よく眠れなかったのか、アラームが鳴る前に目が覚めた。
ぼくとスグリはすでに課題のオリエンテーリングを終わらせているけど、他の参加者でまだ終わってないペアもいるので自由行動ということになった。
「おはよう!」
何をしようか…とぼんやり考えていると、大きな挨拶の声に我に返る。ぼくと同じ林間学校の参加者で、アカデミー組のリーダー格…に気づくとなっていた眼鏡の男の子だ。ぼくとはクラスが違うけれど、そっちでは委員長をやってるとのことなので、ぼくも自然と委員長と呼ぶようになっていた。
「おはよう。委員長もオリエンテーリング終わったの?」
「うん、昨日までにね」
そういえば、委員長のペアはゼイユだっけ。やっぱり地元の子とのペアは早いや。
「だから僕もきみと同じく自由行動でね…せっかくだからとゼイユさんをお誘いしてお祭りにでも行きたかったのだけど…いざ顔を合わせたらきみに伝言を頼まれてね。家で待ってるから早く来てほしいんだって」
「あ、うん…わかった」
そういえばおじいさんに、鬼さま…もといオーガポンの仮面を預けていたんだっけ。直ったのかな?
「ところで…きみとゼイユさん、どういう関係なのかな?家になんて僕だって招かれたことないのに…パートナーなのに…」
肩を落とす委員長に心の中で謝りながら、僕は公民館を出るのだった。
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「おそーい!」
来て早々怒られた。
「じーちゃんがね、お面なおそうとしたんだけど…材料?が一つ足んないんだってさ」
ゼイユ曰く、てらす池という場所にあるという結晶の欠片というものが必要らしい。
「お面…そのまま返してもいいんだけどさ、綺麗に直して返してあげたら、オーガポンもきっと喜ぶわよね!」
昨日、おじいさんから伝説の真実を聞いて、ゼイユはかなりオーガポンに感情移入しているらしかった。こういうことをさらっと言うあたり、やっぱり根はいい子なんだなと思う。言動はちょっとアレだけど。
「…なんか失礼なこと思ってない?」
…いえ別に。
「…じーちゃん、おはよ」
「おお、スグリおはよう」
家の戸が開いて、スグリが顔を出す。
昨日、なんか変な感じに別れちゃったから、どんな顔で接すればいいのかわからない。こういう時、同世代の友達が少ない自分が少し恨めしくなる。
「スグ!あんた今日はどっか行っ…」
「…はいはい、勝手にすれば」
ゼイユが追いたてるように声を張ると、スグリはさらりと視線をそらして。
「…用、あっから」
そう言って、スグリはすたすたと歩き去って行ってしまった。
「あいつ昨日から、なんかヘソ曲げてんのよねー…」
「夕飯も食べずに部屋に引きこもっておってな…ヒイロくん、何か知らないかね?」
昨日のことを話すと、二人は難しそうな表情で顔を見合わせた。
「ゼイユが弟思いなのはわかるけど、ちょっと言い方キツいと思うよ。さっきだって…」
「そ、そんなこと言ったって。あれくらいビシって言わないと、アイツ付いてくんだもん!」
小さいころにそれで同世代の子と遊ぶ機会を失いがちだったらしい。姉には姉の苦労というものがあるのかもしれない。
「…ま!思春期だしそういうこともあるでしょ。そのうちケロっとして夕飯食べてるわよ」
あたしがそうだったから、と自分の経験を引き合いに出すゼイユ。
「いやスグリはゼイユほど図太くないと思うよ…?」
「あんた最近あたしにエンリョなくなってきたわねぇ…」
「…いひゃい」
ほっぺを思い切り引っ張られた。
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てらす池は、鬼が山の頂上にある。
キタカミ六選に数えられる名所のひとつで、池底には大きな結晶がある。これは里の外からもたらされたものとされていて、水にもその結晶の成分が溶け込んでるらしい。…飲めるの?
「美味しいわよ、ほら」
ゼイユが手ですくった水を…ぼくにぶっかける。いや飲ませてくれるとこじゃないの…?
「アハハ!甘えんじゃないわよばーか!」
まったくもう…まぁ美味しいからいいけど。
「なんか不思議な光よね…このあたりで死んだ人に会えるとか、へんな噂もあるくらい」
おじいさんが言ってた結晶の欠片って…
「そ。この底にあるやつね。というわけで…ヒイロ、やったれ!思いっきり池に飛び込むのよーっ!」
…ええっ、ぼくが入るの!?
「だってあたし、泳げないし」
しれっと肝心なことを言う。というかそういうの隠すもんじゃないの?恥ずかしいとか…
「こんな時に隠してもしょーがないしね。あんたならバレても別にいいし」
またそんなこと言うんだからもー…しかたない。
コライドンを呼ぼうとボールに手をかけたその瞬間だった。
━━ゴゴゴゴゴゴゴ…
突然足元が揺れだした!じ、地震…!?
