炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

Chapter:1/Scene:1

 その日は目覚ましがなる前に目が覚めた。
 目覚ましのアラームの変わりに、別の音…というか声に起こされたのだ。
「…何ぃ?」
 寝起きでボーっとする頭を軽く揺さぶりながら、上体を起こす。
 妹が寝惚けてまた私の部屋にもぐりこんでいるのだろうか?
 あの年齢の割に妙にしっかりしすぎるきらいのある妹は、時々こういう抜けたことをやらかす。
 それとも姉が?
 二十歳も過ぎ、そろそろ浮いた話のひとつやふたつ…と思いきやぜんぜんさっぱりな姉は、大人びているくせにいたずら好きで、時々ベッドの下に潜んでフライパンをお玉で思いっきりぶっ叩いて起こそうとする。
 毎回自分でその音に目を回しているのだが。

 しかし今日は。今日に限ってはそのどちらでもなかった。
「んっ…ぐむぅ…。がぁっ」
 自分が寝ているベッドから少し離れた床に、見慣れない男が転がっていた。
 時折漏れる声に、自分は起こされたようだ。
「…な、何なの、一体…!?」
 一気に眠気も吹き飛び、目を点にする。少なくとも、昨夜寝る前には居なかったはずだ。
「……」
 おそるおそる近づく。歳は自分と同じか、ちょっと上くらいだろうか。ファンタジー小説かRPGの登場人物みたいな軽装の甲冑のような装束を着込み、その横にはその男の身長くらいの長さの大剣が静かに横たわっている。
 無造作に伸ばしたであろう長髪は男のそれとは思えないほどきめ細やかで、不覚にも一瞬嫉妬を覚えてしまうほどだ。
「…って、それどころじゃない!」
 さっきから男…年齢的には少年か…の息は荒いままだ。よく見ると刃物か何かで切りつけられたのか、装束のいたるところがさけ、その下から血を滲ませた傷口がのぞく。
「ちょ…あなた大丈夫!?」
 揺り動かすわけにもいかず、頬をかるく叩く。額に手をやると、まるでふかしたてのサツマイモを持ったときのように熱かった。
「つっ…なんて熱!」
 熱いのは額だけではなかった。
 いつしか全身が熱を持ち始め、体温とは思えないほどの熱気が自分のほうにも伝わってくる。
「…何が…起こってるの…?」
 と、さらに眼前で信じられないことが起こった。
 さっきまでぱっくりと開いていた傷口から血が引いた。と思った矢先にあっさりとふさがっていく。
 見る間に全身の傷が癒え、気がつくと熱気も収まっていた。
「…すー」
 ふと少年の顔を見ると、今まで苦しんでいたのが嘘のように穏やかな寝息を立てている。歳には不相応の無邪気極まりない寝顔で。
「あれ…」
 ふと、そのあどけない寝顔にちょっとした寄視感を憶える。

 私は…この人を知っている??

「あなたは…誰?」


 と、少年がうっすらと目を開いた。
「あ…気がついた?」
 少年は焦点の定まらない瞳で少女を見る。やがて、かっと目を見開くと、うまく動かない唇をわななかせて言葉を紡いだ。
「…ぅ、ょ…」
「?」
「王女!!!」
 不意に大声で叫び、少年は少女に抱きついた。
「ふぇ? ちょ、ちょっとぉ!?」
「王女…ご無事で…よかった……」
 慌てふためく少女の様子に気付くことなく、少年は少女を抱きしめる。
「…ンのぉ…」
「?」
 一瞬、空気が冷えた感覚を覚え、少年は身を固める。
 が、遅かった。

「ドスケベぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 早朝、いまだ眠りが支配する街中に、少女の怒声がこだました。



 -つづく-