なんとか強敵を撃破したものの、全員そこで精魂尽きてしまい、その日の探索はそこまでとなった。
そして翌日である。
「なあアノン、さっきっからアンタのまわりを飛び回ってるその羽虫なんなん?」
日替わりの朝定食を食べている俺に、起き抜けらしいキリクが訊ねてくる。
「知らん。つか、朝からずっと纏わりつかれてる」
ええいうっとおしい!とはたこうとする手を、チュッケの水キセルが止めた。
「ダメだヨ~。この子はとっても大切な虫なんだからネ!」
「虫がぁ?」
チュッケに曰く、この羽虫は「地図の虫」というものらしい。竜王の塔が、オレたちのことを認めてくれた証、というのだが…
「あの塔にはちょっとした魔法がかけられていてネ。塔が許した者でなければ、地図を記すことができないんダ。でも、その虫は塔に愛された存在だからネ。そばにいれば、地図を残すことができるって寸法サ」
チュッケに言われて、地図を記した羊皮紙を広げる。そういえば、こっちに戻ってすぐ書き残してた地図が消えて全員絶句したもんだが…
「地図が戻ってる!」
「いや、それだけじゃねえ。歩きはしたが書き切れてなかった場所まで地図が埋まってやがるぜ」
なるほど確かに地図の虫だ。邪険にして悪かったな。
と、件の虫がついっと上昇し、オレの頭の上に止まった。
「ブヒブヒ、ブー。アノンのコト、気に入ったみたいだね」
「えーっ、なんでだよ!ウチの隊のリーダーはアタシだぞ!?」
マジかよ初耳だぞ。
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キリクが起きてきたことで全員揃い…一番早起きだったのは意外にもウールだった…次の探索に向けてのミーティングを行う。
「とにかく手っ取り早く突っ込んで魔王をぶっ飛ばす!速攻こそ正義!」
「脳筋は黙っとれ…倒したとはいえ、昨日のボスゴブリンとの戦闘はかなりギリギリのラインだったんだぞ?」
「むぐ…」
はい、と手を上げるナナシを指名する。なんか授業みてーだな…
「奴の断末魔がハッタリでなければ、同じかそれ以上の強さの敵があと2体はいると思う。わたしたち自体がもっと強くならないといけない」
「そうなると~。レベルアップと装備の充実が急務、ですわね~」
ディーネが続き、その意見にナナシがコクコクと頷く。
実際、オレたちの装備はお世辞にも良い物とは言えない。勇者だともてはやされてる割には、支給されてるのは硬い木剣に木刀、安物の服だ。木製の手裏剣やら銃やらでどうやって魔物倒すってんだ…いや倒せてたわ。ナニコレすげえ…
いやいや、ろくでもねえ武器だってことに変わりはねえんだ。
「むにゃ…まものをー、たーおーしーたーらー、ぶきーてにーはいるーよー」
ウールの言うとおりだ。これまで戦ってきた魔物は、ご丁寧に宝箱を持っていた。その中に武器などが入っていたのを思い出す。
…とはいえ、現状オレら持ってるのとさして変わらないクオリティばっかりなんで概ね売り飛ばしてるが。
「あのボスゴブリンをぶっちめた先はまだ進んでねえんだろ?そこの魔物ならもーちょっとイイモノ持ってるかもな」
「ま、とりあえずそのへんだな。あとはレベルアップだが…」
昨日の探索で経験はたまっているはずだ。戦いの記録は肉体に蓄積され、オレたちが意識すればそれは糧となって身体能力の向上や新たな技能の習得を得られるのだ。
「それぞれ1段階の上昇か。まぁ上々だな」
「おーし、ガシガシ上げて、早いとこ魔王をぶっちめよーぜ!」
…まぁ、それについては同感だな。
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デミヘイムへと突入する。すでに書き記していた地図は虫とやらのお陰で強化されたらしく、オレたちが歩みを進めるたびに地図が勝手に埋まっていく。
「うむむ…この羽虫の力なのでござるか。なんと面妖な…」
相変わらずオレの頭の上に止まっている地図の虫をちょんちょんとつつくのはイヅナだ。ドのつくコミュ障ぶりも、戦場と認識しているらしい塔内では多少は鳴りを潜めるらしいが…近いなオイ。
「ちょっとイヅナ、前衛が後ろさがってんじゃないよ!」
「あ、す、すまぬキリクどの…」
その様子をみて、ディーネがクスクスと笑っていた。…なんだよ?
