そういえばデミヘイムでも違和感のある壁の存在を思い出したので、ビスヘイムに行く前のウォームアップを兼ねておさらいに。
「ここにもあったんだな、隠し扉」
今まで遠目に見えてはいたが取りに行けなかった宝箱の確保もでき、さて戻ろうとしたところで別に宝箱も見つける。
「あれも取れないかな…?」
「うーむ…あそこに通じる道は無さそうだな。隠し扉も見当たらねえし…崖を飛び越せでもしねえと無理だろ。空が飛べる魔法でもありゃいけるかもしれねーが」
残念ながらそんな魔法はない。とはディーネの弁である。
「うーん…そういうー力をー持ったー秘宝のはなしー、前にー聖騎士様からーきいたーようなー?」
「そういえばウールどの。昨日も言っていたでござるが、その“聖騎士様”とは何者でござるか?」
流石に2週間近くも経てば、非戦闘時でも仲間との会話に支障をきたさなくなってきたイヅナである。
「聖騎士ージークさまー。妖精の国でー、いちばんー強いー勇者さまー」
勇者としてオレらが召喚されるより前に、塔に挑んでいたらしい。女王からの信頼も篤く、ウールの塔に関する知識もその人物によるものだという。
「でーもー、ある日ー、塔に出たままー…帰ってこなくなってー…」
女王はその生存を絶望視しているらしいが、妖精の国の住人はみな、帰ってくると信じているようだ。
「ホンモノの…勇者なんだな」
キリクがポツリとつぶやいた。
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再びビスヘイムに挑む。地図の虫を早々に引き込めたおかげで、探索自体はさほど難しくはない。この界層探索における呪いだか祝福だかには早々に到達してしまっているので、あとは新たに会得したスキルや、宝箱から手に入れた強い武具を慣らすのが優先になるだろう。
「ここにも隠し扉あるな…おりゃあっ!」
キリクの金棒が壁を打ち崩した先に、人影を見つけた。
「あら〜、他の勇者隊かしら〜?」
一応、秘宝の加護はオレたち以外の勇者連中にももたらされているらしく、ビスヘイム探索には、先日会ったミツテル率いる隊を含めた別の勇者隊も参加しているはずだ。
「一人みてーだな。仲間とはぐれたんかね?おーい…」
「待てキリク。どうするつもりだ?」
「決まってんだろ?困ってんなら助ける!勇者らしくな!」
さっきの聖騎士さまとやらの話を聞いて、思うところでもあったのだろうか。だが…
「待てって。お前忘れてんのか?仮に困ってるとしてもそいつらはお前やナナシたちを…」
「…だとしてもだよ」
その眼差しに、打算も同情もなく。
「おーい、どうした?迷子か?」
「いや迷子はねえだろ…」
人影に近づくキリクを呆れつつも追いかけると、果たしてその人影の正体は苦しそうに佇む一人の騎士のような出で立ちの男であった。
「ああ……うあ…‥うううぅぅぅ…‥」
一見するとオレらを含めた勇者隊より装備に年季が入っている。昨日今日塔に挑み始めた奴じゃあなさそうだが。
「なんだ、毒でも喰らったか?ちょっと待ってろ、うちの僧侶に…」
「…えっ、そのひとー…」
追いかけてきたウールが、騎士の顔を見て絶句する。知り合いか?
「キ、キミたちは…誰だ…?」
「アタシは百鬼族が族長・カーンの娘、キリクだ!あんたを助けに来た!」
…その自己紹介毎回やるのか?
「まさか…新しい勇者隊…なのか?」
「ん?おう!アタシたちはこの竜王の塔に巣食う魔王をぶっ飛ばすために集まった勇者・キリク隊だぜ!」
勇者隊だとキリクが名乗った途端、騎士の男の荒い息遣いが激しさを増した。
「うぐっ!うあああああああああっ!」
「ちょっ、おいどうした!?ウール、早いとこ回復を…!」
「キミたちを…傷つけたくない…早く‥ここを…離れるんだ…!」
キリクの腕を掴み、縋るように言葉を絞り出す騎士に、我らがリーダーはそっとその手をほどく。
「…心配してくれてんのか?ありがとな。でも、アタシたちは退けねーよ。塔の先、魔王を倒した先に目指すもんがあるんでな!」
その言葉を聞いた騎士の目が、絶望の闇に沈んだように見えた。こいつは一体…?
