炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

File:1/Scene:5

「着きましたわよ」
 生まれて初めて乗ったリムジンがゆっくりと停まった。ドレス姿の小姫が流れるような動作で降りていく。それに続いて郁人も降りた。
「…むぅ」
 眼前にしっかりとしたつくりの洋館が立ちはだかる。決して大きくはないが、綿密な造りに匠の技術を感じる。相当資金をつぎ込んだであろうことがうかがえた。
「参りますわよ。くれぐれも粗相の無いよう、お願いいたしますわね、郁人」
「だから呼び捨てにするな」
 憮然と呟く郁人を尻目に、小姫はさっさと洋館に入っていく。その一挙一動全てが違和感なく見え、郁人は小さく溜息をついた。
「…やれやれ、どうやら本物のお嬢様のようだな」

「…七尾様」
「っと! …なんでしょう、加々美…さん?」
 不意に背後から声をかけられ、郁人が驚いて振り向いた。
「私はこれより所用でこの場を離れなければなりません。私のいない間、小姫様のことを何卒よろしく、お願い致します」
 深々と頭を垂れる同い年くらいの執事に、郁人は慌てて頷いた。
「あ、ああ…それくらいなら。…せいぜい悪さしないように見張っておきますよ」
 おどけて言ってみせると、加々美のきりっとした表情が少しだけ和らいだ。
「信頼させてもらってよろしいですか?」
「まぁ、ね」
 その言葉に加々美は頷き、「では」と一礼してリムジンに乗り、去っていった。

  *

 合流した小姫に加々美が所用で去ったことを伝え、パーティ会場へと足を運ぶ。
「あ、小姫ちゃーん!」
 丸っこい声に小姫が振り向くと、ドレス姿の主役がとてとてと駆け寄ってきていた。
ごきげんよう、梢。今日はお招きいただき、感謝いたしますわ」
 ひらりと会釈する様は、流石に良い育ち方をしているだけある。
「いえいえ。こっちこそ小姫ちゃんが来てくれて嬉しいよ♪ …ところで、隣の人ってもしかして…?」
 目をキラキラさせながら問う梢に、小姫が郁人を紹介する。
「えっ、えとえとえとっ…はじめましてっ! 瀧田梢って言います! 七尾先生の大ファンなんです!! それから、ええと、ええとと…」
 憧れの人物との遭遇が、梢の思考をかき回す。彼女にとってはどんな社交界の重鎮よりも嬉しい来賓だろう。
「…これ」
 郁人がそんな梢に小さな包みを差し出す。
「はひっ!?」
「…いや、誕生日プレゼント」
 梢の顔が真っ赤に染まる。来てもらえただけでも嬉しいのに、これは完全に想定外だったようだ。
「あっ、あり、ありがとうございますっ! あの…開けちゃってもいいですか?」
 頷く郁人を見て瞬時に包みを解く。その中身は、一冊の文庫本だった。
「これって…?」
「あぁ、『チャイナタウンへようこそ!』の最新巻だ。本当は来月に発売なんだけど、プレゼントに一冊貰って来たんだ」
「か…感激です~! 家宝にしちゃいますねこれ!!」
 大げさながら、喜ばれて悪い気はしない。
 郁人が口元を緩めた。

「…なんだ。招待客ではない者が紛れ込んでおるな」
 低く重い声に、和んだ雰囲気が押しつぶされる。
「お、おじいちゃん…」
 声の主に、梢が声をかける。階段の手すりに寄りかかり、老人が訝しげな視線を郁人に向けていた。
「ふむ…雪白財閥の令嬢がご一緒か。執事にしては礼儀を知らんように見えるがな」
 スーツ姿の郁人を一瞥し、梢の祖父だという老人が吐き捨てるように言った。
「違うのおじいちゃん! 私が招待したの。ちゃんとしたお客様よ」
 慌ててフォローする梢。
「フ…ン。どういう知り合いか知らんが、ワシの財産目当てで孫娘に近づいてもムダだぞ。ワシの財産はワシだけのものだ。誰にも渡すつもりは無い…!」
「おじいちゃん!」
 憮然とした表情で、老人は踵を返して奥へ引っ込んでいった。

「…誰だ? あの爺さん」
 郁人が小声で尋ねる。
「梢のお祖父様で瀧田重工の会長、瀧田順平様ですわ。彼の代で、瀧田重工は急成長を遂げ、今の瀧田家がありますの」
「なるほど、歴史の立役者…ってところか」
 重々しい扉…恐らくは彼の自室であろう…に引っ込んだ老人の顔を思い出す。かなりの高齢のはずだが、その眼力は未だ現役でも通じるであろうモノを持っていた。
「…ごめんなさい七尾先生。ヤな気持ちにさせてしまいました」
 梢が、ぺこりと頭を下げた。
「…いや、キミが気にする事じゃない」
「そうですわ。郁人が礼儀知らずなのは元々ですもの」
「フォローになってねえ」
 郁人のツッコミに、梢は少しだけ笑って、しかしまた目を伏せる。
「…昔は、やさしいおじいちゃんだったんですけど…」
 梢が、昔を懐かしむように目を細めた。

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「一番最初の読者ちゃん」に誤字を突っ込まれましたから修正したんですが、実はそれ以外にあったりして。
でも教えなーい(ぉ

 なんか人に嫌悪感を与えるキャラクターって書くの苦手だ…
 必要なんだけどね。

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キャラクターファイル・Part3

加々美 恭一 Kyoichi Kagami
…小姫の専属執事。郁人と同世代ながら落ち着いた物腰と研ぎ澄まされた礼儀の持ち主。
少々(?)ワガママが過ぎる小姫に悩まされながらも、彼女に仕え、守ることを第一としている。

※名前の元ネタはもちろん「魔法の鏡」から。
 若い執事って、なんかいいよね?(謎発言


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