あたりを見回す限り、地震を起こすようなポケモンは見当たらないけど…じゃあこの地響きの主は…!?
「ヒイロ、池の方!」
ゼイユが指さした先の水面がぐぐっと盛り上がり、水しぶきとともに何かが飛び出してきた!
「ミ、ミロカロス…?」
いや、ちょっと大きすぎない!?
「ここ、こんなのがたまにでてくるのよね…ヒイロ、構えて!」
そういうゼイユもモンスターボールを握っている。ようし…ダブルバトルだ!
「あたしがいて良かったわね…いっといで、モルペコ!」
「ドラゴンにはドラゴンだ…ギャラドス!」
…実際にはギャラドスもミロカロスもドラゴンタイプじゃないけど…まぁそこはそれ。
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どうにか追い払って、一息つく。前に戦った時より強くなってるなぁ…さすがブルーベリー学園の生徒だ。
「…ふふっ。あんたって、味方だとたのもしいわね」
いつも鋭い目がふわっと笑顔になって、ぼくの胸がしめつけられるように跳ね上がる。
「…ゼイユも、すごいよ」
「そう?でしょー♪」
妙にはしゃいでいるゼイユが、ふと地面に転がっていたキラキラした破片を見つけた。
「ねぇ、これって…」
「うん、池の底にあるのと同じ…だよね。ミロカロスにくっついてたのかな?」
これがおじいさんが言ってた結晶の欠片なんだろう。これを持ち帰れば、お面を直せるはずだ。
「おや、先客がいる思ったら…ヒイロくんとゼイユくんじゃあないか」
突然背後から声をかけられる。びっくりして振り返ると、そこにいたのはブライア先生だった。
「ペアをチェンジしたのかな?」
「いや、ぼくたちどっちのペアももう課題終わってるので…」
「ああ、じゃあデートかな?ヒイロくんも隅に置けないねぇ…」
くつくつと笑うブライア先生の言葉に、思わず顔が熱くなる。
「そんなじゃないですよ。こいつあたしの舎弟ですし」
「あらら、フラれちゃったねヒイロくん」
…まぁゼイユならそう言うと思ったけど。なんだろう…なんかモヤっとする。
「っていうか、何しに来たんですか先生?あんまりここ、地元の人以外は入るのやめてほしいんですけどー」
「おや、そこにいるヒイロ君も地元民じゃあないだろうに」
「っ、ヒイロはいいんですっ。あたしの舎弟ですし!」
うーん、嬉しいような悲しいような…
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テラス池の水質調査をしていたという先生(許可は取ってたらしい)と別れて、ゼイユの家まで急ぐ。
「ヒイロ、コライドン出して!2ケツで帰るよ!30秒で!」
「いやムリ!?」
二人でライドして、鬼が山を駆け下りていく。腰に回された腕の意外な細さと、背中に感じる熱にさっきからドキドキしっぱなしだ。
「…ねぇ」
「な、なに?」
耳元で吐息交じりのゼイユの声。
「じーちゃんから聞いたんだけどさ…あんた、お父さんがこっち出身なんだって?」
「あー…うん、そうみたいだね」
実感はないけど。周りの村人でお父さんのこと知ってる人、ほとんどいなかったし。
「やっぱり…じゃあよそ者じゃなかったんじゃない…なんかごめん」
「いや…ぼく自身知らなかったし、生まれはジョウトだし、パルデアのアカデミーから来たし…ほとんどよそ者みたいなもんだよ」
「それでも…ごめん」
お互い顔を合わせてないからか、ずいぶんと素直に、その言葉がしみ込んだ。
「あと、それとね」
「まだ謝ることあったっけ?」
「ちがうわよ、ばか。…こないだの…その、甚平姿…褒めてくれたこと」
ああ、ぼくがうっかり「綺麗」って言っちゃったことか。
「…ありがと。ちょっと、嬉しかった」
「えっ!?」
「ばか、こっち見るな前向け前!」
危うくウソッキーと正面衝突するところだった。
-つづく-
前回が書いててつらかったので、今回は書いててむずがゆくなるやつを目指しました(ぇ
スグリと入れ替わるように、ゼイユがパートナーになるのはヒイロ的にはかなり複雑な心境なんだろうなーと思いつつ。モノカキとしては捗りますが(人の心
ゼイユのパートナーといえば、オリエンテーリングでペアをつとめていた彼女曰くの「フツーな男」くん、ゼイユがこっちに集中してるけどオリエンテーリング大丈夫かな…?と思ったので、とりあえず終わった体で。ちょっとゼイユが気になるっぽいけど…まぁ、うん頑張って。
↑豆知識:ゼイユの名前の由来と目される植物でつ。