「聖騎士ジークと会ったのですね」
塔から戻ったオレたちは、取り急ぎそこであったことを報告するべく城へと赴いた。
「彼は、みなさんと同じように外の世界から来た勇者のひとり…でした」
過去形で終わらせる言葉が、女王にとってジークの存在はなかったこと…あるいは過去のことだという認識なのだろう。闇の力とやらに魅了され、他の勇者や女王とも袂を分かった者は、もう勇者でも何でもない、ということか…
「…どう、して」
「…ウール?」
跪いて女王の言葉を聞いていた少女が、言の葉を漏らす。その語尾には、怒りと哀しみが混じっているように聞こえて。
「そんなに大事なこと、どうして今の今までわたしに黙ってたの!?」
立ち上がったウールの目には今にも溢れんばかりの涙が満ちて、しかし決してこぼれることなく堪えながら、女王を見据えていた。
「そ、それは…彼を慕っていた貴女に真実を告げるのは酷だと思って…」
「わたし、そんなに弱くないよ!」
「!」
ゆっくりと女王のもとに歩み寄っていくウールは、しかしそばに傅く衛兵に行く手を阻まれる。
「わたしはもう、タニアちゃんの後ろに隠れてばかりの弱虫ウールなんかじゃあないよ!?女王さまになった貴女と、同じ場所に居たいから…わたしは勇者になったの!」
「ウール…」
言葉を失う女王に、ウールはさらに言葉をぶつけようとして…ふと押し黙った。
女王の表情が、張り付いたような微笑みが崩れているのが、その場にいる誰の目にも明らかで…
「…謁見はここまでといたします」
踵を返す女王の姿を最後まで見ることなく、オレたちは衛兵に押し出されるように城を後にするのだった。
・
・
・
「そう、聖騎士様が… 女王様が言っていたことは本当だったんだネ」
信じたくなかったのにナ…とチュッケが重々しくため息をついた。やっぱりあんたも聞いてはいたんだな?
「まぁ、仮にも勇者ギルドを預かる身だしネ」
そう言って、ギルドの主人はぷぅ、と水タバコを燻らせる。
「あの方は、ボクが知る限り最も塔の最上に近い勇者だった。他の勇者や女王様、この国の住人みんなが慕ってる、本当の意味での勇者だったんだ。それは、あの子にとっても…特にあの子は、ヒトでも妖精でもないあの子をを分け隔てなく可愛がってくれた彼のことを特別慕っていたしネ」
オレはウールの過去は知らないし知る気もない。それでも彼女と女王のやり取りで、その仲は決して勇者と女王に留まらないものがあるのは理解した。
「あの子…勇者辞めちゃうかナ?」
そいつは困る。オレの目的を果たすためには、誰一人として欠かすわけにはいかないのだ。
・
・
・
「こんなとこにいたのか」
「アノン、くん…」
街はずれ。竜王の塔を間近に拝める花畑で、ウールはひとりうずくまっていた。
「チュッケの旦那から聞いたぜ。まだ晩飯食ってねえって…ほれ」
「わわっ」
オレが投げよこした白く丸い物体を、ウールは怪訝に見つめる。
「おにぎりってやつだ。ありあわせのもんで作ったから中身にゃ期待すんな」
「アノンくんが…作ったの?」
「…しゃあねーだろ、もう今日の食事全部片されちまってたんだからよ」
ウールはしばらくおにぎりとオレの顔を交互に見比べていたが、ややあって「いらない」と視線をそらした。
──きゅぅ…
「腹の虫は正直だな」
「あうぅ…」
「まあ食えよ」
こいつはオレの経験則ってやつだが…人間腹が減ると嫌な方にばっかり考えが向いちまう。腹が満たされるだけでも気の滅入りってのは存外変わるもんなのだ。
…良くも悪くも、だが。
「…はむっ」
ややあって、ウールはようやくおにぎりにかぶりついた。
「…すっぱぁ?」
「はっは、梅干し当たったな」
・
・
・
「おいしかったー。ごちそうーさまー」
「おう、おそまつさん」
「ピンク色したーあのプチプチしたのー?がおいしかったなー」
