリフの下敷きは「破壊魔定光」の<「流刑体定光」編>におけるサダミツのセリフから。ちょっと違う気もしますが、本質はアレをイメージしております。
流刑体定光みたいなド外道キャラってのも一度書いてみたいもんです。
※初出:2012年2月27日・mixi日記