騎士たちが南の管轄に集結し、一夜が明けた。
紅牙の提案に乗り、ローラー作戦を以って咎牙を追跡することにした彼らは、早速ペアを組み、管轄の南と北から作戦を開始した。
「そっちはどうだった?」
「特に異常は無かったな。周囲に気を配っても見たが、付近のゲートが消えた気配も無い」
北側から動くのは斬と透のペアだ。昨日管轄内をともに歩いたこともあってか、管轄は違うものの、透のフットワークは軽快であった。
「動く気が失せたのか、それとも……機を待ってるのか」
「機を?」
ああ、と透が頷く。
「より強いホラーをね。緑青騎士の望みは、強い敵との戦いだろう?」
「だが、それだって俺たちがゲートを潰せば出てこないぞ?」
聞いたことは無いか? と透が前置きし、口を開く。
「複数のゲートを潰した後、ひとつだけゲートが残っていた場合。より純度の高い陰我がそのゲートに集約され―――結果、そこから現出するホラーは強くなる」
「本当か?」
「……ま、旧い魔戒騎士の間で流れた噂だけどね」
だが、その旧い魔戒騎士の類である咎牙なら、その噂を知っている可能性がある。ひょっとしたら、実際に試したこともあるのかもしれない。
「もしその噂通りに咎牙がそれを待っているのだとしたら、ゲートが最後のひとつになった時に……」
「動き出す可能性はある、か……」
無論、噂の真偽を知らない斬たちにとっては賭けだ。しかし、ひとつの手ではある。
「今回の作戦が空振ったら提案してみるかな」
「そうだな……ん?」
ふと隣をすれ違った人影に違和感を感じ、斬が振り返る。
「どうした、斬?」
「いや……今、冴島が……」
「鋼牙?」
透も振り返るが、雑踏の中に彼の白いコート姿を見つけることは叶わなかった。
「……気のせいじゃないか?」
「そうかな……。そう言えば、あいつは今何をしてるんだ? 今回の任務に派遣されなかったってことは、別の任務で?」
「いや、それが僕も詳しいことは知らないんだ。極秘の任務で管轄を出ているってことは、ゴンザさんから聞いたんだけどね」
黄金騎士、それも<牙狼>が出張るのなら、かなり厄介な類の任務だろう。斬は低く唸った。
*
「番犬所の記録によれば、<咎牙>が系譜から離れたのは20年以上も前のことらしいな」
「20年もホラーを狩るだけの生き方か……なんと言うか、壮絶だな」
一方、南側から進行していくのは紅牙と律の二人だ。
「そういう生き方ってのは、なんというか磨り減っちまいそうだが……俺たちも一歩間違えば、そいつと同じようになったりするのかもな」
厭な物を絞り出すかのように、紅牙が魔導火の色が混じった煙草の煙を吐く。
「だが俺たちは違う。……そうだろう紅牙?」
「まぁ、な」
魔戒騎士を魔戒騎士たらしめているのは<守りし者>としての気概だ。人々をホラーの脅威から守ることはもとより、たった一人でも良い、全存在にかけて護りたい人が居れば、魔戒騎士は決して墜ちることなど無いのだ。
「俺は……」
呟きながら、律の口元が笑みを浮かべる。誰を想像したのか手に取るように分かる。紅牙とシヴァ、そしてカルマがそろって「やれやれ」とため息をついた。
「そういや、緋奈が安心してたぜ。『元気になって何よりです』ってな」
「そうか……! あ、いや。緋奈さんの献身的な看病のおかげだ。これで元気にならないわけが無いだろうっ。うむ、良妻賢母というのは、彼女のためにある言葉だ」
無論、彼女は未だ独身なのだが。
「……知らぬが仏っつーか、ホント緋奈のヤツも罪作りだなァ」
『……真実を知らせたほうが良いのではないか、紅牙よ』
「俺にゃムリだ。そのうち緋奈からでも紹介させるさ……アイツをな」
ぐっ、と握りこぶしをつくりまぶたの裏に浮かぶ少女に想いを馳せる僚友を、指で軽く小突いて促し、紅牙と律は<騎士>の職分を再開した。
-つづく-
劇中で斬がすれ違ったのは実は鋼牙本人。
「妖赤の罠」7話中に於いて彼が南の管轄に出張っているときのことです。もっとも、この時点では変化の秘薬を使って「椿フブキ」になっているので仮に顔を合わせていたとしても斬は気づく由もないと思いますが。
ちなみに、シーン3でヴィスタが感じた気配というのが、7話に登場したハルが現出した時のものだったり。
ところで、透が言っていた「噂」ですが、あくまで二次創作です。探さないように(ぇ
※初出:2010年10月18日・mixi日記