「明太子か。ありゃオレも好きな具だな」
5個くらい作ってたはずだが、気づけば全部ウールの腹の中に収まっていた。口調も元の間延びした感じに戻っているし、まぁどうにかいい方向に向いたようだ。
「…聞かないのー?」
ふと、ウールがたずねる。口調こそ元通りだったが、纏う空気は少しばかり湿っている気がした。
「…聞いて欲しいなら聞く。言うつもりがないならいらん」
「その聞きかたー、ずるいーよー?」
「悪いな。性分ってやつだ」
オレの軽口に「もぅ…」と少し頬を膨らませたあと、ウールは言葉を探すようにぽつぽつと話し始めた。
・
・
・
いつぞやウールはこの国出身だと言っていたが、厳密には物心付く前に、どこかの世界から偶然転移してきたらしい。そして、しばらくは城のメイドたちに育てられたのだという。
「へぇ、じゃあもともとのクラスはメイドってことか」
「冒険の役にはー立たなさそうじゃないー?まぁ、メイドとしてのお仕事はー、教わったけどー」
そんな見習いメイドであったウールの主な仕事は、当時まだ王位を継ぐ前のティターニア…つまり、今の女王の世話役…というか遊び相手だったようだ。
年も比較的近かったらしく、二人は毎日のように一緒に遊んでいたという。
そんなある日、二人は些細なことで喧嘩になった。
原因は当人も憶えていないようだ。
「たぶんー、お菓子の好みとかー、そういうのだったとーおもうけどー」
しばらく口を利かない日々が続き、それでも仲直りをしようと思い立ったその日が、女王ティターニア即位の日だったのだ。
「メイド長さんからは…もうおはなしちゃ、だめって言われてー…」
それは幼いウールからすれば、一種の死刑宣告に近かったのかもしれない。
方やこの国を背負う女王。方や素性の知れない見習いメイドの少女。身分違いといえばそれまでだが、そこにあった絆を否定されたことが大きな疵になったのは、今の彼女の複雑な表情から少しだけ見て取れた。
「わたしが勇者になったのはねー…女王さま…ううん、タニアちゃんとー…もう一回おはなしするためなのー」
勇者として目覚ましい活躍を示せば、女王に対しかなり近しい立ち位置を得られる。それはかの聖騎士ジークの存在が証明していた。
「竜王の塔を攻略してー、魔王をやっつけることができたらー…タニアちゃんに、ちゃんと“ごめんなさい”と仲直りが出来ると思うからー」
「…そっか。じゃ、気張らねえとな」
気づくと手を伸ばして、ウールの頭を撫でていた。
「あ…」
「…っと、悪い。こーいうの嫌なんだったな」
「んーん…アノンくんならーかまわないよー」
オレが撫でた場所にそっと触れて、ウールがぽわぽわと微笑む。
「聞いてくれてー、ありがとーねー」
「いや、そっちが勝手に話しただけだろう?」
「それはそーだけどー…」
よいしょ…と立ち上がり、ウールがんーっと伸びをひとつ。
「聞いてもらったからにはーアノンくんにもー手伝ってもらおーっとー」
「ああ、オレがこの国からおさらばできるまではな」
もとよりオレがキリク隊にいるのはそういう取引なのだから。
「むぅ…じゃあ魔王ぜーんぶ倒すまで帰れないようにいのっておくねー」
「やめいっ!」
聖職者がやったら洒落にならねぇ。つかそれは祈りじゃなくて呪いの類やろがい。
「あははーっ」
ころころと笑うウールは、すっかり元通り…あるいは元以上にも見えた。
‐つづく‐
というわけでウールの戦う理由、でした。
女王と幼馴染である彼女が、とある経緯から話せなくなったから勇者を目指した…という点は当初から決まってた設定ですが、聖騎士ジークの登場で思いがけず彼女のキャラクターの解像度が上がった気がします。
このビスヘイム編はそのままウール回になりそうですね。一界層ずつヒロインをクローズアップできればいいなぁ…とは思ってますが、はてさてどうなるやら…(基本見切り発車