炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

【SS】水瀬伊織バースデー記念ッ【書いたの】

「…分かってくれよ、アイドルにGWなんか無いってコトは、今更だけど良く分かってるだろう?」
 プロデューサーの情けない声が私の耳に届く。私は傍目にでも分かるくらいに全力でふくれっ面をしてこう答えた。
「分かってるわよっ、それくらい」




「でも、なにも今日って日に仕事入れなくてもいいじゃない……」
 小さく呟くと、プロデューサーは申し訳無さそうにうつむいた。




  Iori's Birthday Short Story
  Please defend me.




 5月5日…私の誕生日。

 去年までは自宅で友達をいっぱい呼んで盛大なパーティをしてたの。だから今年も…って思ってたのに。
 アイドルになってから始めての誕生日じゃない? やりたいこと、いっぱいあったんだからっ。
「なるべく早めに終われるようにはするから、機嫌直してよ伊織…」
「そーいう問題じゃないのっ!」
 ほんっと、私のこと全然わかってないんだから、このバカプロデューサー。
 まったくもう、人の気も知らないで。ご機嫌取りしてればいいとでも思ってるのかしら?
「『C@NDY☆』さ~ん、そろそろスタンバイお願いしまーす!」
 あら、お呼びがかかったわね。お仕事モードに切り替えないと☆
「あ、は~い♪」
 100万ドルの笑顔で愛想を振りまいて、私はステージに向った。
「じゃ、行ってくるわね、プロデューサー」
 去り際にちょっとトゲつきの言葉だけ残して。


  * * *


「お疲れ様、伊織」
「ホントに疲れたわよ、まったくもぉ…」
 結局スケジュールが押しに押して、事務所に戻ったのは夜もとっぷりと更けたころ。
 あーあ、結局何もなしに終わっちゃったわね。私の誕生日。
 そりゃ、イベントとかで誕生日の話題が全く無かったってワケじゃないけど。…それとこれとは別だもの。
「社長への報告、終わったんでしょ? じゃ、私帰るわね」
「あーっと、ちょっと待って」
 事務所を出ようとする私を、不意にプロデューサーが呼び止めた。
「?」
 私が振り返ると、プロデューサーは自分の机の引き出しから何かを取り出していた。

「誕生日、おめでとう」

 その言葉といっしょに、細長いプレゼントの包みが私に手渡された。
 これ…プレゼント?
「知ってたの?私の誕生日…」
 そう言うと、プロデューサーは得意げな顔を見せた。それが少しだけかっこよくて、ちょっとだけ…ほんとにちょっとだけ、ドキっとする。
「仮にも君の担当プロデューサーだよ僕は…。だから、本当はスケジュール調整してでも今日をオフにしてあげたかったんだけど…ごめん、僕が不甲斐ないばっかりに…」
 プロデューサーが頭を下げる。
「…いいわよ、もう」
 今まで抱えてた不満とか、どうでも良くなっちゃった。
「どうせ休みでも、パパや兄さんは忙しくて、私の誕生日なんて忘れてるだろうし。…あんたに祝ってもらっただけでも、その…嬉しい…から」
 顔が赤くなってるのが自分でも分かる。なんか悔しい。
「ね、開けてみてもいい?」
「どうぞどうぞ」

 縦長のカートン・ボックスを開く。中には細いチェーンと、深緑色の石がはめこまれたペンダントヘッドが入っていた。
「…わぁ」
 不思議な波模様を見つめているうちに、吸い込まれそうな錯覚を覚える。それくらい、神秘的な感じがした。
マラカイト。和名だと…孔雀石だね。悪意とか嫉妬とかから身を守るパワーストーンなんだって。そして、5月5日の誕生石」
 プロデューサーの薀蓄も上の空で、私はマラカイトに見入る。
「石言葉は…たしか『護身』だったかな? お守り、ってことで。…宝石じゃなくって鉱物だから、安物で申し訳ないけどさ」
「そ、そんなことない!…わよ」
 思わずそんな言葉が口をついて出た。
 だけど、その言葉が示す意味は、その感情は、本当のこと。
 だから、私はまた浮かんだ言葉をそのまま伝えた。
「…でも、やっぱり足りない」
「え?」
 きょとんとなるプロデューサー。私はまだ言葉を続ける。
「お守り。これだけじゃ、足りないわよ。
 あんたも…。あんたも、一緒に…私のこと、守ってよ」
「伊織…」
 プロデューサーが私の名前を呟く。わたしははっとなって、今まで口にした言葉を整理して…とても恥ずかしくなった。
「そ、それよりっ!」
 照れ隠しみたいに、私は手にしたペンダントをプロデューサーに突きつける。
「着けてくれない?」
「あ、あぁ…うん」
 プロデューサーにペンダントを手渡すと。私は彼の前にすっと近づく。
 それが自然なことに思えた。
「何で前向いてる?」
「?」
 プロデューサーは咳払いを一つして、腰を屈める。伸ばした腕が私の顔の横を過ぎ、首の後ろで交差していく。
 顔が近づいて、一瞬目が合って、私は慌てて目をそらした。
「ん…と。これで、いいかな」
 ペンダントヘッドがプロデューサーの手を伝って私の胸元に納まる。緑色の柔らかい光が、暖かく感じた。
「どう、似合う?」
「ああ、バッチリだ」
「まぁ、とーぜんだけど。にひひっ♪」
 くるっと回って、ファッションモデルみたいに気取ってみる。私はプロデューサーに近づいて、そっと耳元でこう囁いた。

「…ありがと、プロデューサー」


 今日は人生で最悪の誕生日だと思ったけど。


 …違ったわ。最高の誕生日だったもの!



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 あとがき

 去年書いた伊織の誕生日SSをベースに、今回は彼女の視点から展開。
 前回、春香の誕生日SSを春香視点で書いて好評頂いたの調子に乗ったのはいいのだが…
 春香以上に難易度が高い(超滝汗
 何度か読み返しちゃいるけど…なるべく伊織っぽく書いたつもりだけど…

 ところで、前作の伊織SSを読み返してるときに気付いたけど、仮にもトップアイドルなんだから、誕生日にサプライズイベントの一つや二つあってしかるべきだよなァ…。


 まぁ、いいか(ぉぃ