炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

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 ―――納得いきませんわっ!
 ―――貴方がどういう経緯で推理小説を書かなくなったかなんて存じませんが、あれだけのものが書ける腕をなまらせておくなんてなんて勿体無いですわ!

 ―――この私、雪白小姫の名にかけて。かならず貴方に推理小説を書かせてみせますから覚悟なさいっ!!!


「…やれやれ」
 郁人は大きく伸びをしたついでに溜息をついた。
 耳の奥に、昨日の闖入者の最後の叫びがまだ残っている。
 聴き心地のいい声なのに、セリフのおかげで台無しだ。

「…推理小説、か…」
 闖入者…小姫と言ったか…の手にしていたのは確かに郁人のデビュー作であった。
 しかし、あれ以来推理小説の為に筆は取っていない。
 舞い込んで来る仕事も殆どが若者向けのライトノベルやアニメやゲームなどのノベライズだ。
 昔はミステリー好きで、ずっと推理小説書いて食っていけたら、なんて思っていたのだが…
「ま、所詮夢は夢…ってことさ」
 脳裏にちらつく過去の記憶を振り払い、自らに言い聞かせるように呟いた。

 そう言えば…
 闖入者で思い出した。

 大声を張り上げて仕事場を引っ掻き回したちびっ子お嬢様。
 あの少女の出現がいい気分転換になった。
 おかげで執筆が滞っていた次号分の「チャイナタウンへようこそ!」も無事入稿できたのだ。

「…今度あったら、礼ぐらい言っておくか」
 もっとも、突然礼を言われたところで、彼女はきょとんとするどころか

  “そんなことはいいですから早く推理小説を書いていただけませんこと!?”

 …と言い返してきそうだが。
 容易にそのシーンが想像できて、郁人はくすっと笑みを漏らした。


   ピンポーン


 淹れたてのコーヒーに口をつけようとしたとたん、呼び鈴が鳴った。
「…誰だ?」
 普段、郁人の部屋に来客はほとんどない。雑誌の担当者でさえ月に一度来るかどうかである。
 そんな自室の呼び鈴が2日連続で鳴った。
「……」
 妙に嫌な予感が脳裏をよぎる。
 居留守を決め込もうとした郁人だったが、ドアの鍵を閉めるのを忘れていることに今気付いた。

ごきげんよう、郁人」
「…げ」
 昨日の嵐の元凶が再び現れた。

   *

「げ、とは何ですの。来客に対して少々失礼では御座いませんこと、郁人?」
「勝手に上がりこんできて何言ってる。…っつーかいきなり呼び捨てにするな」
 郁人の抗議を華麗にスルーして、小姫がずいっと封筒を突きつける。
「…なんだ?」
「招待状、ですわ。私の親友の誕生日パーティが来週末に開かれますの」
 封を解く。大量に刷られたであろう、ありきたりな招待の文章が整然と並んでいた。
「…断る」
 招待状を封筒に戻してピン、と弾く。綺麗な放物線を描き、封筒はくずかごに吸い込まれた。
「ちょ…何をなさいますの!」
 封筒を拾い上げ、再び郁人に突きつける小姫。郁人は肩をすくめて受け取りを拒否する。
「悪いがそう言うのは好きじゃない。どういう酔狂で俺を招待したかは知らんが、俺なんぞより名の知れた作家はごまんといる。他を当たるんだな」

  しっ、しっ

 犬を追い払うように手を振る郁人に、一瞬カチンとなる小姫だったが、ここで引き下がるわけには行かない。
 親友の願いを叶えたい…というのも勿論だが、少しでも郁人の傍にいて、推理小説を書くように仕向ける、という算段もそこにあった。
 そのために…
 小姫はとっておきの一言を用意しておいた。

「…その子、貴方の大ファンなんですの」
 郁人の動きが止まる。
「そりゃあ、数あるファンの1人だけを贔屓するのはいけない
のかもしれませんわ。…でも、ファンサービス、というのも大事だと思いませんこと?」

「……っ」
 溜息をついて、郁人は招待状を小姫から奪い取った。

「パーティに着ていく服なんかないぞ」
「ご心配には及びませんわ。こちらでご用意させていただきま
すので」
「…そりゃどうも」


 …痛いところを突いてきやがる。
 心の中で、そう呟いた。


  -つづく-


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 長らくお待たせしまして(汗
 いよいよ次回から今回の事件の舞台へと移るわけですよ。

 果たして何が起こるのか…乞御期待ってことでひとつ。


 ちなみに、郁人のイメージボイスは小西克幸氏、小姫は青山ゆかり女史だったり。

 ちょっと気だるい感じのカミナ兄貴とおバカじゃなくなった獅堂彩音FESTA!!)といった感じですね~。


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 ↑web拍手です。今後ともどうぞよしなに。