炎部さんちのアーカイブス あるいは永遠的日誌Ver.3

日々是モノカキの戯言・駄文の吹き溜まり

第1話/シーン1

 滑走路の奥、格納庫から人影が飛び出す。
 ところどころ機械油で黒く汚れたツナギの作業着に身を包む14、5歳くらいの少女が、息せき切ってコウイチの方へ駆けていく。
「おー、イオリ。お出迎えごくろー…さ……?」
 ひょいと手を挙げるコウイチをスルーし、少女…イオリ…はさっきまで彼が乗っていた戦闘機にまっしぐらに向かう。
「…おーい、テストパイロットにねぎらいの言葉も無しか?メカニックさんよ」
 やり場に困った手をわきわきと遊ばせながら、コックピットに飛びのったイオリに声をかける。
「…あぁ、お疲れ様」
「えらくまたおざなりだなオイ。…まぁ、いつものコトだけどさ」
 溜息混じりに呟くコウイチを横目に、手にしたハンディモバイルをコックピットのポートに接続し、データを照らし合わせて行く。
「ん、各部異常なし…と♪」
 ぱぁっと晴れやかな顔で微笑む様は、その格好をのぞけば歳相応の少女のものだ。
「…って、俺がさっき異常なしっつったろーが」
「ええ、聞いたわよ。でも、あたしは自分の目で見たものしか信用しないからね~、にひひっ♪」
 悪戯っぽく笑うイオリに、コウイチはやれやれと肩をすくめる。
「さて…シャワー浴びるかな…っと」
 コキコキと肩を鳴らしながら基地へ足を向ける。
「…あ、そうだ。イオリ」
「んー?」
 ふと足を止めて声をかけるコウイチに、モバイルの小型モニターとにらめっこするイオリが生返事を返す。
「これから俺、日本に戻るけど、なんか買ってきて欲しいもの、あるか?」
 刹那、イオリの体がぴょこんと飛び出し、コックピットから身を乗り出す。
「『マドモアゼル』のモンブランっ!」
 即答、0.25秒。
「…OK。ダースで買っとくよ」
 こみ上げる笑いをくくくと抑えながらリクエストに答える。
「じゃ、行ってくるな~」
 ひらひらと手を振って基地に戻ろうとしたその時だった。

『コウイチ君、今動ける!?』
 通信機から女性の声が飛ぶ。
「はい?」
 胸ポケットから携帯通信機を取り出すと、管制オペレータの女性がモニタ越しに焦った表情を浮かべていた。
「何かあったんスか?イズミさん」
『テストフライトに出てるタキダさんがまた操縦ミスして大変みたいなの!フォロー、お願いできるかな?』
 イズミと呼ばれた女性は申し訳無さそうに手を合わせる。
「了解です。…ったく、あいからずだなァ、シンジロウさんも」
 ボヤキつつ、ヘルメットを被りなおし、踵を返す。
「イオリ、悪ぃがメンテは後回しだ」
「どしたの?」
「シンジロウさんが操縦ミスったってさ。ちょっと出てくる」
 コウイチがシンジロウの名を出すと、イオリも「またか…」と言いたげな顔をする。
「わかったわ。早く行ってあげて」
「あいよ」
 イオリがコックピットを出るのと入れ替わりに、コウイチの体が滑り込む。
 少女の姿が離れたのを確認して、戦闘機のフライトシステムを起動する。
シルエットフォースVFS、発進!」
 コウイチの号令とともに、紫色の戦闘機が再び大空へと舞い上がった。





-つづく-