「どうして…僕の言葉を…聞いてくれないんだ…」
騎士がゆらりと立ち上がる。先程まで苦しがっていたのが嘘のように、その意識も、佇まいもはっきりとして。
「それならば…仕方ない…」
口から漏れた言葉に乗るのは、漆黒の殺意。さすがに気づいたキリクも、一足跳びにオレたちのそばに下がってきた。
騎士が古ぼけた兜を被った刹那、その殺気は一気に膨れ上がる!
「この<聖騎士ジーク>の手で…神の下へ送ってやるとしよう!」
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「そ、んな…聖騎士さまが…?」
いつもの口調を忘れてしまうほどに放心したウールをめがけ、聖騎士の魔法が襲いかかる。
「あっぶねえ!」
棒立ちのウールに突進を仕掛け、ともに倒れ込んだ俺の背中を、燐光を帯びた魔力の砲弾が掠めた。
「あ、アノン…くんー?」
「しっかりしろ、ウール!知り合いか何かしらねえが、少なくとも今、やつはオレらを殺す気でかかってきてんだ!呆けてたらやられちまうぞ!」
「あ、う、うん…ごめん…」
自分の顔を両の平手でぱしんと叩き、ウールの瞳に光が再び宿る。
「無理に戦う必要はねえ。オレらの回復に注力してくれ!」
「わかったー、まかせてー!」
ようやくいつもの雰囲気が戻ってきた。さて、相手はよくわからねえが一応人間の範疇か…剣による攻撃と光の魔法を使ってくる感じだな。
「ディーネ、まずは機動力を殺す!鈍足呪文を!」
「わかったわぁ~!」
ディーネの呪文と、オレの狙撃が、騎士の足を文字通り止める。
「キリクは大ぶりを狙うな。確実に当てていけ!イヅナとナナシもだ!」
「おうよ!」
「委細承知!」
「…ん」
イヅナの燕返しと、ナナシの暗撃で翻弄したところに、キリクが突撃して<確かな一撃>を叩き込んだ。
「くっ…伊達に勇者隊を名乗ってはいないか…ならば!」
騎士が盾を投げ捨てて、イヅナに連続斬りをしかける。
「ぐっ…!」
「遅い、そこっ!」
機を伺っていたナナシの居場所を的確に読み取り、光の魔法が撃ち込まれる。
「しまった…!?」
二人とも重傷とまでは行かないが、小さくないダメージを受ける。
「これぐらいならー、だいじょーぶー!」
ウールの祈りが、戦場全域を照らし…仲間全員の傷があっという間に癒えていった。
「ナイスだぜ、ウール!」
元気を取り戻したキリクが、金棒を騎士へ突きつける。
「おう、テメー…ジークっつったか?騎士だかなんだか知らねーが、アタシたちの邪魔をするってんなら…」
振り下ろした金棒が、騎士の剣と激突して…
「全力で折りたたんでやるから覚悟しなッ!!!」
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最後の一撃が兜を吹き飛ばし、かの聖騎士はついに膝をついた。
「僕は…まだ…死ねない…」
使命を果たすまでは。そう呻くように呟いて、聖騎士ジークは光となって消えていった。
「聖騎士…さま…」
戦いが終わり、緊張の解けたウールがぺたんと座り込む。あのときはどうにか活を入れられたが、ずっと慕っていたであろう人物が己に刃を向けたのだ。ショックを受けないほうがおかしい。
「…今日はここまでにするか」
決して弱い相手ではなかった聖騎士との戦いは、ウールだけでなくオレたちの体力も精神力もごっそり削っていった。これ以上の探索は自殺行為に等しいだろう。
キリクもオレの意図を汲めたのか小さく頷き、帰還魔法を封じ込めた水晶を起動するのだった。
−つづく−
思わぬボスキャラ登場に軽く焦りながら戦闘。聖騎士の存在はチュッケからも聞いてはいたんだけど、出てくるとしてももう少し先だと思ってたので。
成長限界まで育ってたおかげか、被ダメはザコ敵相手よりは大きくなく、どうにか8ターンほどでクリア。
これ魔王戦大丈夫かな…と思ったけど、評価Sは18ターン以内のようなのでなんとかなるかな?