「ん~ん~。アオハルしてるわねぇ~って~」
…アオハルて。
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地図を埋めながら少しずつ進んでいくと、奇妙な動きをする魔物が視界に入った。
「なんだぁ、あれ?」
オレたちが進むたびに一歩後ずさるような…まるでオレたちを避けているかのようだ。
「魔物にも色々いる…戦いたくなくて逃げるやつとか」
ナナシの言になるほどと頷く。元々が獣のようなものだ。本能で恐怖を察知してるのかもしれない。
「まぁ、向こうから避けてくれんなら無理に追わなくてもいーだろ」
いずれ戦いが避けられなくなることもあるかもしれんが、その時はその時だ。
「…あら~?」
「どーうーしーたーのー、ディーネー?」
「あっちの魔物は~さっきからわたくしたちのこと~追いかけてません~?」
マジか?と警戒しながら一歩すすむ。と、明らかにオレたちを意識した動きを見せ、近づいてくる。
「こっちはこっちで好戦的な魔物ってことか。さて、どうすっかね…」
「向かってくんなら遠慮はいらねえ!片っ端からたたんでやろうぜ!」
キリクの言い分はどうかと思うが、とりあえずは賛成だ。追われる気分はあまりいいものではない。
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結構広い範囲で地図が埋まってきた。狭い通路をメインに進んで、扉の向こうを後回しにしてたから、今地図の空白に浮かんでいるのがそこそこ広い空間であることが推測できる。
「つまり…魔王のねどこ?」
「それか、昨日のボスのご同類だな」
さて、鬼がでるか鳥がでるか、はたまた魔王か…
扉を開けた瞬間、強烈な圧力が全身に襲い掛かる。こいつは…強いが魔王じゃねえ。
「イヒッ! アカブ ノ キョウダイ ヲ タオシタ ニンゲンダナ!? ユルサナイ…フクシュウ シテヤル!!!」
アカブというのは、おそらく昨日倒したボスゴブリンだろう。奴が断末魔に叫んだ名前に響きが似ている。ということは…ウカブかオカブのどっちかか。
「よーし、かかってくるってんなら相手に…」
「待ていっ!」
意気揚々と挑もうとするキリクの腕をひっつかむ。うお力強ぇ…
「なにすんだよ、バカアノン!」
「バカはおめーだ。昨日はうまくいったからいいが、次もうまくいくとは思わねえことだ」
何より、ここまでの探索で割と派手に暴れまわったせいか、体力も精神力もかなり消費しちまっている。何より回復薬の類も、回復魔法が使えるウールの魔力も尽きているのだ。何かあったときに対処しようがない。
「別にいいじゃんかよ。アタシらは女王様の加護で死んでも生き返るんだしさ」
「…それにあぐらをかくな」
「うっ…」
正面から見据えたキリクが、びくっと肩を震わせて視線を逸らす。
「女王の加護だってどこまで効くかオレたちにはわからん。いや、ずっとあるとしても俺たちの心には限界がある。心が折れちまったら…もう戦えねえ」
それはある意味、生きている以上に死んでいることだ。
「キリク、お前は勇者に…英雄になりてーんだったな。勇者ってのはそのものずばり、勇気ある者のことだ。だがお前のそれは、ただの蛮勇にすぎねえ」
「…っ」
「時には引くのも勇気ってもんだ。何より、今はお前だけで戦ってるんじゃねえ。オレや、ほかの仲間がいる。お前の目的のために協力し合ってる関係とはいえ、お前はこいつらを捨て駒にしてまで勇者ってのになりてえのか?」
「それは…」
「少なくともオレは、そんなやつを勇者とは呼びたくねえ」
オレがそう言うと、抵抗していたキリクの腕から力が抜けた。
「…ごめん。アタシが悪かった」
「わかりゃいい。とにかくここにボスがいるってのが分かっただけでも僥倖だ。いったん戻るぜ」
オレの提案に全員が頷いたのを確認して、デミヘイムを後にした。
-つづく-
地図の虫とか、ダンジョン内のあれやらこれやらについては、デクじいなるNPCがちょいちょい説明してくれるんですが、話が長くなりそうなので可能な限り端折ってます。
おかげで説明役がチュッケになるというw
今作では、敵が全部シンボルエンカウントなのは不便半分便利半分ってとこですね。経験値を好き勝手に稼ぎにくいけど、消耗してるときの脱出はしやすいし。
(まぁこの時点で帰還魔法に該当するアイテムが手に入ってますけどねw)
現状、キリクはよく動いてくれるんですがちょっと嫌な子になりそうでアレですね。アノンくんが年長者らしく(?)諭してくれていますが…
ハーレムラブコメをするなら、せめて第1階層は終わらせてからにしようかなと思ったけど…はてさてどうしましょ。