スグリとゼイユが学園を離れて数日が経った。戻ってくる気配は未だなく、リーグ部…四天王たちでさえ、その近況は把握できていないらしい。
「校長に聞いてもなんでかはぐらかしてくるんですよね…いやあの人の場合、本気で知らない可能性も無きにしも非ずなんですが」
とタロ先輩がボヤいていたが、まぁぼくたちが変に騒いで二人を刺激しない方策かも知れない。
「…ウチの校長そこまで考えてないと思いますよ?」
「真顔で何言ってんですか…」
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学生寮の扉をひとつノックする。当然ながら主は不在のハズなので返答はない。なんとなくドアを引くと、小さくきしむ音とともに開く気配。
「ゼイユ…いるの?」
わずかな期待とともに扉を全開にして中へ飛び込むけれど…やはりというか部屋の中には誰もいなかった。
「鍵開けっぱとかさすがに不用心が過ぎるよゼイユ…」
そういえばキタカミの里の人たちも鍵を開けたまま外出すると以前聞いたことがあったような。根っからのキタカミっ子なゼイユらしいといえばそうかもしれない。
「…ここがゼイユの部屋か」
いつでも来ていいとは言われたものの、スグリのことやブルベリーグへの挑戦、さらにはエリアゼロの冒険なんかもあって、お互い忙しくて結局来ることは無かったゼイユの部屋は、ぼくの部屋と同じレイアウトではあるものの、なんだか少し広い気がするのは彼女がいないからだろうか。
「…おじゃまします」
ちょっと今更な言葉をつぶやきながら、中を見渡していく。意外と…というと失礼ね!と怒られそうだけど、個人的なイメージからはうってかわって整った部屋。整いすぎて生活感が薄めなのは、よくブライア先生について各地方に回っているからなのだろう。キッチンが新品同様で使用感があまり無いのは…別の理由っぽいけど。
「チョコがいっぱいあるな…好きなのかな?」
整頓された机周りにはポケモンをデフォルメしたフィギュアが並び、壁には力強いタッチで描かれた水墨画…ナマズンだろうか?
「…あ」
ふと、ゼイユがいつも寝ていたであろうベッドに視線がいく。布団の上に乗っかった大きなノコッチのぬいぐるみはくったりとしていて、寝るときにいつも抱いて寝てるのかな?と思わせる。その様子を想像して、ちょっと笑ってしまったのは彼女には内緒にしておかなくちゃ。
「…っ」
ちょっとだけ魔が差して…ぬいぐるみを手に取る。ところどころ変色しているのは、よだれでも垂らしちゃった跡だろうか。ふわっと、ぬいぐるみからただよってきた彼女を思い起こす香りに、頭がぼうっとして…
「…誰かいらっしゃるのですか?」
「うわあっごめんなさいっ!!?」
突然の闖入者に驚いて振り向くと、掃除道具を持ったネリネ先輩が、きょとんとした表情でこちらを見ていた。
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「ゼイユから頼まれていまして」
しばしば学校を離れる彼女に代わり週に1、2度ほど部屋の掃除をしているのだという。鍵が開けっぱなしなのもそういうことなのだろう。
「スグリの部屋もやってあげてるの?」
「そうしたいのはやまやまなのですが…彼は鍵をかけたままなので」
すこし…いやかなり残念そうにネリネ先輩が目を伏せる。まぁ同世代の視点から考えれば、異性に自分の部屋に入ってほしいかと言われるとちょっとイヤかもしれないが。
「なぜ嫌なのでしょう…?」
「それはその…男の子ってわりと見られたくないものとかありますし…」
「それはヒイロもですか?」
うわぁ墓穴掘った。
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せっかくなのでゼイユの部屋を掃除を手伝う。さすがにバスルームとかはセンシティブが過ぎるのでネリネ先輩にお願いだ。なぜか首を傾げられたけれど。
「とはいえはかどりました。ありがとうございます」
「いえいえ」
「ところで…」
ネリネ先輩がメガネを直してベッドの方に視線を向ける。
「先ほどあのぬいぐるみを抱えていましたが、なにかされていました?」
「なにもしてないですっ!!!」
「定期的に消臭除菌処理をしているので、特に匂いはしないと思いますが…」
そうですか。
そうですか…
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「ヒイロは」
掃除道具を片付けながら、ネリネ先輩が問いかけてくる。
「ゼイユの事を…好ましく思っているのですか?」
「…!」
そういう感情について、まったく自覚していなかった…といえば嘘だ。それこそ初めて出会ったころから…いや本性知って思うことは多少なりとあったけども…林間学校が終わって、離れて…スマホロトム越しに何度もおしゃべりして…そしてこのブルーベリー学園で久しぶりに会って、その感情はハッキリと形になった。
「…うん。好ましい…っていうか、好きです。ゼイユの事」
指摘されてちょっとビックリはしたけれど、思ったよりすんなりとぼくは頷けた。
「…考えてみれば、好ましく思っていない人物の名前を自分の手持ちのポケモンにつけたりすることはないですね」
「いやその話はもうやめてくださいホントに…」
ああもうあの時のぼくはなんであんなことをしてしまったのか…
「…あなたがうらやましいです」
「えっ?」
「あなたがゼイユに向けるその心は、きっと私がスグリにむけるそれに近いのだけれど」
ぱたん、と掃除道具入れの戸を閉めながらネリネ先輩が小さく息を吐く。
「私にそれを言語化する…形にする勇気は、まだありませんから」
「ネリネ先輩…」
「その心、大事にしてくださいね。…ゼイユのためにも」
そんなネリネ先輩に、ぼくは小さくもしっかりと頷くのだった。
-つづく-
ホイひさびさにゼイ主エピソード。ヒロイン不在ですが。
ヒイロくんに恋心?を自覚させるのはもうちょっと先かな…とは思ってたんですが。なんかこの辺で行こうかなとなりました。この話の構想をしてたあたりで番外編の一報がきたのもありまして。
この初報では姉弟の登場はまだ確定してないですが、逆に出ないのも不自然が過ぎますしねー。じゃあなんで今本編に二人おらんねんって話でもあるし。
とりあえず想定していた再々会は原作でやってくれそうなので、来月を楽しみにしつつゲームを進めていこうかと思いまするぅぅぅぅ
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